111 : 価値
──Side Schwartz──
「こちらです」
「です」
双子の童女が導くままに、シュヴァルツは歩く。眼の前に立ちはだかるのは大扉。見上げる高さ、それを見据え、手を添える。
「この向こうに、ロゼがいるんだな」
「そのとおりです」
「です」
ふたりは深々と、頭を下げた。シュヴァルツは杖を握り、ふたりを振り返る。
「最後に、聞きたいことがある」
「なんなりと」
「お申し付けください」
その問いかけ、シュヴァルツは少し目を細めた。
「『勇者』とは、なんなんだ? なぜ僕が、勇者なんだ?」
双子はゆっくりと、顔を上げる。
「勇者とは、古くより我ら銀月教に伝わる教えの中で」
「世界を救う日、我らの神を導く者」
「破滅の力を持て余す『獣』を、抑え従える者のこと」
「それこそが、勇者さま」
双子は同時に視線を動かす。シュヴァルツの全身を、爪先から頭の先まで眺めた。
「何故貴方なのかは」
「私達にはわかりません」
「しかしロゼ様がそうおっしゃられた」
「ならば、貴方は勇者さまなのです」
「……結局、よくわからないよ」
シュヴァルツは背を向け、扉へ手を置く。前に押せば、扉は開く。
「君達は早く遠ざかるんだ。多分白髪の馬鹿とか、猫耳の女の人とかに頼めば、助けてもらえる」
双子へ背を向けたままシュヴァルツは言った。その背に向かい、双子は再び頭を下げる。
「どうか、よろしくおねがいします」
「儀式を止めてください」
「私達の望みは、ただロゼ様が笑っていてくれる世界」
「シュヴァルツさま」
双子は、声を揃えて言葉を紡ぐ。
「ロゼ様を、お救いください」
シュヴァルツはそれに何も答えず──ゆっくりと、扉を押した。
──Side Orange──
「どしたどしたぁ! 兄ちゃん! ちゃんと狙っとるんか!?」
「は……っ! 元気のいいレディだぜ!」
両手を突き出し振るわれる鉄扇をオランジェは剣で受ける。金属同士のぶつかり合い、散る火花。ステラはにやりと口角を三日月に歪める。
開戦の合図からすでに半刻。オランジェは二階での戦闘を余儀なくされていた。グリューンはルナと対峙し、一階から離れることができない。
「ちょっとちょっとぉ、兄ちゃん。あんた、ウチのこと攻撃せぇへんの?」
その言葉に、オランジェは一瞬手を緩める。その隙を付きステラは蹴りを放つ。優雅にスカートの裾を掴み、攻撃的なハイヒールを振りかざした。オランジェは籠手で覆われた腕で受け止めるが、ぎしりと骨の軋む音がする。
「なぁに? ウチが女やから? 女やから、殴れへんの? とんだお人好しやなぁ。……あ、それともただのフェミニスト気取りかぁ?」
「……」
「吐き気がするわぁ」
ステラは一気に後退。服の裾から針状の金属を取る。
「女をかよわぁい生き物だと思ってる奴はだぁいきらい。なあ兄ちゃん。あんた、なんでウチのこと殴らへんの? なぁ? 『男は女以下、男こそ正義!』みたいなことでもぬかす?」
指の隙間に針を構える。オランジェは剣を持ち直しながら顔を上げた。
「俺は……女性をか弱いとは思わない。女性は強く、完成されていて、美しい存在だ」
真っ直ぐな即答に、ステラはぴくりと眉根を寄せる。オランジェもまた、ぐっと眉間に皺を寄せて声を張った。
「あと、訂正してくれ。俺は野郎は好かん!! 自分含めて男は! 嫌いだ!!」
指を突き立ててする宣言に、ステラはすでに呆れ顔。咳払いをひとつ、オランジェは真剣な顔に戻った。
「女性はただそこにいる、それだけで価値がある。俺は俺以上の価値を持つ存在は皆、尊いと思うんだ」
「あんたの価値ぃ?」
気分悪そうに、吐き捨てるように、問いを投げた。
「俺はいつ死んでも構わないと思って生きている。今を存分に生きている。この世界の全ては俺以上に価値がある! それが、俺の価値観だ!!」
自分自身にはなんの価値もないと。この世界は全てが尊いと。オランジェはそう言った。そう言ってのけたのだ。ステラは歯を食いしばり、針を放った。それらのすべてを剣で弾き飛ばす。石畳の床へ次々と飛んだ。
「価値があるから、助けるんか? 傷つけんのか? そのために、あの死に損ないの子供達を救うとか抜かすんか!?」
「言うさ、言ってやる!!」
オランジェは走り、剣を振るい降ろした。それはステラに当てる意思はさらさらなく、真下の石畳へ突き刺さる。
「どんなに育ちが不幸だろうと! どんなに酷い目にあおうと! 生きていれば、生きてさえいれば! 必ず笑える日が来る!! 必ず、幸せになれるときが来る!!」
激しい音、巻き上げられる粉塵。ぱちんと頬に破片が当たったステラは、悲しげに眉根を下げる。
「……そんなことが本当やと思えるなら、あんたは全然、マシなんよ」
薙ぎ払われる鉄扇、地面へ軌跡を刻み込みながら石畳を斬り上げる。オランジェはそれを横飛に躱し、地面へ剣を突き刺した。
「少なくとも、俺は信じている!」
防戦一方、剣を振るい刃を降ろし、攻撃を真下へ向けながらもオランジェは自らを鼓舞する。
「だから俺は、傲慢でもいい。我儘でもいい。自分勝手でも構わない! ────あの子供達を、救いたい」
剣を振るう速度が上がる。次第にじりじりと距離を詰めてきていた。攻撃に備え後退するステラ。オランジェはその隙を付き、地面へ攻撃を向けた。何をしているのかと、ステラは疑問に口を開く。
その時気がついた。攻撃を躱し、受け流し続けたオランジェ。地面に刻まれた跡。それは、オランジェを中心とした円状に、楔を穿つように刻まれていた。そして今、オランジェは自身の真下へと剣を突き刺したのだ。
「……何が狙いや! 兄ちゃん!!」
「俺は、レディ相手には戦えない」
ステラへ伸ばす手。指ではなく、てのひら全体を向けたまるでダンスに誘うようなもの。きざな態度を崩さぬまま、オランジェは円の中心から後退した。
「だから、レディ相手でも思いっきりやってくれる奴と交代する────!!」
「んなっ……!?」
途端、地面の真下から突き上げてきた何か。刻まれた跡が切り取り線となり、崩れ落ちる地面。ここは地下施設の二階、つまり真下、そこは一階。そこには今、誰がいる?
オランジェは真下へ落ちていく剣を追いかけ、穿たれた穴へ飛び込んだ。
「流石だな────グリューン!!」
──Side Grun──
──数分前──
繰り出される大鎌の一撃を飛ぶようにしてかわす。グリューンは壁を蹴り、跳躍しながら弓を振り絞った。一気に放つ三本。安々と石畳へと突き刺さるが、男の動きを止めるには至らない。天井から響く音。ここは地下施設の一階。
階段前で戦いを始めた四人、オランジェとステラは二階へ、ルナとグリューンは一階へ戦場を移していた。
「いっやー上うるさいなぁ……ステラの奴、はしゃぎすぎやわ。ところで……はいはいどした!? 俺はそこちゃうで?」
「……うるっさいな」
地面へ着地、大きく振り回された鎌をしゃがんでかわし、空いた胴体に蹴り。力の民から繰り出された蹴りをまともに受け、ルナの体は吹き飛ぶ。
「いやーぁ! お見事な蹴り! やりまんなあんた!」
「無駄にしぶといの、嫌なんだけど……」
崩れた壁の瓦礫を掻き分け、頭から血を流しながらルナは笑った。
「しぶとい? まあそうやろなぁ……クソガキの頃から、死んだほうがマシや思うような修行ばっかりしてきたしな」
首をごきんと鳴らし、肩を回した。大鎌を背負い、弓を振り絞ったグリューンの前で堂々と立つ。
「後がない生き物っちゅうのは、獣でも人でも恐ろしいもんやで?」
「そんなの知ってる。僕は、狩人だ」
冷静な声、離される手。限界まで張り詰めた弦が乾いた音を立てて弾かれる。鋭い軌道、放たれる矢。それは何故か──真上の天井へと向けられていた。
「んはぁ!?」
呆気にとられたルナが素っ頓狂な疑問符を上げる。穿たれた穴、たったひとつの穴だったはず。それなのに、一気に周りが崩れ、落ちてくる。グリューンは驚きもせず崩落する天井、空いた穴を見つめた。ばらばらと降り注ぐ瓦礫に混ざる、鋭い金属の針。
「──適材適所、ってやつだよ」
真上。そこから落下する影。地面に両足を付き着地した男。額の鉢金、つんつんと立てた髪型。男──オランジェはにやりと笑い、真正面に立つグリューンを見た。
「──流石だな! グリューン!!」
「……どうせそんなこったろうと思ったけどね」
無言でグリューンは駆けた。手には弓、矢をつがえたままオランジェへ向かって突貫。合図もなく、飛び上がったグリューンの着地点に、オランジェは手を組み足場を作った。そこにグリューンの足裏が乗った瞬間、真上へと押し上げる。
「選手、交代だ!!」
上階、呆気にとられたステラの眼前にグリューンは現れる。構えた弓矢はそのままに、空中を旋回しながら、ぎりぎりと張り詰める弦。
「……アリかいな、そななん!!」
「何でもアリさ。僕らは冒険者なんだから」
戦いは、ここから始まる。




