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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
8章 意志或いは不滅の思い
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121 : あたり前の毎日



 銀月教の騒動から一晩──俺達は二股の黒猫亭一階ホールで目を覚ました。床に転がって寝ていたらしい。首に回されたジルヴァの腕を引き剥がし、起き上がって辺りを見回せば、カウンターの奥にツュンデンさんが立っていた。


「おはよ、ヴァイス」

「おはよーございまーす……こりゃ酷い有様だな」


 床に転がるジルヴァとロート、椅子から滑り落ちてるゲイブ。机に突っ伏すクヴェルを挟んで、椅子に身を委ねて寝るブラウとリラ。カウンターに突っ伏すシュヴァルツと、その背に持たれるロゼ。そんなふたりを眺め、俺は心の底から安堵した。よかった、ちゃんと、いる。


「ニワトリ野郎とグリューンは上か?」

「そーね。一晩降りてこなかったのよ〜?」

「おーやおやおやぁ……?」


 にやにやと下世話な笑みを浮かべるツュンデンさん。まあ俺もなのだが。


「ん、そういやレーゲン(ババア)は? 寝てんのか?」


 姿が見えない。いつもならツュンデンさんとカウンター越しに向かい合っているのだが。……というかいつ寝てるんだあのババアは。ツュンデンさんは少し口籠る。


「あ……、うーん、その、レーゲンはね……ちょっと、旅に出るって」

「はっ!?」


 なんでまたそんな急に!?


「いやいや急すぎるだろ! ていうか、ババアもゼーゲンの一員なんだから、この街では狙われるんだろ?」

「大丈夫だって、言ってた」

「いやババアが負けるとは思わねえけど……てか、なんのために?」

「趣味の放浪、だってさ」


 趣味って……いや、ババアもう二十年近く羊領の森から出てなかっただろ。そんな趣味聞いたことも……ん? そういえば俺、ずっと昔からいっしょにいるにしては──ババアのことを、何も知らない?


 何故見た目があんななのか──ずっと、魔法の若作りだと思ってた。

 あの魔法の腕はどうやって身につけたのか──修行によってだと思ってた。


「趣味……?」

「実はそうらしいよ。あんたらがいたから留まってたけど、ホントはうろうろするの好きなんだってさ。すぐに戻るって! 安心しな、ね?」

「お、おう……」


 まあ、すぐ戻るか。生活力ないババアのことだし、腹が減ったら戻るだろう。


「ん……あぁ……?」

「あ、起きたシュヴァルツ」


 シュヴァルツは身を起こそうとし、隣のロゼにぎょっとする。顔を伏せながら彼女の上半身をカウンターに寝かせた。


「へーいおはよーさんシュヴァルツ」

「……お前が一番乗りなのなんかやだな」

「うっせ」

「……にしてもあんたら平然としてるわねー」


 どういう意味かわからず、頬の引っ張り合いをしていた俺達はツュンデンさんの方を向く。


「昨日まで本気で仲間割れしてたと思ってたのに」

「喧嘩なんて日常茶飯事だからなー」

「本気なら殺してますよ、こんな奴」

「は? うっせ負けたくせに!!」

「負けてないあれも作戦のうちだ!」

「んだとこら! もっかいやるか!?」

「やってやるよ四層へ行くぞ!!」

「やめんか!!」


 お盆での叱咤、響く音。お互いに頭を押えてカウンターへ突っ伏す。呆れたため息が聞こえてきた。後ろから物音。


「……何をなさっているんですか」

「おう、おはよブラウ」


 寝起きの不機嫌そうな顔で見下ろすブラウ。こいつは寝起きが死ぬほど悪い。その後ろで、眼鏡を外して眉間を押さえるリラ。脚で蹴ってゲイブを起こしている。そんな雑さとは対象的に、クヴェルは優しく肩をたたいて起こしていた。酷い。


「なんか飲む?」

「……コーヒー以外で」


 床に転がってたジルヴァがぱっと身を起こす。あたりをきょろきょろ見回し、ロートを起こした。


「おーはーよー! ロート起きて! みんな起きてるよ!!」

「んあぁぁ……頭に響く……声抑えてジルヴァ」


 呻くロート、ロゼも物音に気づいて目を覚ます。そんな様子を見、ツュンデンさんは笑った。ひとまず、身支度を整えに二階に上がる。昨日迷宮から帰ってきてそのまま寝落ちしてしまったからな。最低限の武装は解いたが、体が痛いしリラックスできない。

 ……そういえばオランジェ(ニワトリ野郎)とグリューンは、あの後から戻ってきてないな。ていうかニワトリ野郎、性別判明したのに同室のままで大丈夫なのだろうか。

 そんなことを考えながら自室へ戻る。シュヴァルツと並んで着替えるのも久しぶりだ。


「……お前、杖どしたんだよそれ」

「ああ、これ? 折れた」


 旅立ちの日、ババアから渡されたという杖。それは先端部が完全に消し飛び、ただの棒になっていた。


「うっわ、特別なやつだって言ってたのにな。どうすんだこっから」

「ひとまず……市場でいい杖探そうかな。ジルヴァが作れるかどうかわかんないし」


 ごしゅーしょーサマ。俺は私服に着替えてあくびをひとつ。今日は迷宮に行くつもりはない。流石に疲れた。

 男達が着替え終わるのは大体同じタイミング。そうなりゃ二階にふたつしかない洗面台は取り合いだ。数の限られたトイレしかり。


 シュヴァルツがドアノブに引っ掛けた手を、はたき落として奪い取る。ねじって回し、開いた扉の隙間にゲイブが足を突っ込み割り込んだ。あっと悔しがるのも一瞬、そのゲイブの後ろからぬっと手が伸び扉の開放を押さえ、それ以上の侵入を防ぐ。それは歯ブラシを加えたリラだった。


「下にもあるんですから取り合いしない」

「はーい」


 ぴしりと一喝。大人しくじゃんけんで決める。


 洗面台も同じく、一方はクヴェルとブラウ兄弟が使っているため、奪おうとすればぶっ飛ばされる。血で顔を洗いたくはない。もう一方を牽制し合いながら使っていると、背後から響いた声。


「へいへーい、レディのお出ましよ」


 堂々と通ってくるロートに、俺達は引き潮のごとく下がるしかない。

 だから朝みんな同じタイミングで起きるのは嫌なのだ。いつもならもう少しバラけているというのに。俺はシュヴァルツのタオルを勝手に使いながらため息をこぼした。


 






 そんなこんなで、朝の戦いは無事終わる。下に降りれば、奥のキッチンから漂う香り。ツュンデンさんの朝食だ。

 手伝おう、とシュヴァルツとロート、リラが奥に向かう。


「よし俺も」

「うんボクも」

「座っててくださいっす!!」


 手伝おうと手を上げた俺とジルヴァはゲイブによって速攻で椅子に座らされた。何故だ……。入口の戸が開く音、ブラウが新聞を取りに行ったらしい。クヴェルがゲイブの寝癖を直そうと四苦八苦していた。


「なージルヴァ」

「ん?」

「お前って、杖作れるか?」


 暇な時間、俺はジルヴァに聞いてみる。シュヴァルツの杖は特別製、下手に市場で買ったものなど使って、合わなければ無駄になる。ジルヴァの腕と知識は超一流、ジルヴァが作れさえすれば一番なのだが。


「あー……シュヴァルツの杖? 折れちゃったもんねぇ」

「申し訳ありません……」


 ロゼが落ち込み縮こまる。


「あーあー!! 責めなんかしないよ! どうせ壊れるものなんだから!!」

「そうだそうだ! シュヴァルツだって文句なんか言ってねぇ!!」


 危ねえ危ねえ、シュヴァルツに殺される。


「多分、いける。杖にぴったりな素材に心当たりがあるからね。それをくっつけるだけなら……」

「さっすがー」


 武器はジルヴァに任せよう。シュヴァルツの杖が完成次第迷宮探索再会だな。


 扉が開き、新聞を広げたブラウが戻ってきた。何やら渋い顔をしており、ゲイブが覗き込んでいる。そんなことをしていたら、階段からふたつの足音。


「……おはようございます」

「おはよ」


 ニワトリ野郎とグリューンだ。 ニワトリ野郎はなんとも言えぬ顔、グリューンは普段通り。


「遅えぞニワトリの癖に」

「……うっせ」


 覇気がない。いつもなら悪態のひとつやふたつあるというのに。ゲイブが風のような速度で接近。その肩へ手を回し、首を抑えた。ちょっと捻れば骨が軋む、そんな腕の回し方。


「──まさか、やましいことしたんじゃねえっすよね……? みんながいるこの宿で……」

「この名前と大切な仲間とグリューンの親父に誓ってそんなことはありませんッ!!」


 即答、と同時に両腕を上げ、白旗を上げる。顔に影を落とし、物凄い形相でゲイブは続けた。


()()の目が黒いうちは……そんな不健全なことはさせねぇっすからね……医者として、仲間として……」

「わかってますわかってます何もしてません何もしませんッ!!」

「え、何もしないの?」

「できるか!! グリューンの親父さんにもこいつらにも殺される!!」

「させねぇっすよ!! 大将ぶっ殺してでも止めるっす!!」


 うるせえ奴らだな。


「ねえヴァイス、ロゼ。オランジェは何をしたら駄目なの?」

「うーん……ハグ、とかでしょうか?」

「知らねー」


 帰ってこいシュヴァルツ、ロート。


「……馬鹿騒ぎしてるところ、申し訳ありませんが」


 ホール内に響くのはブラウの声。手にした新聞を広げる音。ニワトリ野郎にヘッドロックをかますゲイブ、止めようと慌てるクヴェル、そんな様子を見て笑うグリューン。首をひねるジルヴァとロゼ。ちょうど奥から顔を出したリラとシュヴァルツ。皆がブラウを見た。


「……本日の朝刊に、気になる記事が」

「あ?」


 広げ、見せられた記事。一面に描かれた写真。俺達はそれを覗き込む。



「──────は!?」



 そこに載った一文を見────俺達は揃って派手な声を上げた。



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