124 : 鎖
──十二貴族が、ジルヴァの親父さんを、ひいては仲間達を?
困惑に揺れる俺を知ってか知らずか、彼は地面へ座り込んだ。相変わらずカタナは地面へ突き立て、退路は塞いだまま。俺も折れて腰を下ろす。
「二層まで上がった段階で、伝達されたのだろう。一層に上がった途端攻撃され、外に出た途端囲まれた」
「何人……いたんだ」
そこに、俺の親父はいたのか。もし、親父がいたとすれば──俺は、俺は。
「思い出したくもねぇが……。記憶の限り、三人」
指折り言う。
「冒険者達とはまた違う変な格好をした性悪そうな女、褐色肌の男、顔色が悪い弱そうな男。奴らは無数の部下を従え俺を取り囲んだ」
よかった、親父はいない。女……なら、乙女領か。褐色肌、脳裏にちらつくトルマリン・スコーピオン。蠍領主だな。顔色が悪い男……? 誰だろう。しかし親父でないのは確かだ。
「奴らは俺に武器を向けたまま、無表情で言葉を唱えた」
遠く、波間を見つめながら彼は口を開く。
我らは楽園に住まう民。
我ら星と契約す。我ら星と約束す。
楽園を得る代わり、汝らと一切の関わりを絶つ。
安寧を得る代わり、汝らには逆らわぬ。
悔いれど嘆けど誓いは破れず。
泣けど喚けど自由は届かず。
その伝承! ジルヴァの口から聞いたことがある。まつろわぬ民の間で伝わるものだと。……しかし、確かまだ一節あったはずだ。俺の懸念に答えるように、彼は続ける。
「俺達の間ではここへ『夜明けへ至る導き手、やがて我らを日の下へ』という節が入って終わる。いつか誰かが俺達を外に連れ出してくれるという希望を込めた伝承だ。……だが、奴らが続けた言葉は違った」
創造の竜はとうに堕ち。
世界は今や人のもの。
我らはすべてを放棄する。
世界潰えるその日まで。
「故に俺達は外を望むなと、奴らは告げて俺を撃った。言葉の意味もわからないまま、俺だけは生きてここへ戻ってきた」
「『ジュウニキゾク』に襲われたって、あいつへは伝えたのか?」
「……? いや、そこまでは伝えていない。外の人間に襲われた、それだけで充分だと思ったからな」
十二貴族の名を聞いていれば、今俺といて思い出さないわけがない。俺は出会ったときに名乗ったのだ、「ヴァイス・アリエス」と。それからも、ロゼが離脱した一件で十二貴族について話す機会は多くあった。
俺が、俺とオランジェが、ジルヴァの父親達を攻撃した奴らの仲間であると、気づかないわけがない。……それだけは、親父さんに感謝する。
「……人は俺達を拒絶する。人は俺達を魔物と呼ぶ。それを、あいつは知った。それに加えてゼーゲンの壊滅、そりゃあ、もう」
長いため息。それでも、恐れていても、あいつは。
「……だから、驚いてはいる。俺より、外に激しい恐怖を抱いていたあいつがお前達の手を掴んだことにはな」
彼女に絡みついた恐怖。それなのに何故、彼女は俺の手を掴んだのか。
──キミの力になりたいんだ! キミと共にありたいんだ! キミの側にいたいんだ!! それが、ボクの願い!! キミと出会ったその日から……キミと共に『ソラ』を見ることが、ボクの目標にかわったんだ!!
「お前らにどれほどの魅力があったのかは知らん。だが実際外の世界に出て──あいつは、楽しそうか?」
頭の中を様々な考えが駆け抜ける。向けられた問いに、俺の答えは決まっている。
「それは、あんたの口から聞けばいい。でもひとつ言えるのはな、ジルヴァはあんたが思うより、よっぽど強い」
親父さんは眉間に皺を寄せて押し黙る。突き立てていたカタナを抜いて、膝の上に置いた。道が開く。俺は立ち上がった。
「あと、これだけ言っとくぜ。十二貴族も、古の伝承も、人とか人じゃねえとかも──全部俺がぶち壊す」
その横を抜けながら、俺は親父さんへ伝える。
「俺の夢は────」
告げた言葉、親父さんを振り返りはしなかったが、きっと驚いたのではないだろうか。打ち付ける波の音、くつくつと、微かな笑い声が混じっていた。
「おい小僧」
「あ?」
呼びかけられた言葉に思わず振り返る。彼は背を向けたまま、後頭部を掻きながら続けた。
「どうせ今夜も騒ぐだろう」
「おう。ツュンデンさんも来たしな」
「いい酒を出せと言っておけ」
その言葉、その意味に驚きつつも──俺は笑って「おう!」と返事をした。
と、まあそんな重たい対話の後。
「見つけたぁ──!! ヴァイスおにーちゃん!!」
「ッギャアァァ────ッ!!」
集落の少女達に追いかけ回されたのはまた別の話。
外からの光が落ちてきたので、部屋の中の明かりを灯す。ボクは一回息を吐くと、最後の仕上げへ取り掛かった。
杖の先端、そこにつく飾りはできた。リヴァイアサンの光輪を元とした、魔力の導率と見栄えを兼ね備えた、我ながら最高の出来! 後はこの先端を軸に取り付けるのみ。軸の方も細工を施している。
シュヴァルツの杖は彼の手に馴染むように作られていた。流石はレーゲン、彼の握り方や力の込め方を理解している。しかし真新しく作り直したものはそうはいかないだろう。
そのため、今回残った軸の部分を活用する。握っていた箇所を切り離し、新調した軸で挟むよう取付ける。つまり、軸は三分割の構造になっているのだ。ここもしっかり癒着し……再度確認。よし、外れない。
「精が出るな」
「うわあぁぁぁッ!?」
いきなり背後から声をかけられて飛び上がる。振り返りざまに、隣に立てかけた刀へ手を伸ばした。柄を持ち、構える。いきなり声をかけてくる輩は、仲間や集落にはいない!!
「父親に向かってどんな態度だぁ……馬鹿娘!」
「げぇっ!! 父さん!?」
警戒から思わず唸るボクを一瞥し、握り締める杖を見た。
「ふん、甘い」
「なに!?」
何が甘いっていうんだよ! 父さんはびしりと指を突きつけて言った。
「その接着では振り回したときに外れる。熱で癒着させるだけじゃなく、上から器具を巻いて締め上げろ。持つ分には支障ねぇ位置だろ」
「……へ」
「それから、先端の接着もただ熱するだけじゃ駄目だ。水晶帯のあまりがあっただろ。熱してからあれを巻け。見栄えも損なわねえし隙間に入り込んで取れもしねぇ」
「ま、待ってよ父さん!」
父さんは二十年前、ゼーゲンのみんなへ武器を作ったきり、鍛冶をやめた。ずっと、触れても来なかった。ボクが鍛冶に打ち込むのを眺めても、何も言わなかった。それなのに急に、どうして? そもそも、ボクが家出してから顔も合わせてなかったのに!
「……ヘタクソな鍛冶で見てらんなくなっただけだ」
「なにをぅっ!? クソ親父!!」
腹は立つけど言われた通りにやってやる! シュヴァルツのため、けしてボクが親父の言葉に従ったわけじゃない!!
「でも、それ以外はいい出来だ」
思わず、手を止めてしまった。父さんが、素直にボクのことを、褒めた? 何をするにも否定して、認めてくれなかった父さんが? ボクは驚いて動けない。
「刀の手入れも悪くねえ。おまけに、もう六層目前なんだってな」
背中に響く父さんの声。なんで、なんで今さら。一年以上、顔を合わせもしなかったくせに。
「いい仲間と出会えたな」
なんだってんだよ。本当に。
父さんなんて嫌いなのに。父さんなんて、ボクの夢を邪魔する奴のくせに。それなのに、それなのに。
「父さん」
「なんだ」
「いっぱい、お土産話があるんだ」
「おう。俺も、お前に話してないことは多い」
──ずっと昔から、父さんはどうやっても、ボクの憧れなんだ。
「父さん」
「だからなんだ」
「──ただいま」
「……おかえり、ジルヴァ」




