とある冒険者達最後の夜、或いは始まりの記憶
「深層に辿り着いたら何がしたい?」
はぜる焚き木の前に座った、白髪の少年が問いかける。真っ赤な炎に照らされた、よく晴れた日の空色をした瞳が周りの皆に向けられた。
「アタシは、まずは家に帰りたいかなー。母さんに会いたいし……あと、教会も行って子供達に会いたい。それから、またぶらぶら迷宮探索でもしよっかなー」
肩に届くか届かないかの長さをした赤髪、その隙間から猫の耳を覗かせた女が、頬杖を付きながら笑った。形のいい脚を組み、あんたは? と隣へ勝ち気な金の瞳を向ける。
「私は……故郷に帰って夢を叶えた後、旦那様の元へ戻ります。それから、友や家族と一緒に旅をしようかと」
黒に近い紺色の髪、深緑のような瞳をした長身の男は呟く。ちらりと目線を白髪の少年に送った。
「坊っちゃんを追いかけて嫌々仕方なく同行した旅でしたが……夢さえ叶えば悪くないと言えるのではないでしょうか」
「俺のおかげだなっ!」
「人を大切な弟と引き離しておいてよく言えましたね」
得意げに胸を張った少年を流し、次の人物へ。
「えっと……ボクはまず夢を叶えて、故郷のみんなと一緒にソラが見たい!」
長い銀色の髪、銀色の瞳を持つ少女が笑いながら言う。頭に覗く角、異形の姿をした耳、彼女は地面に転がした刀を撫でながら、鼻歌交じりに続けた。
「それからどうしようかな〜。色んなところを旅するのもいいよね! 見たいものはたくさんあるから!」
嬉しそうに話す彼女の姿に、猫耳の女は柔らかく笑った。
「じゃ、ふたりはどうする?」
続いて話を振られ、紫水晶の瞳を持つ少女は目を瞬かせた。少し考える素振りをする。間が空いた後、口を開いた。
「私も……自分の目で、世界を見ようと思います」
そして、隣に座る黒髪の少年を見る。
「その時もどうか、側でいてくださいね」
黒髪の少年が飲みかけだった水を吹き出す。激しくむせこむ姿を、他の面々は生暖かい目で見守った。
「ごほっ……僕はとにかく、まずは師匠を探すよ」
口の周りを拭いながら少年は言う。
「それから、夢のためにやるべきことをする。……勿論」
それから少女の方を向いた。少年の血潮のような瞳と、少女の紫水晶の瞳が交差する。
「君が旅をするってなら、僕はついていくよ。約束、だし」
頬を染め合うふたり、その空気を吹き飛ばすように白髪の少年はひゅういと口笛を吹いた。
「んで、言い出しっぺのアンタは勿論、夢を叶えに行くんでしょ?」
「勿論だろ……ってこれじゃあ結局、迷宮の最奥へ辿り着いてからも、みんな旅するじゃねえか」
猫耳の女が言った言葉に、白髪の少年は笑った。
「あいつらは、どうすんのかな」
「あーでもどうせ、旅するんじゃないかな。本能的に、体が冒険を求めちゃってるだろうし」
赤い炎に照らされた、長い睫毛が震える一瞬さえ、忘れられない時間。
「まあそのためにも……まずは明日、辿り着かねばなりませんがね」
「ああ、世界の中央──あらゆる神秘と奇跡が眠る、底の果てに」
白髪の少年は拳を握る。握る、開く、その動作だけで血が騒ぎ、沸き立つ。感情の高揚に同調するかのように、心臓は激しく拍子を刻んだ。
「三千年の歴史の中で……『彼ら』しか辿り着けなかった場所へ!」
高らかにその手を掲げた。
各々の瞳が交差する。混ざり合うそれらが抱くものは、ただひとつ。
「俺達の夢を、叶えるために!!」
────これは、少年少女が自分自身の「夢」のために、悩み、迷い、転びながらも、進み続ける物語。
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神が生み出したとされる世界。その中央に、「迷宮」は存在する。
無数の世界の集合体、と中を知る人間は呼ぶ。そこには富も、名誉も、知識も何もかもがあるとされた。
しかし待ち受けるのは異形の怪物、神の名を持つ獣達。欲をかいた人間など、瞬きの間に打ち砕かれると人々は語る。
だが、それらの苦難を乗り越えた先──そこには「至高の財」が眠るだろうと、人々は噂した。
数多の人々が理想に挑み、その肉体を打ち砕かれた。
迷宮探索が解禁され、「冒険者」が認められてから四十年。一つのギルドが最奥へ到達する。だが彼らは何も語らず歴史の闇に消えた。最奥に何が眠るのか。それを知る者は、未だ彼らを除いて存在しない。
物語は、そこからさらに二十年の月日が経ったところから始まる。
とあるふたりの少年達、彼らが迷宮に脚を踏み入れた一歩。それが、後に世界を変える一歩へ至った。
迷宮第一層。
美しい木々と水辺に彩られる神秘の森。風が枝葉を揺らす音、穏やかな木漏れ日、それらはおよそ迷宮だとは思えない優しさだ。
そんな穏やかな森に、遠くから異音が響く。ばきばきと枝の折れる音、小さな獣が逃げる音。
「────! ──────!! 」
「──、──────!」
そして、聞こえてくる悲鳴のような叫び声。その声と音は段々と近づいて──
「この馬鹿ッ! 馬鹿野郎ッ!! こんな迷宮で人助けだなんて馬鹿な真似する奴があるか!!」
「人助けを悪く言うんじゃねぇ!! イイコトだろうが!」
「自分の身も守れないのに首を突っ込むな!!
ああもう! だからお前と旅に出るなんて嫌だったんだ──!!」
「うるっせえ口動かす前に逃げねえとだろ!
でないと……!」
枝葉をへし折り飛び出してきたのは二人の人影。
先に言葉を発したのは、黒髪に赤い目をした不健康そうな少年。後から口を開いたのは、少女のような麗しい顔立ちをした、白髪に青い瞳の少年。
白髪の少年は走りながらも背後を振り返る。ざわざわと動く木々、青ざめた顔でそれを見た。
「俺達初日に死んじまうぞ────ッ!!」
木々をへし折り轟音をあげ、叫び声と共に現れたのは、赤い毛皮を持つ巨大な熊のような獣。怒り狂った声、爛々と光る瞳。その目は二人の少年をまっすぐに捉えていた。
「なんでこんなことになったんだぁ────!!」
白髪の少年の叫びが、あたり一面にこだまする。振り上げられた獣の爪が、二人に向かって振り下ろされる。激しい衝撃と轟音、言葉にならない大きな悲鳴が、迷宮の木々を震わせた。