【第79話:ホワイト】
食堂でレミオロッコ謹製の冷蔵庫から果実水をとりだした私は、一息に飲み干しました。
「ぷは~♪ やっぱり冷えてると美味しい! フィナンシェにもハムあげるわね~」
「「がぅ♪」」
こっちの冷蔵庫に入っている物は、私に限らず、誰でも自由に取って食べて良い事になっています。
食事用の食材の入った冷蔵庫とはわけてあり、こちらは飲み物とちょっとした食べ物しか入れてないのだけれど、かなり評判は良いです。
今はレミオロッコ工房ブラックだけど、普段は福利厚生がっちりのレミオロッコ工房ホワイトなんです!
などとホワイトアピールしている場合では無かったですね。
「そろそろ一〇分経つ頃かしら。そろそろフィナンシェを送還しないと」
庭に戻ってから送還しようかと思ったのだけど、送るだけならここでも良いかと思い、食堂で送還しちゃうことにしました。
「じゃぁ、もうここで送還しちゃうね~」
「「がぅ!」」
そう言ってフィナンシェを送還しようとした時でした。
なんだかフィナンシェの身体が一瞬ブレたように見えました。
あれ? これって前にも一度あった気がするわね。
「やっぱり見間違いじゃなかったのね。フィナンエシェ? あなた、身体に不調とか違和感とかない? どこかおかしなところとかあったら、すぐに言うのよ」
「「がぅ?」」
首を傾げてきょとんしている様子から、特に問題はなさそうだけど、ちょっと心配です。
変身させている事が影響していないかスキルの能力を探ってみたり、フィナンエシェを持ち上げて、ぷよぷよのお腹とかも確認しましたが、どこも悪い所は見当たりませんでした。
「ん~気になるし心配だけど、今は時間に余裕がないし……。フィナンエシェ? 本当に大丈夫なのよね?」
「「がぅ!」」
「ん~、じゃぁこのままお願いして良いかしら?」
「「がぅ♪」」
本犬は全く異常を感じてないようなので、結局私は、フィナンエシェをそのまま送還したのでした。
◆
フィナンエシェを送還して牧場に送ったあと、私は敷地内の空き地に移動しました。
ここは、羊たちを連れてきても大丈夫なように、トルテたちに準備を進めて貰っていたので、既にイベントで使用した柵が設置されています。
それにしても、最初にこの工房を起ち上げる時、大きなところにして良かったわ。
全体の広さで言えばイベントの時に利用した広場よりもずっと狭いですが、催し物用のスペースと比べれば同じぐらいの広さがあります。
「キュッテ! 言われたとおりに準備しておいたぞ! こんなかんじでいいのか?」
「ありがとう。トルテ、ヨセミテ。バッチリだわ」
「羊さん、よぶ?」
「そうよ、ヨセミテ。ちょっと下がっててね……召喚!」
次の瞬間、いつもより大きな光が溢れたかと思うと、フィナンシェと一緒にもも組の五匹の羊たちが一緒に姿を現しました。
まぁフィナンシェは、もも組の羊たちに囲まれて見えないんですけど。
「うわぁぁ! キュッテすごいな!」
うん。いやね。もう呼び捨てにされるのは諦めます。
まぁ喜んで嬉しそうにしてくれているなら、私も嬉しいですしね。
「キュッテ、すごい、ね」
ただね……いつの間にかヨセミテにまでうつって呼び捨てなんですけど……。
首を傾げながら呟く姿は、お人形さんみたいでカワイイんで許しますけどね!
その後、次々に現れる色とりどりの羊たちに、喜び興奮する二人に羊の世話を任せ、私はアレン様のところへと向かったのでした。
◆
アレン商会の前までやってくると既に馬車が門の前に停められていて、御者席にいたゴメスさんに言われるがままに乗車しました。行き先は冒険者ギルドの予定です。
でも、馬車の中で待っていたのはイーゴスさん一人でした。
「イーゴスさん、アレン様はどうなされたのですか?」
冒険者ギルドにも一緒に行くと言っていた気がしたのですが、馬車の中にはイーゴスさんだけだったので、その理由を尋ねました。
「アレン様は領主様のところへ今回の作戦の説明をされに向かわれました。先ほど、衛兵の協力も貰えるだろうと、使いの者が伝えに来ましたので、おそらく予定通り進められるとか。この後、衛兵の詰め所で合流する予定になっております」
衛兵の協力を得られそうで良かったわ。
この街の冒険者が具体的に何人いるのか知らないのだけれど、地方の街なのでその数はあまり多くないと聞いています。
それに、羊戦車にはかなりの人数が乗り込めるように余裕を持って作って貰っていますから、戦車の上から攻撃できる人数は多い方が良いですしね。
「それにしてもキュッテさんは、本当にそのお歳でよくこのような作戦を、そしてセンシャなるものを考えつかれますね。出会ってからいつも驚かされてばかりです」
ん~前世の知識のお陰なのですけれど、それも私の力って事で褒め言葉は素直に受け取っておきます。
だって、私褒められるの好きですし!
それから二、三言葉を交わしている間に、御者席側の小窓が開き、ゴメスさんが話しかけてきました。
「イーゴス様、キュッテさん、そろそろ冒険者ギルドに着きますよ」
そう言えば前世の記憶を思い出す前も含めて、冒険者ギルドに来るのは初めてです。
異世界と言えば冒険者ギルド! というぐらいには定番の施設なので、ちょっと不謹慎にもわくわくしてしまいますね。
でも、期待に胸を膨らませ、馬車の窓から外を眺めていた私の目に見えてきたのは、凄くこじんまりした、ちょっとみすぼらしい建物でした。