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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
7章 破滅或いは愛故の救い
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98 : 銀の狐



 扉の叩く音に皆が黙りこくる。退室していたブラウも場の異常さに引き返し、口を閉ざしていた。俺は息を潜め、ゆっくり扉に近づく。

 ノブに手をかけたところだった、響く声。


「怪しいものではありません」

「ありません」

()()()()()()()()()()。それだけでございます」

「ございます」


 意を決し、扉を開く。不自然なほどに真っ暗な街並み、それを覆い隠すように、黒いローブに身を包む人影が、扉の向こうを覆い隠していた。


「改めまして」

「まして」

「お迎えに上がりました、お(ひい)様」

「お(ひい)様」


 一番手前に立つ、小柄な二人。二人はローブを着ておらず、その無表情を見せていた。ロゼが着ているのに似た……キモノ、だったか。乙女領では普通に着られているという。赤のキモノと青のキモノ。双子だろう、よく似た顔立ちをしている。

 そして二人の視線は──俺の背後、シュヴァルツの隣。……ロゼに、向けられていた。


「お(ひい)様。十七の夜、その刻限は近づいております」

「おります」

「もう、お戯れはおやめください」

「おやめください」

「お戻りください、我ら()()()に」

「銀月教に」


 その場の皆が、凍りつく。銀月教、先も名が上がった。五層地下の施設にて、星見の騎士と共に紋章を掲げられていた、らしい。

 しかし銀月教は、一年以上前に壊滅したはず。この迷宮都市ゾディアックの地下空間に根城を張っていた彼らは、衛兵と俺達民衆の手によって打ち倒された。ひとりの信者を教祖の身代わりにし、消滅。信者も幹部も皆確保された。教祖として祀り上げられていたロゼを切り離し、終わったはずだ。終わったはずだったんだ。


「お戯れもほどほどに、真の役目をお忘れなきよう」

「なきよう」

「我らの活動において、貴方様の存在は欠かせないのです」

「のです」


 ロゼを見る、胸の前で両手を握り、俯く姿。シュヴァルツが庇うように前へ出た。


「何を勝手に……銀月教は、もう終わったはずだ! また現れて、ロゼを縛ろうっていうのか!? お飾りの教祖に、象徴に据えて信者を集めようと──」


 ざっと俺の横に立った。奴らからロゼを隠すように睨みつける。双子の童子は一切顔色を変えず、じっと俺達を見上げていた。


「ロゼは渡さない。ロゼは僕らの、仲間だ」


 そうシュヴァルツが言い放った、直後だった。


「仲間ぁ? 笑わせんじゃん!」


 童子の背後、細身の影から伸ばされる、すらりと長い脚。女の声がした、その瞬間向けられたそれはシュヴァルツの腹を蹴り飛ばす。一瞬苦悶の声が響き、シュヴァルツの体は吹っ飛び店内のカウンターに激突した。


「シュヴァルツ様ッ!!」


 ロゼの悲鳴、項垂れるシュヴァルツの頭から流れる血を見て、頭の奥が真っ白になり飛び出した。細身の影、その胸倉を掴み上げようと手を伸ばす。


「やめろ、お(ひい)様の前だぞ」

「お前、すぐ脚出すんじゃねえよ下品な女だなぁ」

「だってぇ、仲間とかお飾りとか、ムカつくしぃ?」


 俺の手は女の隣、長身の影によって止められた。女に向かって、軽薄そうな男が話しかけている。童子の後ろには四人、幹部だろうか。女、長身の男、軽薄そうな声をした男、そして年齢も性別も判断つかない壺のようなものに入った影。ぞくりとするほど冷たい手に、咄嗟に振り払った。


「申し訳ない、この場で争うつもりはないのだ。我々は穏便に、お(ひい)様をお迎えに上がったつもりだ」

「まあ今この場で殺し合っても、オレはいいぜ? あたり一面の空間とは、()()()()()()しなぁ!」


 空間を切り離す、この嫌な静寂はそれか。しかしそんな高度な技、レーゲン(ババア)でもできるかどうかだ。


「殺し合う? お(ひい)様をかけて! 私は構わないけどさ!」

「おやめなさい!」


 嬉しそうに声を上げた女、その声を遮るように響く──ロゼの声。彼女はシュヴァルツの側でしゃがみこみながらも、視線だけは強く奴らに向けていた。


「彼らへの手出しは、禁じます」


 凛とした態度、声色。扉の向こうの面々は、皆口を噤み頭を垂れた。それを確認すると、ロゼは立ち上がる。


「ロゼ……駄目、だ」


 シュヴァルツが彼女に向かって言う。ロゼは振り返り、シュヴァルツの耳元に顔を寄せた。一言二言、何かを囁く。シュヴァルツの目が見開かれ、もう一度名を呼んだ。それでも彼女は、戻らない。


()()()()()()()だ、ロゼ!!」

「みなさん」


 からんころんと、ゲタを鳴らして歩くロゼ。彼女は俺の隣を通り過ぎ、双子の童子の前に立った。


(わたくし)は、みなさまを騙そうとした訳ではないのです。……本当に、この日々は楽しかった」


 顔を向けない。しかしその言葉が俺達に向けられているということはわかる。


「私を、大切な仲間と呼んでくれて──ありがとう」

「やめろ、ロゼ」


 そんな言葉、まるで。


「だから私も、大切な仲間のみなさまを、守りたいんです」

「戻って、ロゼ」


 ロートが言う、手を伸ばす。届かない手は、ただ何もない空間をかきまわすだけ。


「ヴァイスさん。あんな素性のしれない私を、燕の旅団に入れてくれてありがとう」

「何をするんだ、ロゼ」


 すぐ目の前にいるのに、何故か遠い。そんなはずは無い。それなのに。


「ロートさん。私はちゃんと、お別れできますわ」

「何言ってんのよロゼ!」


 立ち上がり、ロートは扉に近づく。


「ブラウさん。……貴方様の悲劇は、大本を正せば我々の責任です。……本当に、申し訳ありませんでした」

「……え?」


 ブラウは顔を上げ、ロゼの背を見つめる。


「ジルヴァさん。貴方のまっすぐさは、私にとっての光でした」

「何を言ってるんだよ、ロゼ! こんなの……お別れみたいじゃないか!!」


 そうだ、こんな別れなんて──


「オランジェさん。あのとき、攫われた私を助けに来てくれて、ありがとうございました。それと……もう少し、隣にいる人を、よく見てあげてください」

「そんなの……お礼なんて、いらないよ、ロゼちゃん」


 今、なんと? ()()()()


「グリューンさんも。あのときは、ありがとうございました。貴方は必ず、幸せになれますわ」

「幸せ、なんて。ロゼ、駄目だよ、戻ろう」


 グリューンがぶんぶんと首を振る。


「ゲイブさん。貴方の医術は本当に素晴らしいものです。貴方様のようなお医者様がいれば、私の血なんて、白翼種なんて、必要無くなります」

「お姫さん、それは」


 ゲイブは立ち上がるが、前に進むことができず止まる。


「リラさん。()()()()のことは、お忘れください。あれは、必ずみなさまを不幸にしてしまう」

「それはどういうことなんだ、ロゼさん」


 その問いに答えはない。


「ツュンデンさん、こんな私に帰る場所を、暖かな場所をくれて、ありがとうございます」

「何言ってんだい、ロゼちゃん」

「レーゲン先生、()()を守って、みなさまに何も言わないでくれてありがとうございました」

「儂は……こうなるなど、何も聞いておらんぞ」


 ババアでさえも、動揺している。彼女はそこでようやく、振り返った。視線の先、目を見開くシュヴァルツ。


「シュヴァルツ様。私の勇者様。あの日、空から現れた貴方のおかげで、私はたくさんのものを手に入れることができました」

「聞きたくない、ロゼ」

「数え切れないほどのありがとうが、あるんです。これは、本当なんです」

「やめろ、ロゼ」

「愛しています。シュヴァルツ様」


 そしてロゼは、こちらに背を向けた。


「みなさまに手出しは、させません。だからどうかみなさまは、()()()()()()()()()()()()()()ください。嫌な部分から、目を背けてください。……それが、みなさまにとっても救いになる」


 少しずつ前に、扉の向こうに。双子の童子が深々と頭を下げ、扉に手をかける。


「本当にありがとう、燕の旅団。そして──さようなら、みなさま」

「ロゼッ!!」


 伸ばした手は、扉に遮られる。ばたりと閉じた扉、耳の痛くなるような静寂が、あたり一面に広がる。

 動けない沈黙が長く続き、いきなり前触れもなく音の本流が押し寄せた。扉越しに聞こえる街の喧騒が、こんなにうるさく聞こえたときはない。窓の向こうの街並みも、いつもの明かりを取り戻していた。

 その中で──ただ俺達だけが、静寂を保ち続けている。


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