9 : 野生児達
ロゼの冒険者申請、ギルド「燕の旅団」の立ち上げ。それらを済ませた俺達は、入口に立つ衛兵に冒険者の証であるチャームをかざす。
「何笑ってるんですか気持ち悪いですよ」
「お前それが主に対する態度か??」
ブラウはギルド入りに関してまだ不満らしい。宿にいた間はクヴェルのおかげで何も言われなかったが、今はクヴェルの目がない。随分と機嫌が悪い。
「大丈夫だって! クヴェルにはツュンデンさんがついてんだから」
「万が一のことがあれば坊っちゃんを身代わりにしますので」
「おい〜? ブラウ〜? お前俺の護衛だろ〜?」
このブラコンが!! 五年の付き合いでわかってるとはいえ、この忠誠心の無さ!
以前本人が「旦那様には恩がありますが坊っちゃんにはなんの恩もありません。守れという命令が無ければぶん殴ってます」と言っていた。こいつに俺への忠誠心は無い。
「シュヴァルツ様……ここが迷宮なのですか?」
「ああ。僕らも入るのは二……いや、三回目か」
「ちんたら話してる場合じゃぁないわよ!もう迷宮入ってんだから」
ロートの一喝で、俺は掴んでいたブラウの胸ぐらから手を離した。
「リングの調子はどう?」
「ありがとうございます。サイズもぴったり、魔力の通りもバッチリです!」
冒険のために誂えた装備は丁度いいらしい。元々着ていた服をアレンジした衣装も気に入ったそうだ。アレンジ主はツュンデンさん。一晩でやった。
現在時刻は昼過ぎ。今日の目的はとりあえず、日暮れまで探索して素材を集めること、それと入口付近の地図を埋めることだ。
慣れた冒険者は迷宮内にテントを張り野営することもあるらしいが、そんな高望みはしない。まずは日帰りで、迷宮に慣れる。知識だけでなく、経験を積みそれから挑戦する。
「入口付近とはいえ、何があるかはわからないの。むしろ入口付近の方が危険かもね。この辺には『赤毛の魔熊』って呼ばれる奴もいて、つい最近も新人が追い回されて入口まで連れてきたとか──」
「あ、それ俺らだな」
「ヴァイスのせいでな!」
「何してんのあんたら!?」
一部では俺達、というか俺とシュヴァルツは有名人だ。
「まあとにかく……そんなのもいるから、油断しないように! 特に巣穴の周りで騒いだら絶対駄目よ!!」
「アイアーイ」
と、は言ったものの。
「すっげえ何だあの木の実!? あの色やっべえって! 俺取ってくる!」
「おい馬鹿変に触ったらやばいやつかもしれないだろ! 僕がチェックしてからだ!」
俺とシュヴァルツは極彩色の木の実を取ろうとどったんばったん。
「シュヴァルツ様! あの花とっても綺麗です!」
ロゼはシュヴァルツのローブを引っ張り大はしゃぎ。
「こちらは保存効くでしょうか。クヴェルへのお土産にしたいのですが」
ブラウは低木に生えてきた木の実を毟って弟を思う。
「馬鹿しかいないのかこのギルドは!!」
突入から数分後にはこの有様だ。
「あんたらそこに直れ!!」
ついにロートがブチ切れた。全員揃って気をつけさせられる。
「まず馬鹿コンビ! 知らない木の実を取ろうとするな! あんな極彩色、毒があるに決まってるでしょ!! てか実際毒あるのあれは! そんなんでよく森暮らしできてたわね!?」
「いや、変な色だからこそ気になって……」
「子供か!!」
それからロゼへ。
「いい? 見慣れないものばっかりではしゃぐのはわかる。でも、一応ここ魔物とか出るから! 危ないから!」
「は、はい……」
そしてブラウ。
「あんたが一番やばいのよ!! なんで勝手に木の実毟って食ってんの!? お土産に、とか言ってる場合じゃないわよ!! 毒あるやつの方が多いのよここには!」
「本当に毒のあるやつは口に含んだ瞬間判別できます。即座に吐き出せば問題ありません」
「野生児か!! 騎士サマでしょ一応!!」
「ブラウたまにそういうとこあるよなー。俺が風邪引いたときとか『薬なんかに頼らず飯食って寝れば治ります』とか言ったり」
俺達の屋敷に来る以前、幼いクヴェルを連れて旅をしていたとかなんとか聞いたことがある。そこを親父に拾われたと。
「野生児じゃないの!!」
ロートは頭を抱えた。長い長いため息をつく。
「いい、あんたら。変なものには触らない、ましてや食べない。気になるものを見つけたらアタシに聞け。わかった?」
「アイアーイ」
「はい」
「わかりました」
「…………」
「返事しろ騎士サマ!!」
そんな風に騒いでいると、茂みから音がした。脳裏によぎる巨大な熊、だが今回は違うようだ。ばっと飛び出してきたのは、一メートル近くある、蜂型の魔物だった。
「ほら出た!!」
そう言ってロートは背負っていた銃砲の紐を握る。そういえば、ロートはいつもこれを背負っていたが、使う現場はまだ見たことがない。見た目はロートの身長程、もしくはそれ以上ある黒い棺桶といったところか。
今日ようやく、それを使う姿が見れるのだ。どんな仕組みなんだろうと一瞬わくわくした。肩にかけていた紐を握ったロートは、迫る蜂型の魔物に思いっきり振りかぶり──
「おらあぁ!!」
叩きつけ、魔物の頭の部分を吹き飛ばした。大きな音と共に、辺りに魔物の体液が飛び散る。
「撃たねえのかよ!」
「ここまで近づかれたら撃つより殴った方が早いでしょ」
返り血──というか汁を被った脚を振るう。こっち飛ばすな。その直後、また茂みから音がする。ロートは舌打ちをした。
「面倒なことになったわよこれ……」
飛び出してくる蜂型魔物の群れ、その後ろから現れる鋭い牙を持った猪。大きさはそこまでだが、激しくいきり立っているようで唸り声を上げている。
「騎士サマとあんたは猪! アタシとこいつで蜂を仕留める!」
ブラウとシュヴァルツが猪の方へ押し出され、俺は首根っこを捕まれ蜂と向き合わされた。
「なんでだよお前が決めるのかよ!」
「あの猪は毛皮が硬いからナイフは効かない。アタシの銃弾も威力が落ちる」
そんな猪は、装甲の硬さが関係ない魔法と一撃の重い槍に任せるということらしい。
目の前に蜂の針が向けられる。体をよじって躱し、ベルトから二本のダガーを抜いた。脚を踏み込み体を捻り、横から蜂の体を切り刻む。気持ち悪い液体の感触、即座に腕を払うが中々取れない。
「気持ちわり!」
「頭下げてな!」
その声に体制を低くしながら振り返ると、ロートが肩に銃砲を抱えていた。銃口は蜂の群れに向けられ、中央の取手はしっかりと握られている。
「鳳仙花!!」
なんとか視認できるスピードで放たれる無数の銃弾、それらは凄まじい勢いで蜂の群れを抉っていく。前方の群れは壊滅、だが一匹だけ運良く逃れたのか、叫び声を上げて迫ってくるやつがいた。
「うっげぇ口に入った! ぺっぺっ!!」
ロートに飛ぶより早く、即座に体を起こし蜂を切り刻んだ。もろに体液を浴びる形になり、最悪な気分だ。ロートは驚いたような顔をしていた。
「あんた……マジで速いのね」
「おう、素早さは自慢だぜ!」
素直に褒められて嬉しい。さて、ブラウ達は大丈夫だろうか。振り返ると丁度、とどめを刺すところだった。
いきなりロートに押し付けられたものの、このいきり立つ猪はどうするべきだろうか。とりあえず青い炎、ウィルオとウィスプ達を呼び出す。
「ロゼ、僕から離れるな」
「はい!」
「ひっつけとは言ってないぞ!!」
猪が咆哮を上げ、突っ込んでくる。それよりも早く動いたのはブラウさんだった。槍を構え、付け根の摘みを撚る。
「──略式霊槍」
耳に馴染む低音が、猪の咆哮よりもよく耳に通った。猪は構わずブラウさんに突貫する。それを恐れもせず、しっかりと槍を握り突き出した。
「轟雷」
猪の眼前、そこに刃先が触れるか触れないかのところでばちりと弾ける青い雷。槍の刃先から雷が発生し、猪の体を貫いたのだ。
猪は一際けたたましい叫びを上げた。だがまだ倒れない。唸り声を上げて再びブラウさんに突撃しようとする。
「爆ぜろイグニス!」
指を鳴らす。猪の顔、その真横で爆発が起こる。赤い炎が猪の顔を焼き、煙を上げた。
「ブラウさん!」
声をかけるより先に、ブラウさんは槍を猪へ突き刺した。猪は絶叫のような悲鳴を上げるが、その槍は鈍らない。
かちり、とブラウさんが槍の中腹にあった摘みを捻った。ばんっ、という音が猪の体の中から響く。すぐにぐったりとして、目の光が無くなった。
ヴァイスの歓声とロートの拍手が響く。見事二人も蜂の群れを撃破したらしい。
ブラウが槍を引き抜き、血を払った。不愉快そうに眉間に皺を寄せている。やはりブラウは強い。なんだあの槍、先端から雷が出ていた。
「こちら、どうするんですか」
伸び切った猪と、あたりに散らばる蜂の残骸を眺めて言う。中々凄まじい状況だ。素材を剥ぐにも、どこが売り物になるのだろうか。
「蜂は針を抜く。脚や体は売りもんにはならないからね。肉片はまとめてほっとけば土に帰る。猪は皮を剥いで肉を取る。肉は食料にするから置いとくのよ」
そう言って地面に転がる蜂の死骸を掴む。ぶっくりと膨れた腹の部分を掴む。その先端から針が出ていた。
「先端には触っちゃ駄目よ。死んでも毒は残ってるから。こう……しっかり根本を掴んで……」
そう言って勢いよく針を引き抜いた。先に袋のようなものがついている。
「これは毒袋、毒を溜めてるところね。持って変えれば売れるから、きちんと保管して持ち帰ること。箱持ってきたでしょ? 針はそこに入れといて」
意外と毒袋の表面はしっかりしていて、ロートが振り回しても弾けることはなさそうだ。
「普通の蜂と同じ感じなんですね」
「お、慣れない連中は針抜いただけでもぞっとするのに、騎士サマ平気なんだ」
「……昔、蜜蜂の群れの針を全部抜かされたことがありますので」
「どんな状況よそれ……」
ブラウの過去についてはそんなに詳しくない。時たまするサバイバル慣れした言動や、弟への過保護さから察するに、相当な少年時代だったのではないだろうか。
「猪はどーすんだ? まずは普通に皮剥ぐだけか?」
「そーだけど……って、皮剥げるの? あんた」
「慣れてる!」
「師匠に熊の解体やらされたことあるので」
「あんたら何なのほんとに……」
ロゼが恐る恐る覗いてきた。
「気分良いものじゃあないぞ」
「はい……でも見て学ばないと……!」
シュヴァルツが小声で勝手にすれば、と呟いた。ロゼに対してあたりがキツイんじゃないだろうか。
「ヴァイス、熊の時みたいに僕に血浴びせてきたらぶん殴るからな」
「それはフリか? ん??」
俺に対してより優しいか。
「血抜きは?」
「川が側にあったからそこに流せばいいわ」
せっせせっせと川の側に運ぶ。大きな岩の上に寝かせ、ナイフを抜いた。
作業を続ける中、遠目に見ていたロゼが口元を抑えていた。無理もない。
「皮の処理任せた」
「わかった」
皮の除脂作業はシュヴァルツに任せる。俺はあまりああいった作業は得意ではない。内蔵を取って血を抜く作業に入る。食べれる部分も分けなくてはならない。中々根気のいる作業だった。
「終わった────!」
川の水でざぶざぶと手を洗う。ロートは並べられた肉を見て驚いている様子だった。
「中々上手いもんじゃない。初心者の連中なんて、みんな怖気づいて人にやらすのよ?」
「熊と比べりゃマシだよ」
シュヴァルツやブラウの方も終わったらしい。それぞれ素材を手に合流した。
「ロゼ、除脂めちゃめちゃ上手い」
「ありがとうございます!」
皮剥ぎで気分を悪くしていたとは思えないな。ブラウの方は無言で手を洗っている。一人であれだけの量の蜂を扱っていたのか。
「腹減った……流石に……」
「あんだけ解体した後によく食欲湧くわね」
「動きゃ腹減るだろ」
「野生児め」
でも時刻は昼過ぎだ。ロートはあたりを見回し、確認をしてから手を叩いた。
「じゃ、準備しますか」
「何の?」
「飯」
そう言うとロートは八重歯を見せて、にやりと笑った。
「迷宮内とはいえ、いくつかの植物は外とおんなじよ。食べられる草探してきて。このロートちゃんが迷宮料理を振る舞ったげるわ!」