99 : 秘められた真実
一同、項垂れながら椅子に座る。空っぽになったロゼの席から、皆は目をそらした。
突然現れた銀月教の面々。滅んだと思っていた彼らは生きており、未だ根を張っていたのだ。そしてそれはおそらく……迷宮五層、地下施設に関係しているのだろう。
「なあ、オランジェ」
俺は呼ぶ。先の会話、気がかりなものがあった。
「ロゼが攫われたって、なんだ?」
覚えがない、そんな話、聞いたこともない。奴はちらりと視線を動かし──レーゲンを見た。
「……レーゲン先生」
「……なんじゃ」
「話しても、いいですか?」
ババアは俺とシュヴァルツ、それからブラウをちらりと見る。
「小僧共、若造。これは、儂が『隠せ』と伝えたことじゃ。すべての責任は、儂にある」
そう前置きをし、ババアはオランジェを促す。オランジェはごくりと息を呑んだ後、口を開いた。
「……え」
一年前、俺達が四層にて戦っていた間に起こった事件。二股の黒猫亭への襲撃。クヴェルとロゼが攫われ、宿留守番組が救出に向かったという。
「そこで、言われたのか? 本当に?」
「……ああ」
クヴェルをさらった連中。竜の眼を狙う組織、そこに命令を下しているのは──
「十二貴族、奴らが、その大将だ」
思わず、立ち上がり奴の胸倉を掴んだ。
「なんで言わなかった!!」
「落ち着きなさいよ、ヴァイス!!」
「なんでそんなことを、隠してたんだよ!」
「儂の責任じゃと言ったじゃろう」
ロートの静止を跳ね除け、ババアの言葉にようやく止まる。口から漏れたのは、困惑の吐息。言葉にできない感情が渦巻く。
「伝えれば、おぬしがそうなるとわかっていた。だから口を塞いだ。こやつも十二貴族の一員ではあるが、父親を慕っている度合いではおぬしのほうが上じゃ」
なんで、親父が。十二貴族が、竜の眼を狙うんだ。親父達の命令で──クヴェルは、ブラウは、苦しんだのか?
「若造も、すまなかった。弟まで通して口を封じた。本当に、申し訳ない」
「……無事であった以上、苦言は申しません」
そう答えはするものの、ブラウの表情も困惑している。当たり前だ、こいつだって親父に忠誠を誓ったのだから。
「それ以上に……。その組織とやらに、口出しした男の存在が気になるね」
ジルヴァが言った。数年前にクヴェルの居場所を、一年前に二人の居場所を教えた男。そして、その服に刻まれた紋章。
「銀の刺繍、狐……」
「銀月教だ」
椅子に座ったシュヴァルツが呟いた。
「銀糸で縫われた月を喰らう狐……それが、銀月教の紋章。僕はそれを、直に見てる。間違いない」
そして五層の地下施設、十二貴族の紋章と並んでいたという印。十二貴族と銀月教は、繋がっている。銀月教は、ただの新興宗教──そのはず、なのに。
「もう、わかってるだろ」
投げやりな様子で、シュヴァルツは続ける。諦めたような、達観したような態度。
「十二貴族は、綺麗なものなんかじゃ、ないんだよ」
……わかってた。わかってたはずだ。
ひとつの村を人体実験で滅ぼし、幼い少年の命を奪い、そして今、子供達を地下で怪しい実験の犠牲に……。過去には、民衆を縛り搾取し続けた、歴史がある。
「俺は……」
オランジェが、ぽつりと呟く。
「子供達を、助けたい。難しくても、親父達を敵に回しても……あんな研究、やめさせたい」
「……それに関しては、同意だ」
過ちを犯しているのなら、それを白日の下に晒す。俺の目的は変わらない。
「ロゼを、助けに行こう」
俺達の横で、シュヴァルツが立ち上がる。
「一度攫われても、連れ戻せたんだ。また連れ戻しに行けばいい。奴らの根城が五層の地下だって言うのなら、そこに行こう」
「ちょっと、落ち着きなさいよシュヴァルツ」
「落ち着いてる。仲間を助けるのを、優先するのはおかしい?」
「おかしくはないけど……」
いつになく饒舌な様子。ロゼの救出、確かにそうだが……。
「待てよ、あいつらの様子を見るに、ロゼは何か被害を受けてるわけじゃない。」
ロゼはあくまで教祖、姫として扱われていた。何か酷い目にあわされたりというのは考えにくい。
「酷い目にあってなかったら、攫われても助けちゃいけないのか? 仲間が攫われて、じっとしていられるか!」
「待て、シュヴァルツ」
扉へと向かうその肩を掴んで無理矢理振り向かせた。いつになく感情を顕にした顔、両肩を押さえて正気に戻す。
「お前、落ち着け。なあ、シュヴァルツ。お前ロゼに、最後何を言われた?」
あのとき、立ち去るロゼは最後シュヴァルツへ何かを囁いた。そう問えば、シュヴァルツははっとした顔を浮かべて俯く。
「……っ」
──シュヴァルツ様。
──次に出会う私は、もう今の私ではないかもしれません。
──だから、そうなる前に──
「ひとりで、死ぬって……」
言葉を、無くした。
次に出会うとき、ロゼはロゼじゃなくなっている? なんで、そんな、なにがなんだか。
「ひとつ、おぬしらに、伝えていなかったことがある」
重い空気を切り裂くように、ババアは言った。今更、何を。
「まさか、このようなことになるとは儂も思ってはいなんだよ。……あの娘が、あんなものを抱えていようとは」
「し、しょう」
何を知っている? 続きを促す。
「一年前、あの娘が倒れたあの日──儂は、あやつと約束した」
そうだ、一年前──四層探索の途中、ロゼは体調を崩した。思えば、あの頃からおかしかったんだ。それに、気づけなかった。
「あやつは、言ったんじゃ。自分は、十八までは生きられぬと」
出会ったとき、ロゼは十五歳だった。その直後に十六歳の誕生日があり、今年十八歳になる……はず、だった。
「え」
──私は、元々十八まで生きられません。
──でも、それをみなさまが知ればきっと悲しみます。
──だから、レーゲン様。
「……『どうか貴方の口からは伝えないで欲しい』。あやつは、そう告げた」
なんで、なんでなんで。なんでそんなことを、教えてくれなかったんだ。十八まで生きられない? なにかの病気か? そんなの、俺達が力を合わせれば、治せるかもしれないのに。なんで、黙ってたんだ。
「こんなことになるなら、伝えておればよかった……。完全に、儂の、過ちじゃ」
深々と頭を下げるババアの姿を見ながら、シュヴァルツは拳を握り締める。
「やっぱり、ロゼを助けよう。助けて、それから──」
「いや、待て。地下施設を調べて、場合に応じて破壊することも早くしないと……」
「ロゼを見捨てるっていうのか!」
「大勢の子供達が犠牲になってるんだよ!!」
どちらかを優先して、切り捨てることはできない。大切な仲間と、大勢の子供。天秤にかけることは、できない。シュヴァルツは悩む俺の胸倉を掴んだ。
「やっぱりそうなんだな……ヴァイス」
「……は」
落胆したような、そんな顔。どうして、そんな顔をするんだ。
「お前は、父親の……十二貴族の無実を証明したい、それが一番なんだろ」
「そんな、こと」
ない、と言い切れれば、どれほど良かったか。
「子供達を助けるとかそんな言い訳をして、信じる目標を綺麗なままにしたいだけだろ!!」
「ッ!!」
その手を払い除ける。突っ撥ねた手に伝わるびりびりした痛みが、意識をはっきりさせた。叩かれた手を見つめるシュヴァルツが、俺を睨む。
「僕は十二貴族より、仲間が大事だ」
「俺だって、ロゼは助けてえよ」
「ならなんで、迷わず仲間を助けるって言い切れないんだ」
「それは、大勢の子供達が犠牲になってるから……」
「お前はなんだかんだ、十二貴族を信じてるんだよ!」
「違う! ……間違ったことをしてるとは思うし、実際綺麗なところだけじゃないとは、わかってる」
「わかってないんだよ、お前は!!」
もうやめろ、と叫ぶロートとジルヴァの声がどこか遠い。シュヴァルツは俺の胸倉から手を離し、腕を振り上げた。乾いた音、頬の痛み。
「お前は、目を背けてるんだよ……」
その言葉は、すとんと俺の胸に突き刺さる。
目を、そらしていた? 迷宮内の施設を知ったとき、十二貴族が、人々を苦しめていたと知ったとき──俺はどこかで、「そんなことはない」と、信じていたのか? 十二貴族が綺麗なだけじゃないなんて、わかってるのに。わかってるはずなのに──脳裏にちらつく、親父の背中。
「ヴァイス」
顔を上げる。シュヴァルツは、じっと俺を見ていた。
「僕と、戦え」
向けられる、指先。
「僕が勝てば、ロゼ救出を最優先にする。そして、僕が負ければ──」
なあ、親父。俺は何を信じればいい?
「僕は、『燕の旅団』を、抜ける」




