122 : いつかの忘れもの
──── 十二貴族様、宗教団体の暴走を阻止。
昨日未明、外交によりゾディアックを訪れていた十二貴族様、次期蠍領主トルマリン・スコーピオン様が宗教団体「銀月教」の過激思想、ならびに行動を阻止する事件が発生した。
銀月教は昨年、ゾディアックの地下都市跡地に組織を作り、民衆に危険思想を植え付けようとした疑いで取り押さえられた。その際に教祖の死亡を確認したものの、取り押さえの手を逃れた信徒が団体を再建。そしてさらなる危険思想に走ったとされる。
トルマリン・スコーピオン様は「夜王宮から馬車を走らせている最中、民家の周りで不審な行動を取る影を見つけた。怪しいと思い近寄ると、武器を構えて襲ってきたため抵抗し、捕えただけ。何も誇るようなことはしていない」と語った。
尚、確保された四名は直後自決したとされる。さらにそのうち二名は「役所」内部の人間であったことが発覚した。
昨年行われた取り押さえ作戦の甘さ、スパイ潜入を許した警備の未熟さを批判する声が役所に相次いでいる────
「んっだこれ……」
思わず漏れた言葉、嘘っぱちにも程がある記事だ。危険思想? それはまあ外れではないが。十二貴族が? しかもこの名前……脳裏によぎる、嫌な笑い方。け、け、けと響く声。あの蠍か!!
「大嘘じゃないか! 倒したのはボクらだぞ!!」
「まあそれはいいとして、っすよ。あんま今回の案件は表沙汰にはしたくないっすからね。……にしてもこれ、酷いっすよ」
ジルヴァをなだめ、ゲイブは新聞をブラウから受け取る。なんだなんだと奥から出てきたロート達に見せた。
「十二貴族の連中……うまいこと揉み消したっすね。銀月教とズブズブだったくせして、こりゃあシラ切るつもりっすよ」
「おまけに役所へ責任をなすりつけ、冒険者の肩身を……引いてはゾディアックの肩身を狭めるつもりでしょう」
ふたりの言葉。俺は頷く。シュヴァルツもリラも、随分と渋い顔をしていた。オランジェとグリューンもまた。
「あのふたりが……自決? そんなわけねぇ」
「僕も同意。あんな殺しても死ななそうな双子なのに」
双子? 役所の人間……まさかな。かすかによぎる、人懐っこい喋り方をした男女の双子。それを頭から追い出し、ロゼを見る。彼女はじっと、目そらさずに記事を見ていた。
「二度と、銀月教の復興を望まないとは思いましたが、このような形とは思いませんでした……」
ぽつり、と呟く。そんな彼女に、何も言うことはできなかった。少なくともこれでもう、銀月教が活動することはないのだろう。
「しかし参ったね。これでは御役所の方もしばらくは大騒ぎになるよ」
リラの言葉に同意する。きっと衛兵やら民衆やらが集まっているに違いない。下手したら、迷宮に立ち入り禁止例が出るかもしれない。
「長くて一週間か……それまで手詰まりだね」
まあ、丁度いいか。シュヴァルツの武器やらなんやらで、時間はそこそこかかるだろうし。ロゼの心の面でも、少しの間休むのは悪くない。
「最悪、四層まではここから直接行けるんだ。そういや、五層の探検はどこまで進んだ?」
ジルヴァの故郷へ繋いだ帰還の楔、それはこの宿にある。
「五層はもうほぼ完了だ。ひと月近く俺とジルヴァで歩き回ってたからな。確かジルヴァによれば……」
「あのときロゼがいた神殿、二十年前はあの玉座の向こうに大穴があったんだ。水路があそこに集まるようになってて、おっきな滝みたいになってるんだよ」
あのくそでけぇ玉座の裏に、か。なら五層へ行ったらすぐに六層へ行けるな。五層の神霊は二十年前に完全撃破済みらしいし。
四層、リヴァイアサンによって防がれていた大穴。奴を撃破したことにより大穴から流れ落ちた水、それは五層へ張り巡らされた水路を通り、さらに六層へと落ちていくのか。なにかの意志を感じなくもない。
「ひとまず、シュヴァルツの杖を作りに行こう。素材はあっちにあるんだ。久々にみんなでボクの故郷に来て、羽根を伸ばしてって!」
ジルヴァが笑う。一同異論なし。街で軽い買い出しを済ませたら、ジルヴァの故郷でのんびり休もう。
奥からツュンデンさんが料理の入った皿を持って姿を現した。大皿に乗った色んな種類のサンドイッチ達。
「忙しないねぇ。私も顔出してみようかな? 修行中に覗いた以来だし」
「おいでよ! ツュンデンも、クヴェルも!!」
「ぼくもいいの!?」
「私の側からは離れてはなりませんよクヴェル!」
「弟離れしなさいよ馬鹿兄貴!!」
ブラウの頭を引っ叩くロート。鷹の目の四人は顔を見合わせた。
「よくよく考えたらよ……俺ら、ジルヴァちゃんの故郷行ったことねえよな」
「直前までは行ったけどね。僕とオランジェは」
「そーっすね」
「……となれば」
期待に満ちた目で四人はジルヴァを見る。ジルヴァは笑って親指を立てた。
「よぉしまっかせて!! みんなで帰ろう!!」
今日も二股の黒猫亭には、にぎやかな声が響く。
打ち付ける波の音、鼻孔をくすぐる潮の香り。照りつける光に上がる体温。この場所へやってくるのはひと月半くらいぶりか。修行の最終日、燕の旅団再集結直前、その時以来。
今回はみんないる。総勢十二名、多いな。宣言通りツュンデンさんやクヴェルもやってきていた。ふたりっきりで宿に残すよりよっぽど安全だ。
ツュンデンさんは懐かしさか眩しさかに目を細め、クヴェルは初めて訪れる迷宮に目を輝かせていた。ブラウの服を引っ張りながら、あっちを見たりこっちを見たり。
「んじゃ、まあまず島に行くか」
「オッケー!」
ジルヴァは早速角隠しの帽子を外し、耳を隠すために下ろしていた髪を高い位置で括る。機嫌良さそうに浜辺へ歩き、指笛を鳴らした。しばしの沈黙、波を分けて現れる大きな亀。鷹の目連中やクヴェルが驚いた声を上げるのを、俺達は笑いながら見た。
島に渡り、森を歩くと、建物が見え始める。俺達の姿を捉えると、すぐに村の人達が集まってきた。子供達からクヴェルは大人気で、すぐに流され連れて行かれる。……その後ろを滑るような速度で追跡するブラウ達。ブレねえなあいつら。
ツュンデンさんは早速囲まれていた。流石はゼーゲンの一員、何度訪れても大盛りあがりだ。
「ひさしぶりみんな! 鍛冶場貸して!」
「おかえりなさいませ竜姫様」
ジルヴァは鼻歌交じりに鍛冶場へ向かった。しかし、本当にあいつ、杖など作れるのだろうか?
確かにジルヴァの血がなければ、加工することすら叶わない。しかしジルヴァが得意とするのは本来刀鍛冶。ロートの銃も今回の杖も、本業ではない。
二層の神霊セトを倒し銃を作った際には、銃に詳しいロートやツュンデンさん、それから意外なことにシスター・フランメの協力を得てなんとか拵えていた。
シュヴァルツの杖はババアから渡された特別製。魔力を集め、無駄を減らす構造がされていたという。そんな逸品に勝るもの……ジルヴァの腕を信用してないわけではない。しかしあの自信満々さ、不安だ。
いつもの鍛冶場、中に入る。勝手が知ったように棚を漁るジルヴァを俺は眺めた。シュヴァルツとロゼも同行している。
「どうしようか悩んでたんだよね、これ。肋骨は弓、ヒレは盾の表面、作らなくてもアテはあったけど、これに関してはホントに思いつかなくて」
肋骨はともかく、ヒレ? その時、頭の中にひとつの存在が思い当たる。ああ、確かにあれなら!
「四層の神霊──リヴァイアサン! この素材を使ってとっておきの神造武装、キミに届けるよ! シュヴァルツ!!」
台に置かれた麻袋。その口をほどき、中を見る。水晶のような透明感、宝石のような煌めき。しかしそれらとは違う確かな魔力を感じる一品が収まっていた。
神々しい鯨の姿をした神霊、リヴァイアサンの背負った光輪。砕かれたはずの破片はすべて集められていた。
麻布の袋の中で輝くそれは、星のようにきらきらと。




