【第37話:ちいさいよ】
私に話しかけてきたのは、六歳ぐらいに見える幼い男の子でした。
ちょっとみすぼらしい恰好をしていますが、金髪碧眼の整った顔立ちで、前世のそういう属性持ちの方が見れば泣いて喜ぶような容姿です。
ちなみに私はそういう属性は、前世も含めて持ち合わせていませんからね!
私は男の子の目線に合わせるように少し屈むと、
「えっと、この羊のお人形さんのことかしら?」
と言って、腰に紐でぶら下げていた羊のフェルトマスコットを掲げてみせた。
「そう! そのおにんぎょうだよ! いもうとが、メイサがたんじょうびに院長せんせいからもらったんだけど、悪いやつにとられちゃったんだよ! ……それがショックでメイサのやつ、へやにとじこもってしまって……」
幼い女の子が大事にしている人形を奪うなんて、なんて酷いことを……。
「ぼく? もう少し詳しくその話を聞かせて貰えないかしら?」
放っておけなくなった私は、それからもう少し詳しい事の経緯と、どうして私に話しかけたのかを聞き出しました。
まず、男の子の名前は『トルテ』で歳は八歳。
身体が小さいからてっきり六歳ぐらいかと思ったのだけれど、孤児院の子らしいので、もしかすると栄養が足りていないのかしら?
あとでおやつ買ってあげるからね!
そして、さっき話に出てきた妹の『メイサ』は、先日五歳になったばかりの同じ孤児院の女の子。
孤児院なので義理の妹かと思ったら、実の妹でした。
両親が事故で亡くなり、二人揃って孤児院でお世話になる事になったようです。
まぁその境遇はともかく、酷いのはそこから先の話です。
メイサが貰ったのは、間違いなく私たちが作った羊のフェルトマスコットでした。
誕生日プレゼントを探していた院長先生が、たまたま私が代理販売をお願いしていたお店に用事で立ち寄ったようで、そこで最初に売りに出していた羊のフェルトマスコットを偶然手に入れたようです。
そしてメイサの誕生日。
その羊のフェルトマスコットを貰ったメイサは、それはもう大喜びしたそうです。
いつもいつも、どこにいくのにも持ち歩くので、園長先生が紐を付けてくれて、今の私と同じように腰にぶらさげていました。
それがいけなかったのでしょう。
トルテとメイサが二人で街を歩いていると、突然年上の太ったガキンチョに、
『なんでお前がそれを持っている!!』
と言いがかりをつけられて、奪われてしまったのです。
「しかし……まさか、こんな事にまで副ギルド長が絡んでいるなんてね……」
悪ガキで有名らしく、孤児院の子供は何度か被害にあっているので、院長先生に話すと、すぐにその正体がわかったようです。
そう! そのガキンチョの正体は、副ギルド長の息子だったのです!
もう本当に何なのよ!? 親子そろって性悪だとか、本当に最悪だわ!
絶対にいつかぎゃふんと……いいえ、ぐぼっ、ぐはっ、げぼっって言わせてあげるんですから!! ふふふ、ふふふふふふふふふっ……。
「ね、ねえちゃん、なんかこわい……」
おっと、ワタクシトシタコトガハシタナイ。
「それで私に売っている場所を聞いて、自分のお小遣いで買って妹に……ね」
もう副ギルド長には、本当にこの子の爪の垢を煎じて飲ませてあげないといけないわね。
「う、うん! ちょっと足りるかどうか心配だけど、ためてたおこづかい全部もってきたんだ!」
「本当にえらいわね。そんな小さいのに……」
「ねえちゃんだって、ちいさいよ?」
う、うん。こ、子供は素直が一番よね……。
「わ、私はいいのよ。それより、そう言う事なら……これ、あげるわ! 妹にプレゼントしてあげなさい」
私は腰に付けていた紐を外し、そのままトルテに羊のフェルトマスコットを手渡しました。
「え? でも……」
嬉しいけど、突然あげるって言われて戸惑っているのね。ふふふ、遠慮なんてしなくて良いのに♪
「しらない人に物をもらったらダメって院長せんせいが……」
そっち!? し、しっかりしているわね……。
ま、まぁ、悪い事では無いわ。うん。
「お姉ちゃんね。実はこのお人形を作ってる人なのよ? だから、い~っぱいあるから、そんなこと言わないで貰ってくれると嬉しいな~」
「そ、そうなのか!? ねえちゃん、これ作るとか、ちいさいのにすげぇな!」
ち、ちいさいは余計だけど、喜んで受け取ってくれたし良しとしましょう……。
「また取られたりしないように、持ち歩く時は隠すのよ?」
「うん! メイサにはちゃんとかくすように約束させるよ! ……あぁ! ……その、ね……あの……」
ん? さっきまであんなに元気だったのに、急にどうしたのかしら?
「どうしたの? 遠慮せずに言ってみなさい?」
「お、おれ、しんせつしてもらったのに、なまえもまだ聞いてなかった……ごめんなさい」
うん。やっぱり副ギルド長とその息子には、トルテの爪の垢どころか、全身の垢を煎じて飲まさないといけないわ!
「ふふふ。そんな謝らなくても大丈夫だよ。私の名前はキュッテ。キュッテお姉ちゃんって呼んで良いわよ?」
「ありがとう! キュッテ! ……キュッテって、いいやつだな!」
ま、まぁ、呼び捨てだけど、二歳しかかわらないし、大目に見てあげましょう……。
その後、近くの屋台で孤児院の子たちの人数分お菓子を買ってあげてから、トルテと別れたのでした。