【第86話:羊偵察隊】
作戦の変更点についての話は思いの外すんなりと終える事ができました。
こんな年端も行かない美少女が話す事なんて、ちゃんと聞いてくれないのではないかと心配だったのですが、それはもうあっさりと……。
ん? 美少女ですが何か?
美少女の件は置いておくとしても、説明の中では結構突拍子もない事を言ったのですが、誰もその事に疑いを持つような事がなくて、なんだか不気味なほどでした。
ただ、その理由は会議の後に、シグナ様がこっそりと大声で教えてくれました。
「ちょ、ちょっとシグナ兄さん!?」
「良いじゃないか~。まるで自分の事のように嬉しそうに話してなかったか?」
「ぼ、僕は事実をしっかりと伝えて、キュッテが少しでも侮られないようにと思っただけです!」
少し二人のやりとりを聞いていると、どうやらアレン様が今回の作戦の事前説明をされた時に、私がこれを考えたという事だけでなく、侮られないようにと他にも色々と語ってくれたようです。
ケルベロスを従えているという事や、例の副ギルド長を捕まえてこの街の膿を一掃するきっかけを作ったのが私だということなど、他にも色々と。
他の色々が気になりますが……聞くのも何となく恥ずかしいわね……。
とりあえず今は余計な事は考えない事にしましょう。
「あ、あの! とにかく、うまく紹介して頂いてありがとうございます! お陰で話もスムーズに進めることが出来ました!」
「あ、あぁ、そうだね。でも僕には、それぐらいしか出来ないから」
それぐらいなんてとんでもない……そう言って否定しようと思ったのですが、私よりも先に否定する人がいました。
「ったく……アレンはいつまでたっても自分の事を過小評価するなぁ。それ、悪い癖だぞ? アレンが今回動き回ったおかげで、こうやって凄い作戦を実行に移す事が出来るんだ。もっと自分のしたことに誇りを持て」
シグナ様の言葉に、アレン様はどこかバツが悪そうにしていましたが、ちょっと嬉しそうです。
なんですか? この甘いイケメン兄弟愛は?
これだけで妄想が捗る人いるんじゃないのですか?
あ、私はそういう趣味はないですけどね。うん。
「お話中失礼します! キュッテさん! 偵察隊の編成が終わりそうなので、そろそろ羊を連れてきて頂いても良ろしいでしょうか?」
アレン様とシグナ様の会話にほっこりしていると、先ほど天幕の中にいた衛兵隊長の一人が、声を掛けてきました。
「はい! わかりました! すぐに行きます!」
私はシグナ様とアレン様、そして後ろで黙って控えていたイーゴスさんに頭を下げると、急いで衛兵隊長に続いて、その場を後にしたのでした。
◆
衛兵隊長に連れてこられた少し開けた場所。
そこには十八人の屈強そうな男の人たちが集まっていました。
私はすぐさまフィナンシェに何往復もして貰い、十八匹の羊たちを連れてきて、今は羊たちに何度も言い聞かせていました。
「いい? あなた達にはこれからこの人たちを背に乗せて、偵察任務に就いて貰います。だから基本的にはこの人たちの指示通りに動いて欲しいのだけれど、本当に危ないと思った時には、命令よりも、自分やこの人たちの命を優先して逃げること! わかったわね?」
「「「めぇぇぇ~!」」」
うん。頼もしい返事だわ!
「羊偵察隊に抜擢された衛兵さんと冒険者の方々も、作戦通りに宜しくお願いしますね!」
「お、おぉ。まま、任せてくれ」
「だだ、大丈夫だ。ちゃんとするから。うん」
「あ、あぁ、ぜぜ、絶対に指示は守る……」
え? なんだか様子が変ですって?
おかしいわね? 別に大したことなんてしていないわよ?
ちょっと羊に乗るのが嫌そうな態度の人たちがいたので、フィナンシェにケルベロスで羊の送迎を頼んだだけなのに、おかしいわね~?
今もちょっと、ケルベロスモードが私よりも大きな頭で私に甘えてくるので、もふもふしてあやしているだけなのに、どうしてかしらね?
あれれ~?
「わかってくれたのなら良かったです♪」
にっこり微笑みながらそういう私に、何故か引き攣った顔の羊偵察隊の皆さんが、何度も頭を上下にこくこく振っています。
「じゃぁ、さっそく各自指示された地点に向かい、到着したら魔道無線で報告。そこからは臨機応変に指示に従いつつ偵察行動をお願いします。この作戦はビッグホーンの群れの行き先を正確に予測する事が非常に重要です。成否はあなた達にかかっていると言っても過言ではないので、気を引き締めてお願いします!」
「「「お、おぉぉ!」」」
うん。良い返事だわ。
まぁただ……この光景を眺めていると、なんだかにやにやしてしまいますね。
だって、いくら小柄な人を選んで貰ったとは言え、屈強な冒険者や衛兵さんが、うちのカワイイカワイイ羊たちの上にちょこんって座って走っていくんだもの~。
「キュッテ、たのしそう、ね?」
「あら? ヨセミテじゃない。随分早かったわね?」
「魔法、つかった、よ?」
相変わらず、とびっきりの可愛さだわね。
首を傾げてそう言う姿は、前世なら絶対に一部の層が放っておかない破壊力があるわ。
「でも、護衛なんて良かったのに」
「ダメだ、よ? キュッテは、この作戦の一番のカモメだって。あれ? 一番の要だって。だから影から守ってって、みんな言ってた、よ?」
実はさっき、ヨセミテを作戦中の護衛に付けるって、レミオロッコから連絡があったの。
もちろん、工房にも配置している魔道無線を使ってね。
でも、みんなが私の事を心配してくれている事は、本当に嬉しく思います。
「そうね。じゃぁ、ヨセミテ。作戦中の護衛は宜しくお願いね」
「任せ、て?」
さて、とうとう作戦は動き出しました。
この作戦の成否が街の皆の命を握っています。
なにがなんでも成功させてみせるわよ!