10 : 肉と野草と火と油
「セリ、クレソン、カタバミ、オオバコ、ノビル、シソ、キクイモ、行者ニンニク、……よくこんだけ集めたわね……」
俺、シュヴァルツ、ブラウで手分けして集めた野草の数々。流石迷宮というか、季節や気候に関係なく色んな種類が生えていた。火を焚いていたロートとロゼはそれを見て感心している。
「あとこちらも色々集めたのですが」
「よくわかったわね! これ、迷宮内で自生してる種類なのよ? ちゃんと調べてたんだー」
「いや、こいつ噛んで判断してたぞ」
野草集めの最中、突然ブラウが毟った草を軽く水で濯ぎ口に放り込んだのだ。二、三度噛み吐き出してから「これは駄目ですね」と呟き次へ、そうして見つけたのが数種類。
「おい!!」
ロートのツッコミ。サバイバル慣れとかそういう問題じゃないと思う。一応お屋敷育ちの俺はもちろん、生粋の森育ちシュヴァルツですらそんな乱暴な判別はしたことがない。
「どんな生活してたのよ騎士サマ……」
「ノーコメントです」
偏食家で食を選びそうなイメージがあるものの、意外とブラウは何でも食べる。ロートは色々言いたいことがあるようだが諦めた。
「んじゃ、まあ……本調理といきますか」
そう言って、ロートは鞄の中からごそごそと袋を取り出した。
「さっき狩った肉を使うのも悪くないけどね。始めての迷宮料理だし、自分達で狩ったやつを食べたいでしょ。でも流石にした処理もしないまままるごと食べるのは挑戦的すぎるわ。使うのは三分の一だけ、残りは保存しときましょ」
そう言って肉を切っていく。三分の一とはいえ大きな猪だったので、ここにいる五人が充分にあたる量だろう。
「まずしっかり洗う。あんたらが草探してる間に水は用意しといたからね」
煮沸した川の水で、肉をしっかり洗っていく。いくら保存用の処理はするとはいえ、寄生虫などで肉がやられる可能性もある。保存用の肉の表面をフォークで叩き、そこに塩を塗り込む。
「この塩には乾燥させたハーブや香料を混ぜてる。これで水抜きするついでに匂いを取るわ。紙で巻いて……この紙は定期的に取り替えること。忘れないようにね」
しっかりと何重にも巻き付け、保存用の箱に仕舞う。それから、今から食べる用の肉に視線をやった。
「ロゼ、肉大丈夫? 宗教的に食べれないとか……」
「あ、大丈夫です。何でも食べます」
「良かった」
「昔鶏の尾羽を齧って怒られたことあります!」
「……ねえ、なんでこんなに野生児ばっかりなの??」
知らん俺に聞くな。
「今から食べるやつはさっきみたいなしっかりした処理はしないわ。持ってきた赤ワインに漬け込む。肉も柔らかくなるし匂いもマシになるからね」
その間に、とロゼやブラウの方を向いた。
「んで、これが迷宮野菜。地上のよりデカいのが特徴ね。初の迷宮料理なのに、野草だけじゃ味気ないから持参したのを入れるわ。皮むいて切っといて」
「お前の鞄どんだけ出てくるんだよ」
まるごと葉物野菜やゴボウ──らしきもの──が出てくるの恐ろしいな。確かに地上のものよりサイズが大きい。ブラウ達は黙々と向き始めた。
それから片手鍋を取り出し、俺の方に付き出す。
「水がなくなってきたから追加用意頼むわ」
「アイアーイ。汁物にでもするのか?」
「半分はね。結構な量いるから桶に汲んでおいて」
そう言うと、ロートは鞄から大きな鉄鍋を取り出した。どこにそんなものが入っていたのか。
ロートは焚き木から離れた場所に石を組み、かまどを用意し始めた。川のすぐ近くだ。煮沸した水を桶に移しながらその様子を眺める。
「火ならここに……」
「いや、別に用意するの」
かまどに薪を積む。無言でロートは鉄鍋に油を並々と注いだ。そこにローズマリーを始めとするハーブをいくつかの投入。
「ロートさん?」
思わず敬語になった。
「何よ」
「何する気ですか?」
ロートは真剣な顔で鉄鍋の中の油を眺めている。鉄鍋をかまどにセットし、焚き木から火を移す。ロートは肉の様子を見、匂いを嗅いでから取り出した。
水で濯ぎ、そこに香辛料と小麦粉をまぶしていく。それから俺が用意した桶の中に、なにかの液体を入れていった。
「……ロート?」
「これは冒険者の初陣や、お祝い事のときにだけ振る舞う料理と言われているのよ」
「はぁ……」
答えになってないぞ。
「次食べられるのはいつかしらね。……下がってなさい」
その指示に従い、後方へ下がる。煌々と燃える火に、肉を手にしたロートの背中が照らされる。俺らは何も言えずその背中を眺めていた。
「────」
真剣な空気に息を呑む。張り詰める緊張感、なんでこうなっているのかさっぱりわからないが、謎の圧が発生していた。ロートは脚を踏み込み、大きく腕を振る。
「投・入ッ!!」
肉が宙を舞った。美しい放物線を描いて──鉄鍋の中へ飛び込む。油が飛び散り激しい炎が上がった。
「ええええええぇぇぇぇぇ──────ッ??」
腕を組み満足気に頷くロートの肩を思いっきり掴んだ。
「何してんだお前──!?」
「素揚げ」
「いや、そういう問題じゃねぇ!! え?? お前、迷宮料理って……」
「知ってる? 熱を通せば、大抵のものは食えるのよ」
「お前も野生児じゃねえか!!」
人にとやかく言えるような奴じゃねぇ!
「どーすんだあの火柱!! 取り出せるかあんな火達磨!!」
火は油に燃え移り凄まじい状態になっている。そりゃ川の真横に移動して木から離れるわ!!
ロートは桶を掴むと思いっきりそれを火柱に向かってぶっかけた。普通高温の油に水を入れると、即座に蒸発しあたりに散る。そうなっていないから対策はしたのであろうが火を消すには至らなかった。
「シュヴァルツ水! 氷! 出せるでしょあんたなら!? 火加減が命なのよ! これ以上火に当ててたら焦げる!」
「逆にこれで焦げてねえのかよ!!」
「人を消火材みたいに言うなよ!」
文句を垂れつつ呪文を唱え氷の礫を飛ばす。水蒸気が音を立てて発生し、なんとか火は消えた。
「よし、なんとかメインは無事ね」
「男飯もびっくりだわ」
それから何事もなかったようにロートは残りの肉の元へ。取り出し洗い、一口サイズに切り片手鍋の中へ入れていく。水を注ぎ、それから乾燥させた葉っぱのようなものを取り出した。
「乾燥させたニリンソウ。肉を柔らかくするし臭みも取ってくれるからね」
それからノビルやキクイモを始めとする、取ってきた野草、迷宮野菜を入れていく。ざっくりと豪快に刻んだらしい。そこに軽くスパイス類と塩を入れる。思ったより香辛料は少なかった。
「じゃあ火にかけてっと」
あとは出来上がるのを待つだけ、と言ってくるりとこちらを向く。ドヤ顔で笑った。
「さあ今のうちに片付けするわよ、手伝いなさい」
「もうあの火柱でお腹いっぱいだわ」
ちなみにツュンデンさんは料理上手で、毎日育ち盛りの俺らに沢山の料理を提供してくれている。なんでその娘のはずなのにここまで豪快なのか。
「は? 母さん直伝のお祝いごと料理にケチつけんの?」
「親子であの火柱立ててんのかよ!!」
二十年前の伝説のギルドでも、こんな時間があったのだろうか。また水を沸かし、使ったナイフや板を洗う。
「そういえば、これだけ騒いでいるのに魔物がこないんですね」
ふとロゼが言った。確かにそうだ。結構この川辺で留まっているのに、魔物が現れる気配はない。
「火焚いてるからじゃねえの? 日中でも火は怖いんだろ」
俺の答えに、ロートは違う違うと首を振った。
「魔物は火なんて恐れないわよ。野生の獣とは違うんだから。むしろこいつらは夜間火を焚いてたら突っ込んでくるわ。好奇心旺盛というか、何か変なものが見えたら、変な音が聞こえたらすぐにすっ飛んでくるからね」
獣の姿をしていても、まるっきり外の獣とは異なる習性らしい。なら一層、どうして今襲われないのかという謎が深まる。
「怪しいものの判別として、奴らはまず匂いを探る。嗅ぎなれない匂いがしたら、すぐに駆けつけてくるわけよ。ならその匂いを隠せばいい」
だから、と言ってロートは周りを指さした。
「さっき捌いた内蔵を、そのへんの地面に埋めてる。蜂の死骸はさっきの場所に転がってるし、猪の皮もある。おまけにアタシらは蜂の体液を浴びてた。ここまでやってたら、『人間食った同胞』とでも思われてるわよ」
嫌だなそれ。てかそういえば蜂の体液を落としていなかったのか! 慌てて腕を嗅ぐが、あのときのような変な臭いはしなかった。
「安心しなって。魔物の体液はすぐに揮発して無くなる。臭いだって、しばらくすれば落ちる。魔物達は嗅ぎつけるけど、人間には無理よ。アタシ達力の民にもわかんないから」
力の民は獣の力を受け継いでいる。嗅覚や聴覚は俺達心の民より優れているため、そんな彼女らでも判別不可能なら確かに大丈夫なんだろう。
「揮発するとはいえ体液まみれだったのは嫌だな……」
「そーゆーとこお坊っちゃんなのね。いちいち気にしてたら冒険者やってらんないわよ」
やっぱり野生児だ。
片付けを終え、ロートが鍋の蓋を開けた。
「さあできたわよ、ロートちゃん特製迷宮猪鍋!」
ぐつぐつと煮える猪──型魔物──肉と野菜や野草がたっぷりと入っている。獣臭さがなく、香辛料のいい匂いが広がっていた。
「おお──!!」
「美味しそうです!」
ロゼの素直な感想にロートは満足げに頷いた。それから、例の鉄鍋を取ってくる。
「はいメイン」
恐る恐る鍋の中を覗く。正直炭にでもなっているのかと思ったが、そんなことはなかった。表面の衣が茶色くいい感じに焼けている。油にスパイスを入れていたからだろう、臭みは無く程よい香りが広がっている。
「消し炭になってねえんだな……」
「一応魔物の肉なのよ? 普通の肉と同じように考えちゃ駄目よ。まあ味は似たようなもんだけどね」
さっさと切っていく。中央部まで均等に熱が加わっているようだった。冷めているのにも関わらず、肉汁が染み出している。
「氷ブチ込んだおかげで、不要に余熱が入ってないわね。いい感じ」
器に汁をよそい、肉を分ける。手渡された器の中に泳ぐ猪肉の塊。どんな料理になるかとひやひやしていたが、思いの外食欲をそそる香りがしている。
「じゃあ、食べますか」
示し合わせてもいないのに、全員手を合わせて「いただきます」と口にする。全員こういう挨拶はちゃんとするタイプらしい。それからまず汁を啜った。
「んまっ!!」
肉と野草の出汁がしっかりと出ている。香辛料はそこまで入れていないにもかかわらず、芳醇な香りと味わいが口の中に広がった。
「そうでしょそうでしょ? はいアタシお手柄〜」
ロートの軽口に反応する余裕もなかった。肉は牛とも豚とも、ましてや普通の猪とも異なる食感だ。筋っぽいのではと思ったがそうでもなく、程よく熱が入って柔らかい。
野草も良い感じだ。大きめに切ったこともあって食べごたえがあり、舌触りも良い。豪快で、それでいて食べる側へ楽しさと美味しさを両立させる見事な料理だ。
──そして、不安しかない素揚げ肉の方を見る。盛大に油の中へブチ込まれ、火柱を上げていた肉の塊。断面や外見はまともだが、香辛料をすり込む以外の調理工程がなかったのだ。恐る恐る、口に運ぶ。
「────!!」
高温の油で一気に熱されたからか、表面はかりっとしている。揚げ焼き……と言うには油の量が多すぎたが、それに近い。断面を見た通り、中も丁度良くジューシーだ。
「どんなもんよ」
「おみそれしました──!」
素直に言おう。本当に美味い。全身から活力が漲ってくる。夢中になって食べた。ロートがそれを眺めて得意げに笑う。
「おかわり!!」
「お前でよそえ」
「あんだけ豪快な料理なら、そりゃほいほいできないわな。めっちゃ美味かったけど」
「まあね。母さんのときは大変だったらしいわよ」
親子で火柱を立てるな。俺は器を洗いながら質問を続ける。
「鎮火するタイミングミスったら消し炭だしな。……そういえば、あの桶に入れてた液体何だったんだ?」
「あれは母さんが知り合いからもらったってやつ。何でも水が揮発する温度を百度から引き上げる……とかいうらしいんだけど、駄目ね。まだまだ油の温度に負けてた」
そんな便利道具が。しかしそんなアイテムに負けるほどの温度だったのかあのときの油は。俺は洗った器を拭いた。
「ツュンデンさん達はどうやって鎮火してたんだよ……」
「さあね。魔法使いに氷出してもらったんじゃあない?さっきみたいに」
食べ終わり、片付けを終えて再び散策だ。皆でおかわりをしまくったせいもあり、あれだけあった鍋はまたたく間に無くなった。
「ロートさん! あれはなんでしょうか?」
「ん〜? どこ?」
「あそこですよ、あの木の間に見える……」
「あんた、めちゃめちゃ目いいわね……」
女同士の会話が始まったのでそそくさと退散した。後ろに下がり、シュヴァルツ達に声をかける。
「地図どのくらいできた?」
「まだまだだな。こないだ潜ったところ付近みたいだ。……まああのときはヴァイスが突っ込んでいってまともに地図取れてなかったけど」
「……日暮れまでには帰らねえとな」
「ああ。そのためにも──」
そう言って、シュヴァルツは俺に指を突きつけた。
「不用意にウロウロするなよ、ヴァイス。ブラウさんにとっ捕まえてもらうからな!!」
「……アイアーイ」
どれだけ信用されていないんだ。
「坊っちゃんのような猪野郎はそうそう信頼できませんよ」
「お前ついに包み隠さず言ったな??」
そっぽを向きやがった。この野郎と腕を振り上げるが相手にもしない。なんて従者だ。
「俺だってそうそう面倒事に首突っ込むわけじゃないんだよ。面倒事がこっちに来るだけで」
「馬鹿はいつもそう言うんだよ」
「んだとコラァ!!」
ぶん殴ろうと拳を固めたときだった。
けたたましい叫び声と共に茂みの中から二人組の男が飛び出してくる。そこで俺達と目が合い、声を張り上げて叫んだ。
「助けてくれぇ!」
「やばい奴を怒らせちまった!」
まるで数日前の俺達を見ているようだ、などとしみじみ感じる。二人での迷宮探索は無茶だぜ。一旦街に帰って仲間探しをするべきだ。……ところで、やばい奴って?
そこで、男の胸ぐらから何かが頭を出した。そこに押し込んで隠していたようだ。服から顔を出したそれは、小さく鼻を鳴らした。──幼い、子熊である。
「ん?」
ばきり、と木の割れる音。嫌な予感が脳裏を駆け巡る。男は急いで子熊を隠したがもう遅い。
「お前ら」
冷や汗が出てきた。
「どこからそれ連れてきた?」
凄まじい雄叫び、男達が悲鳴を上げる。俺とシュヴァルツは真っ青な顔をして音の方を向いた。
「来るぞ!!」
突き出される赤毛の腕、ぐるると唸り声を上げ姿を現す。
「数日ぶりか! 化物熊!!」
目を赤く染め、怒り狂った熊が俺達の前に躍り出た。




