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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
7章 破滅或いは愛故の救い
113/157

111 : 価値



 ──Side Schwartz──



「こちらです」

「です」


 双子の童女が導くままに、シュヴァルツは歩く。眼の前に立ちはだかるのは大扉。見上げる高さ、それを見据え、手を添える。


「この向こうに、ロゼがいるんだな」

「そのとおりです」

「です」


 ふたりは深々と、頭を下げた。シュヴァルツは杖を握り、ふたりを振り返る。


「最後に、聞きたいことがある」

「なんなりと」

「お申し付けください」


 その問いかけ、シュヴァルツは少し目を細めた。


「『勇者』とは、なんなんだ? なぜ僕が、勇者なんだ?」


 双子はゆっくりと、顔を上げる。


「勇者とは、古くより我ら銀月教に伝わる教えの中で」

「世界を救う日、我らの神を導く者」

「破滅の力を持て余す『獣』を、抑え従える者のこと」

「それこそが、勇者さま」


 双子は同時に視線を動かす。シュヴァルツの全身を、爪先から頭の先まで眺めた。


「何故貴方なのかは」

「私達にはわかりません」

「しかしロゼ様がそうおっしゃられた」

「ならば、貴方は勇者さまなのです」

「……結局、よくわからないよ」


 シュヴァルツは背を向け、扉へ手を置く。前に押せば、扉は開く。


「君達は早く遠ざかるんだ。多分白髪(はくはつ)の馬鹿とか、猫耳の女の人とかに頼めば、助けてもらえる」


 双子へ背を向けたままシュヴァルツは言った。その背に向かい、双子は再び頭を下げる。


「どうか、よろしくおねがいします」

「儀式を止めてください」

「私達の望みは、ただロゼ様が笑っていてくれる世界」

「シュヴァルツさま」


 双子は、声を揃えて言葉を紡ぐ。


「ロゼ様を、お救いください」


 シュヴァルツはそれに何も答えず──ゆっくりと、扉を押した。





 ──Side Orange──



「どしたどしたぁ! (あん)ちゃん! ちゃんと狙っとるんか!?」

「は……っ! 元気のいいレディだぜ!」


 両手を突き出し振るわれる鉄扇をオランジェは剣で受ける。金属同士のぶつかり合い、散る火花。ステラはにやりと口角を三日月に歪める。

 開戦の合図からすでに半刻。オランジェは二階での戦闘を余儀なくされていた。グリューンはルナと対峙し、一階から離れることができない。


「ちょっとちょっとぉ、兄ちゃん。あんた、ウチのこと攻撃せぇへんの?」


 その言葉に、オランジェは一瞬手を緩める。その隙を付きステラは蹴りを放つ。優雅にスカートの裾を掴み、攻撃的なハイヒールを振りかざした。オランジェは籠手で覆われた腕で受け止めるが、ぎしりと骨の軋む音がする。


「なぁに? ウチが女やから? 女やから、殴れへんの? とんだお人好しやなぁ。……あ、それともただのフェミニスト気取りかぁ?」

「……」

()()()()()()()()


 ステラは一気に後退。服の裾から針状の金属を取る。


「女をかよわぁい生き物だと思ってる奴はだぁいきらい。なあ兄ちゃん。あんた、なんでウチのこと殴らへんの? なぁ? 『男は女以下、男こそ正義!』みたいなことでもぬかす?」


 指の隙間に針を構える。オランジェは剣を持ち直しながら顔を上げた。


「俺は……女性をか弱いとは思わない。女性は強く、完成されていて、美しい存在だ」


 真っ直ぐな即答に、ステラはぴくりと眉根を寄せる。オランジェもまた、ぐっと眉間に皺を寄せて声を張った。


「あと、訂正してくれ。俺は野郎は好かん!! ()()()()()男は! 嫌いだ!!」


 指を突き立ててする宣言に、ステラはすでに呆れ顔。咳払いをひとつ、オランジェは真剣な顔に戻った。


「女性はただそこにいる、それだけで価値がある。俺は俺以上の価値を持つ存在は皆、尊いと思うんだ」

「あんたの価値ぃ?」


 気分悪そうに、吐き捨てるように、問いを投げた。


「俺はいつ死んでも構わないと思って生きている。今を存分に生きている。この世界の全ては俺以上に価値がある! それが、俺の価値観だ!!」


 自分自身にはなんの価値もないと。この世界は全てが尊いと。オランジェはそう言った。そう言ってのけたのだ。ステラは歯を食いしばり、針を放った。それらのすべてを剣で弾き飛ばす。石畳の床へ次々と飛んだ。


「価値があるから、助けるんか? 傷つけんのか? そのために、あの死に損ないの子供達を救うとか抜かすんか!?」

「言うさ、言ってやる!!」


 オランジェは走り、剣を振るい降ろした。それはステラに当てる意思はさらさらなく、真下の石畳へ突き刺さる。


「どんなに育ちが不幸だろうと! どんなに酷い目にあおうと! 生きていれば、生きてさえいれば! 必ず笑える日が来る!! 必ず、幸せになれるときが来る!!」


 激しい音、巻き上げられる粉塵。ぱちんと頬に破片が当たったステラは、悲しげに眉根を下げる。


「……()()()()()が本当やと思えるなら、あんたは全然、マシなんよ」


 薙ぎ払われる鉄扇、地面へ軌跡を刻み込みながら石畳を斬り上げる。オランジェはそれを横飛に躱し、地面へ剣を突き刺した。


「少なくとも、俺は信じている!」


 防戦一方、剣を振るい刃を降ろし、攻撃を真下へ向けながらもオランジェは自らを鼓舞する。


「だから俺は、傲慢でもいい。我儘でもいい。自分勝手でも構わない! ────あの子供達を、救いたい」


 剣を振るう速度が上がる。次第にじりじりと距離を詰めてきていた。攻撃に備え後退するステラ。オランジェはその隙を付き、地面へ攻撃を向けた。何をしているのかと、ステラは疑問に口を開く。

 その時気がついた。攻撃を躱し、受け流し続けたオランジェ。地面に刻まれた跡。それは、オランジェを中心とした()()に、楔を穿つように刻まれていた。そして今、オランジェは自身の真下へと剣を突き刺したのだ。


「……何が狙いや! 兄ちゃん!!」

「俺は、レディ相手には戦えない」


 ステラへ伸ばす手。指ではなく、てのひら全体を向けたまるでダンスに誘うようなもの。きざな態度を崩さぬまま、オランジェは円の中心から後退した。


「だから、レディ相手でも思いっきりやってくれる奴と交代する────!!」

「んなっ……!?」


 途端、地面の真下から突き上げてきた何か。刻まれた跡が切り取り線となり、崩れ落ちる地面。ここは地下施設の二階、つまり真下、そこは一階。そこには今、()()()()


 オランジェは真下へ落ちていく剣を追いかけ、穿たれた穴へ飛び込んだ。


「流石だな────グリューン!!」




 ──Side Grun──



 ──数分前──


 繰り出される大鎌の一撃を飛ぶようにしてかわす。グリューンは壁を蹴り、跳躍しながら弓を振り絞った。一気に放つ三本。安々と石畳へと突き刺さるが、男の動きを止めるには至らない。天井から響く音。ここは地下施設の一階。

 階段前で戦いを始めた四人、オランジェとステラは二階へ、ルナとグリューンは一階へ戦場を移していた。


「いっやー上うるさいなぁ……ステラの奴、はしゃぎすぎやわ。ところで……はいはいどした!? 俺はそこちゃうで?」

「……うるっさいな」


 地面へ着地、大きく振り回された鎌をしゃがんでかわし、空いた胴体に蹴り。力の民から繰り出された蹴りをまともに受け、ルナの体は吹き飛ぶ。


「いやーぁ! お見事な蹴り! やりまんなあんた!」

「無駄にしぶといの、嫌なんだけど……」


 崩れた壁の瓦礫を掻き分け、頭から血を流しながらルナは笑った。


「しぶとい? まあそうやろなぁ……クソガキの頃から、死んだほうがマシや思うような修行ばっかりしてきたしな」


 首をごきんと鳴らし、肩を回した。大鎌を背負い、弓を振り絞ったグリューンの前で堂々と立つ。


「後がない生き物っちゅうのは、獣でも人でも恐ろしいもんやで?」

「そんなの知ってる。僕は、狩人だ」


 冷静な声、離される手。限界まで張り詰めた弦が乾いた音を立てて弾かれる。鋭い軌道、放たれる矢。それは何故か──真上の天井へと向けられていた。


「んはぁ!?」


 呆気にとられたルナが素っ頓狂な疑問符を上げる。穿たれた穴、たったひとつの穴だったはず。それなのに、一気に周りが崩れ、落ちてくる。グリューンは驚きもせず崩落する天井、空いた穴を見つめた。ばらばらと降り注ぐ瓦礫に混ざる、鋭い金属の針。


「──適材適所、ってやつだよ」


 真上。そこから落下する影。地面に両足を付き着地した男。額の鉢金、つんつんと立てた髪型。男──オランジェはにやりと笑い、真正面に立つグリューンを見た。


「──流石だな! グリューン!!」

「……どうせそんなこったろうと思ったけどね」


 無言でグリューンは駆けた。手には弓、矢をつがえたままオランジェへ向かって突貫。合図もなく、飛び上がったグリューンの着地点に、オランジェは手を組み足場を作った。そこにグリューンの足裏が乗った瞬間、真上へと押し上げる。


「選手、交代だ!!」


 上階、呆気にとられたステラの眼前にグリューンは現れる。構えた弓矢はそのままに、空中を旋回しながら、ぎりぎりと張り詰める弦。


「……アリかいな、そななん!!」

「何でもアリさ。僕らは冒険者なんだから」


 戦いは、ここから始まる。



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