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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
7章 破滅或いは愛故の救い
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102 : お話の時間



 石の檻に囲まれ、ふたりの影は睨み合う。赤毛の女と黒髪の男。周りの囚人達が、現れた女の姿にひゅうひゅうと声を上げた。かつて裏社会を牛耳た若頭。そして、その組織に縛られ続けた女。女とその仲間の手によってこの牢へ送られた男。


「相変わらずつれない女だな、君は」

「あんたに見せる愛想はない」


 冷たく言い放つ彼女の後ろで、囚人達のはやし立ては更に拍車をかける。下品な言葉や罵声が飛び交う中、女は不機嫌そうに言い放った。


「何の用か、なんて聞かなくてもわかるでしょ?」

「……さあ、わからないな」


 へらり、と言ってみせた男に向かい、女は格子を蹴り上げる。耳をつんざくように響き渡った音に、はやし立てていた囚人達は口を閉ざした。


「しらばっくれてんじゃないわよ」


 その強気な目。暗闇の中でぎらぎらと光る金の瞳を、男は見つめる。


「……しばらく見ない間に、強気になったものだな。ロート君」

「自分がブタ箱の中だってこと理解してる?」


 女は檻を蹴り上げてから格子を握る。それから床に座り込む男を見下した。


「アタシらは今、少しでも情報が必要なの。そのためには使えるものは全部使う。……せっかくあんたが生きてるんだから、出せるだけ絞りとんなきゃいけないのよ」

「……あのとき殺されとけばよかったかもな」

「アタシだってあんたには死んでほしかったわよ。……でも、国はあんたを()()()()んでしょ?」


 伸びた前髪の下から、三日月のように歪んだ口が覗く。男はくつくつと肩を震わせ、顔を上げた。


「君は変わったな、ロート君。それはその()()のせいか?」

「いい女になったって言ってくれる? 仲間のおかげでアタシは変わったの」


 その高圧的な言い方。八重歯を見せて笑って見せる彼女の姿に、男は更に笑みを浮かべた。ひとしきり笑い終えた後、鎖に繋がれた腕を前へ伸ばした。ぱちんと音を立てて指を鳴らす。


「いい答えだ、ロート君。……では、話せる限り教えてやろう」


 牢屋の中、薄汚れた空間。男はその床に座り込みながらも長い足を伸ばし、優雅に佇まいを直した。かつての若頭、その名に恥じぬ振る舞いだ。

 

「迷宮都市ゾディアック──この王国、その成り立ち。それからこの王国が抱える闇の部分を、な」



 ────────



 椅子に座り、無言で遠呼(とおよび)のベルを見つめる長身の男。聞きたいことがあると切り出して尚、男は言葉を躊躇していた。それを急かすような真似は、ベル越しの主君も言いやしない。覚悟を決め、男は口を開いた。


「旦那様、()()()()の約束に、偽りはありませんね?」


 ベルを通して聞こえる息遣い。息を飲む声、少しの間を開け、主君は彼に何があったかを問いかけた。


「……銀月教。その名に、聞き覚えは、ありますか」

「……知らない名だ。その教えに、何かあったのか」


 男は目を閉じ、息を吐き、言葉を探す。


「十二貴族とその宗教が手を組み、迷宮五層にて児童を拉致監禁、それから何かしらの研究を行っていました」

「────!?」


 明らかな動揺、男は必死に耳を澄まし、向こう側の様子と反応を探る。嘘偽り無いと確かめるよう、主君がそのようなことに関わっていないと信じ込むように。


「ブラウ。私はあの日から、君に嘘はつかない。……そして私は、そのことを知らなかった」

「ええ、信じております。旦那様」

「その件は、適時私に報告を頼む。私の方からも、探れるだけ探ろう。……おそらく、乙女、山羊、蠍付近の連中だと思われる」


 その名が上がった瞬間、彼の眉は潜められた。机の表面へ爪を立てる。


「彼らは……()()、懲りていないのですか」

「ああ……いい加減、諦めたと思っていたのだが」


 がり、と爪がめり込み、表面に傷を作る。


「研究などでは、人の手では、叶うはずもない……()()()()などという、愚かな願いは」

「……ええ。クヴェルさえ、渡さなければ」


 しばしの沈黙。


「旦那様、くれぐれもお気をつけください」

「心配しないでくれ、ブラウ。……こんなことしか、()()()()()()()にはならないのだから」


 その後、通話は切断された。無言になった室内で、彼は机を引っ掻き続ける。



 ────────



「いいかい、オランジェ君。五分だ」


 眼鏡の男は指を突きつけ、言い放つ。


「五分を超える会話は即座に引き離す。そして、情報を聞き出す以上の会話も引き離す。いいね?」

「……わかったよ」


 その返事を聞いた後、眼鏡の男は扉の前に立った。錠の部分へ手を添え、分解する。扉が開いた向こうには、先日見たばかりの光景が広がっていた。

 うわ言、悲鳴、苦悶の声。異形と化した子供達が寝台に拘束されている。異臭、悪臭。顔をしかめながらも、ふたりは前へ進んだ。真っ当な状態の子供を探す。しかし、どこを見てもそんな子供はいなかった。


「誰か……誰か、話せる子はいないか? 誰か!」


 声を張り上げ、返答を待つ。返ってくる声を探して青年は歩き回った。眼鏡の男はその様子を壁際に立って眺める。


「──だ、れ?」


 弱々しく響いた声に、青年は駆け寄った。体の大部分を水晶で覆われた少年。


「は、話せるのか!?」

「うん……おにいちゃん、このまえの人……? ひとり……?」

「あ、ああ! ひとりじゃない、今日はふたりだ! もうひとりは……恥ずかしがり屋だから、離れたところにいるよ」


 男達がこの施設へ初めてやってきたとき、かすかに声を出した少年だった。青年は彼の横たわる寝台の側に駆け寄り、しゃがみ込む。体から突きだす水晶、憎らしいほど透き通ったそれに視線をやりつつ、手探りに伸ばされた手を掴んだ。


「どうしてお兄ちゃんたちは、ここにいるの?」

「お、お兄ちゃん達はな、探検してるんだ! うっかりこの中に入っちゃって、それで」

「たんけん? なら、『センセエ』たちに言えば、あんないしてもらえるんじゃ……ないかなぁ。ぼくから、言おうか?」

「えっと! そ、それはやめて欲しいな……。お兄ちゃん達、こっそり入ってきちゃったから、怒られちゃうんだ。だから、このことは秘密にしてくれるかな? み、みんなにもそう言って……」


 しどろもどろながら、どうにかこうにか取り繕う。みんな、そういった途端少年は首を横に振り始める。


「だいじょうぶ。もう、みんな、おはなしできないから……たぶん、聞こえてないよ」


 響くうわ言。意味をなさない言葉の羅列。青年はあたりを見回した後、ぎゅっとその細い手を握りしめる。


「……そっか」

「うん。……ねえ、お兄ちゃん」


 なんだ、と答えを返す。少年は手を握り返すが、その力はとても弱い。


「お兄ちゃん、ここのたんけん、おわった?」

「え、う、ううん。まだまだ、見てないところがあるよ」

「そっかぁ」


 水晶になっていない口元。それが笑顔の形に開かれる。


「ぼくね、外のはなしを聞きたいな。お兄ちゃんたち、『ぼうけんしゃ』さん、なんでしょ?」

「えっ、あ……」


 青年は眼鏡の男の方を見る。壁際で立つ彼は視線を受け、お好きにどうぞと肩をすくめた。青年は少年の手を握りながら、必死に明るい声を出す。


「うん、もちろんいいぞ! 代わりに、お兄ちゃん達も君に聞きたいことがあるんだっ!」

「へへ……じゃあ、こうかんね」

「ああ!」


 差し出された小指に、小指を絡ませる。


「お兄ちゃん、おなまえは?」

「あ、俺の名前はオランジェだ。……君は?」

「フリューリゲル」

「格好いい名前だな」

「そうでしょう?」



 ────────



 ぱちぱちと焚き木が爆ぜる。薪を突きながら、少年と少女はしゃがみ込んでいた。


「五層は夜でも明るいな」

「そうだろう? あの『ツキ』のおかげらしいよ」


 指差す空。真っ暗な闇の真ん中に、白く光る明かりが見える。この迷宮五層に、本物の月などありはしない。日中の日の明かりと同じ、偽物だ。


「偽物にしてもでっけぇな。十七夜(じゅうしちや)みてえだ」

「じゅーしちや? なにそれ?」


 疑問を口にした銀髪の少女へ、白髪の少年はおっと声を上げる。


「そっか、ジルヴァはまだ見たことねえよな。えっと、外じゃあ秋頃に『十五夜』っていう、月が綺麗に見える夜があるんだ」

「へぇ〜修行ばっかせずに、見に行けばよかったな」

「それで、満たされまくったとかもう限界、とかって意味で、『十二分』ってのが使われるんだけどよ」

「なるほど、十分にかけてるんだね」

「そう。それで、春先──そろそろか、秋の十五夜を超えちまうほどデカくて綺麗な月が、何年かに一回見れるんだよ」


 身振り手振りで、その月がいかに大きく立派かを示す。


「十分の上が十二分、だから十五夜の上を行く十七夜、ってわけだな」

「よっぽど綺麗なんだね! 今年あるの?」

「おう、ひと月後くらいだったかな……」


 そっか、と少女は呟く。その十七夜によく似ているという偽物の月をじっと眺めた。


「見たいね、みんなと」


 それに少年は──何も、答えなかった。



 ────────



 ぬかるみを踏み、足を取られる。揺らいだ体を男が支えた。


「おっと、大丈夫っすか、グリューン?」

「ありがと、ゲイブ。大丈夫」


 ランプの灯りを手に、二組の影は通路を進んだ。

 ここは迷宮都市ゾディアックの地下。新興宗教組織、銀月教の総本山……だった場所。


「情報も全部持ってかれちゃったっすかねぇ……」

「前にここに入ったのも、一年前だしね」


 壁伝いに通路を進みつつ、ふたりは紙に地図を記す。その時、小柄な影が立ち止まった。


「どうしたっす?」

「いや……ちょっと、思い出して。……来て」


 そのまま先に進む。広場のような場所に出て、それから詰め所のようになった場所を覗く。


「ここが例の、クヴェルやお姫さんが捕まってたっていう部屋っすか?」

「正確には、ここの奥……隠し部屋、なんだけど……」


 壁に設置された棚を弄ると、ごとんと音を立てて動いた。奥から通路が現れる。慎重に中へ入った。あまりにも広くはない。鉄格子、それから古びた椅子、壁にかけられたランプ。急に押し寄せた奇妙な臭いに、ふたりは思わず鼻を押さえた。


「なんすか……この臭い……」

「ゲイブ」


 足元で、かしゃんと軽い音。ランプの火を近づけ、確認。

 白く軽い、なにか。奥へ奥へと灯りをずらす。細長いもの、妙な形をしてるもの、それから丸っこいもの。細い糸のようなものが絡みついた()()を見つけたとき、ふたりの喉は微かな音を立てた。


「人の、骨……?」

「でも、変だ、ゲイブ」


 震える指で、指し示す先。その骨は、()()()()()()()()。頭骨、肩や腕の骨、大腿骨から足先までは揃っているのに──背骨の中枢、股関節が、見当たらない。


「地下の環境、まだ骨に肉片がついてることからも……死後一年少し。完全に風化して、なくなったなんてことはないっす。──その部分が、そっくりそのまますっぽ抜かれてなきゃ……」


 ふたりの視線は、鉄格子へ向く。そこに空いた、奇妙な穴。丸い円の形に鉄格子はえぐりぬかれていた。焼いて溶かしたり、刃物で切断した跡は無い。

 ただはじめからそういう形だったとでも言わんばかりに、綺麗な断面をしていた。



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