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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
7章 破滅或いは愛故の救い
120/157

118 : 明日もまた朝が来る



「……んで、いい加減話してもらいたいんだけど」


 無人になった神殿の中を歩く影。ヴァイス、ロート、それからシュヴァルツをおぶったブラウに、ロゼをおぶったジルヴァ。シュヴァルツは魔力切れで今にも寝落ちしそうになりながら、ロートの言葉に薄く目を開けた。


「……え、何」

「すっとぼけてんじゃないわよ! 脱退するとか言いながらここにいる訳とか、なんでロゼと戦ってたのかとか、どうやって情報を得たのかとか、聞きたいことは山程あるんだから!!」

「そうだよ! ヴァイスも!!」


 ロートとジルヴァのふたりに詰め寄られ、ヴァイスとシュヴァルツは互いに顔を見合わせる。


「……どっちにしろ鷹の目連中と合流してからも話さなきゃいけないし……その時じゃ駄目なの?」

「せめてなんで今ここにいるのかを教えなさいよ」

「……まあそれなら」


 うつらうつらするのを必死にこらえ、シュヴァルツは話す。


「そもそも僕は(つばめ)の旅団を抜けちゃいない。正式にギルドを脱退するには、書類や手続きが必要だったじゃないか」


 彼の言葉にロートはうっと口籠る。結成時にも手続きが必要だったのだから、冷静に考えるとそのとおりなのだ。


「でも、あの流れは抜けちゃうと思うじゃん!」


 ジルヴァがぶすっと頬を膨らませ反論。それに答えたのはヴァイス。


()()も作戦のうちなんだよ」

「へ?」


 目をぱちくりとさせた彼女に、ヴァイスはにやりと笑って見せる。


「クヴェルとロゼが拉致されたって話聞いたときからな、『どこかに監視みたいなやつがいる』とは思ったんだよ。俺達の動きを、ロゼの動きを見てるやつがな」

「そいつらに勘違いさせるために、わざと喧嘩したように見せた。ああしてみんなの目の前で抜けるって宣言したら、銀月教も抜けたと思うだろう」


 お互いに顔を見合わせるシュヴァルツとヴァイスに、ブラウはため息ひとつ。


「敵を騙すには……というやつですか」

「そうそう、流石だぜブラウ」

「……んで、なんでそこまでして仲間割れを演じたのよ。仲間すら騙して!!」


 ロートが腕をヴァイスの首に回し締め上げる。ヴァイスは彼女の腕をばしばし叩きながらもがいた。


「死ぬ死ぬ!! ……あー死ぬかと思った。んで、なんだっけ? ああ、そうやって分断することで、一方に集中できただろ?」


 咳き込みながらヴァイスは言う。その言葉にジルヴァは首をひねった。


「シュヴァルツはロゼ奪還に、俺達は十二貴族がしでかしてることの調査に、な。俺達を影で見張ってる銀月教の連中……あいつらが触れられたくないことについては、単独行動のシュヴァルツが探る。そんで、見張られてる俺達は組に別れてそれぞれ調査を勧めた」


 崩れた天井から覗く月。宿を飛び出した時間が夜更けすぐだったが、もうすでに日付は超えている。


「情報は僕とヴァイスとだけで共有した。イグニスを使ってね。だから、この神殿のことも知った。今日ここへ来ることも知った」

「てか待って、そもそもシュヴァルツはどうやってここに来たわけ? 帰還の楔はアタシ達で使ったし……」


 ロートに詰め寄られたシュヴァルツは瞬きをひとつし、ごぞごぞと上着のポケットに手を突っ込む。取り出したのは、緻密なレリーフが施された杭状の道具。帰還の楔。


「簡単な話だよ。ヴァイス達は『燕の旅団』の楔を、僕は『鷹の目』の楔を遣っただけ」

「……あっ!!」


 そう、「燕の旅団」と「鷹の目」がひとつになった際、本来ひとつのギルドに一本しか与えられないはずの帰還の楔は、二本になっていたのだ。単なる回収ミス……いやしかし、役所に銀月教のスパイ(ルナとステラ)がいた以上、そうとは言い切れない。……まあ、ここにいる彼らはスパイがいたなど知りもしないが。

 しかしこれ幸いと、彼らは有り難く活用しまくっていた。


「今日みんなは一本の楔を使って全員で転移した。だから、僕はひとりで残りを使って転移した……それだけだよ」

「……あ〜なんか、手のひらで転がされたみたいでムカつくわ」


 頭を抱えるロート。ブラウは再度ため息。


「結局! シュヴァルツもロゼも、いなくならないんだよね!?」


 ジルヴァはシュヴァルツとヴァイスへ詰め寄った。彼女のきらきらと輝く目に迫られたじろぐが、ふたりは互いを指差す。


「俺が」

「僕が」

「いないとこいつ」

「いなかったらこいつ」

「死ぬだろ」

「死んでるぞ」


 同時に言い放つと、お互い顔を見合わせる。


「何勝手なこと抜かしてんだシュヴァルツ!! お前に俺が必要なんだろ!!」

「そっちこそ何言ってんだ僕がいないと初日から死んでたくせに!!」

「んだと!?」

「またやんのか!?」

「おやめくださいふたり共」


 ブラウは身をよじり、シュヴァルツの頭とヴァイスの頭をカチ合わせた。痛みで口を閉じるふたりを見、呆れたようにロートは笑う。


「んじゃま、それ以降のことはまたおいおい聞くとして────」


 神殿を抜ける。少し冷えた夜風が吹き付け、木々の揺れる音がした。透き通るような夜空に浮かぶ銀の月。その眩しさに目を細めたシュヴァルツは、ふと視線を感じ振り返る。

 神殿の影、薄暗闇の中に立つよく似た顔立ちをしたふたりの童女。彼女達は静かにシュヴァルツを見つめた後、深々と頭を下げた。

 ヴァイス達はそれに気づいていない。気づいたのはシュヴァルツのみ。ブラウにおぶられ揺れる背中で、双子の童女を見つめていた。



 ──ありがとうございました。

 ──お(ひい)様を頼みました。



 そう動く唇に、シュヴァルツは大きく頷き、前を向く。そして彼は疲労の限界を迎え、意識を落とした。



 ────



 一行が迷宮へ突入した際の集合場所に向かうと、そこにはすでに鷹の目の皆がいた。彼らに声をかけようとヴァイスは口を開くが、彼らの沈鬱な面持ちに言葉を濁らせる。


「施設は壊せたのか?」

「……ああ」


 その一言に、そうか、とだけ頷くと、帰還の楔を突き刺し街へと戻る。






 ──────





 「おかえりっ!!」


 二股の黒猫亭へ帰還した彼らを、満面の笑みを浮かべたツュンデンが出迎える。背負うシュヴァルツとロゼの姿を見、ツュンデンは安堵したようにため息をついた。


「ホントに……人騒がせな子達だね、全く」


 眠こけるシュヴァルツの頬を突き、彼女は笑った。ひとまず、とシュヴァルツにロゼはホール内の椅子を並べてそこに寝かされる。口を半開きのまま眠るシュヴァルツの顔にレーゲンは苦笑い。机に突っ伏して眠るクヴェルを見つけ、ブラウが驚く。


「この子、『兄上達が帰ってくるまで起きてる!』って言ってね……心配してたんだよ?」

「……ありがとうございます」


 ずり落ちた毛布を持ち上げながらブラウは微かに口元を緩めた。ヴァイスが起きろとシュヴァルツの頭を小突く。シュヴァルツはぶすっとした顔で目を開けた。


「……何」

「いつまで寝てんだ早く説明しろよ」

「……僕は狐の件を話すから、それ以外は頼む」

「おうおう」




 そして語られる、これまでの出来事。

 シュヴァルツ脱退の真相、それから銀月教の正体。そして、世界を破壊する「狐」の事。一同質問を交えながら、その話は長く続いた。




「……まさか、ロゼにそんな秘密があったなんてな」


 椅子の背もたれに肘を置くヴァイスがぽつりと呟く。銀月教によって生み出された赤子、歪んだ教育によって苦しめられた過去。そして、幾多もの人を消し去ったという罪。


「……それを知ってなお、みんなはロゼを受け入れることが、できるか?」


 最後にシュヴァルツは、そう問うた。全員の目を見つめ、それから視線を降ろす。皆は苦い面持ちで互いに顔を見合わせた。目を閉じたままのロゼを一瞥し、シュヴァルツは俯いたまま続ける。


「許してやってくれとは言わないよ。罪は罪だ。それを『仕方がなかった』とか『しょうがなかった』で済ます真似はしない。狐が囁いたとして、そうしなければ酷い目にあったとはいえ、()()を選んだのはロゼなんだから」


 彼の言葉に、誰も口を挟まない。


「許しはしない。でも、責めもしない。それが一番だと僕は思う。────そうだろ、ロゼ?」


 向けられる視線。一同が驚いてそちらを向くと、目を伏せていたロゼはゆっくりと目を開いた。紫水晶の瞳、いつもの光はなく、唇を噛み締めて顔を上げる。


「……はい」

「ここからは、君の言葉で伝えたほうがいい」


 シュヴァルツの言葉に頷くと、彼女は羽織った毛布を握り締めながら立ち上がった。


「……(わたくし)は確かにかつて、この世界の滅びを願いました。かつて、この手で人を殺めました。狐の力とはいえ、私自身の手で。それを選んだのも、私自身です」


 見つめる手。その手に張り付いた感触も、熱も彼女は忘れない。


「何をしてでも、拒めばよかった。何をされても、逃げ出せばよかった。それをせずに受け入れ、考えることを否定したのは、私です。私の、選択です。全部諦めきった顔をして、何もかもを投げ出していたんです」


 ぎゅっと拳を握り締める。泣き出しそうな顔でも、涙は消して流さない。


「それでも……シュヴァルツ様と、みなさまと出会って、私は願ってしまった。抱いてしまった。──この世界でまだいたいという欲を。みなさまと共に生きたいという、願いを!」


 ロゼは顔を上げ、膝を降ろす。床に手を付き、深々と頭を下げた。そのうえで彼女は声を張る。



(わたくし)は、この罪を許されるとは思いません。許されようとも思いません。仕方がなかった、こうするしかなかったなんて、けして言いません。私が選んだ、私がこの手で招いた結果です。

 ──故に、この罪も、苦しみも、全て抱えて生きていきます。この世界から呪われようと、あらゆる人々から蔑まれようと、私は投げ出したりなんかしない。私はこの生をかけて、罪を償い、自身の行いと向き合います」



 だから、とそこで一呼吸開けた。一瞬の躊躇の後、彼女は決意をあらわに叫ぶ。


「けれどもどうか、どうかひとつだけ甘えが許されるなら──(わたくし)は、みなさまの行く末をこの目で見届けたい! みなさまの旅路を共に追いかけたい! 大切な人と、共に生きていきたい!! それが、私の夢であり、願いなのです!!」


 ロゼの夢、ロゼの願い。ヴァイスは瞬きの後、地面に膝をつくロゼに向かって手を伸ばした。


「いい夢だ、ロゼ」


 彼女は涙の膜に覆われた瞳で、彼を見上げる。


「俺達はお前を許して甘やかしたりなんてしない。罪は罪、それは変わらない」


 ヴァイスは無理矢理ロゼの手を取る。勢いよく引いて立ち上がらせた。


「それでも、お前は仲間だ。『いちれんたくしょー』、共に泥舟、沈みゃあ笑い話ってな」

「ちょっとそれ誰のセリフよ」

「まあとにかく……ロゼ」


 彼女の瞳に映る、仲間達。

 ヴァイス、シュヴァルツ、ロート、ブラウ、ジルヴァ。オランジェ、グリューン、ゲイブ、リラ。それからツュンデンにレーゲン、クヴェルも。


「俺達は皆『共犯者』。ここにいていい、生きていていい。償うために、(あがな)うために生き抜け、ロゼ」


 彼女の頬を一筋、涙が落ちていく。顔を手で覆いながら、彼女は泣いた。十七年、堪えた思いが溢れ出す。それは春先に降る雨のように、押し寄せる潮騒のように。



「ロゼ、お前の夢、俺が預かった」



 深夜の街に雨が降る。美しい銀月は陰り、その姿を覆い隠して尚──黒雲の向こうで、星は強く燃えている。



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