第四の事件 『中堅アバター連続引退事件』 その3
こんにちは。いや、こんばんはかな?
まずは自己紹介といこう。
私の名前は迷路真酔と書いて『めいろ まよい』だ。
職業は一応探偵をしているのだが、名前の通りヘボ探偵でね。
ナロウチューブというバーチャルな空間に事務所を構えてこうして駄弁っているという訳だ。
一応、このチャンネルではバーチャル探偵よろしく華麗に事件を解決……と行きたい所なのだが、こんなヘボ探偵の所に来る依頼を察してくれるとありがたいのだが。
それでも事件らしいものは起こり、それを解決した話を忘備録代わりに語っていこうかなと思っている。
見ている皆様は紅茶とお菓子でも持って気楽にくつろいでくれるとありがたい。
まぁ、所詮ヘボ探偵の事件簿だ。
山もなく、谷もない、ごく普通の人間らしい物語でしかないから、つまらないと思ったら遠慮なくブラウザを落としてくれるとありがたい。
それでも見てもらって、続きをという奇特な方は評価の方をよろしく頼む。
あ、一番大事なことを言い忘れていたな。
この物語はフィクションです。
さてと、それでは第四回の事件の最後を語るとしようか。
私の依頼が大手事務所の中堅の失踪。
そしてその後に起こったのが、別の大手事務所の中堅が長期休養と更に別の大手事務所の中堅も体調不良を理由とした休養。
引退、長期休養、体調不良と言葉は違うが、詰まる所この三人はバーチャルの世界から消えたのだ。
失踪事件としてもいいし、このまま出て来れないのならばバーチャルなだけに誘拐事件というより殺人事件と言ってもいいだろう。
彼女たちの共通点として浮かんだのは、三人の声が去年引退したバーチャルの世界の超大物に似ていたという事。
という訳で解決編だ。
久しぶりなので決め台詞も言わせてもらおう。
さぁ。
迷探偵の面白くもない事件の解決を語ろう。
依頼主の大手事務所の近くの喫茶店。
その窓側の奥の席を取って、私は依頼主のマネージャーと向き合う。
テーブルには二つの封筒を置いていた。
「調査報告書です。
『成功用』と『失敗用』に分けています。
マネージャーさん。
……いや、中堅さん」
マネージャーの顔色は変わらないが、何か言うつもりもなく私の言葉を待っていた。
依頼者が犯人であるというありきたりな物語だが、そうなると謎が一つだけ残る。
『何で私に依頼したか?』だ。
「『事務所側がこの中堅の個人データを把握していない』。
私が引っかかったのはここです。
たしかにありそうな説明ではありますが、この業界は今やお金が絡むまでに膨れ上がった。
お金っていうのは恐ろしくも便利ですよ。
貴方が私に依頼したように、本気でお金を積めばある程度どころじゃない事が分かります。
にもかかわらず、『分からない』。
ありえないでしょう?」
「……」
マネージャーは何も答えないが、それは肯定しているようなものだ。
私はコーヒーを飲みながら続ける。
こういう時のためにコーヒー代は自腹で先に払ってある。
「だとしたら、一つしかない。
『内部の人間が消した』か『知らなくても問題ない人間』だった」
マネージャーの目の色が変わる。
こういう時にリアルはバーチャル以上に情報をさらけ出す。
自分の所属タレントのデータを知らないなんてマネとしては失格もいいところだからね。
「中堅さんは『創業メンバーの一人』で、『コラボや箱内の潤滑油として動いて』いて、『収益化もしていない』。
内部のスタッフがお遊びか、ノリで始めたものとあたりはつけていましたよ」
「詳しいんですね」
「一応バーチャルにも身を置いているので」
私はコーヒーに口をつけ、マネージャーは私に合わせるようにコーヒーに口をつけたが持ったカップが揺れてコーヒーが波打つのが見えていた。
私が知りたいのは、何故彼女達が消えなければいけなかった理由だ。
それが謎である『何故私に頼んだか?』に繋がってゆく。
「引退するならばそれはそれで問題がない。
事務所内部で処理してしまえば、問題がないはずです。
何故、私を雇ったりしたんですか?」
私の言葉に、マネージャーは動揺を抑えきって嗤った。
もしかして、さっきの動揺は演技かと私が疑うぐらいに、マネージャーの表情が切り替わる。
「引退ではなく失踪。
それもただの失踪ではない。
バーチャルな世界の人間を殺す。
そういう事件の依頼をしたかったからではいけませんか?」
その言葉を聞いて、私の顔が強張る番だった。
探偵は真実を暴くのが仕事であって、物語においては第三者でしかない。
その物語は基本犯人によって語られる。
つまりマネージャーの口から。
「ねぇ。探偵さん。
『襲名』って言葉ご存じですか?」
最後のピースがハマった音が私の頭の中で響いた。
そこから導きだされた事実が私の喉を締め付ける。
思わず、声が出なくなる程に。
それでも、探偵としてのプライドと責任感から絞り出した声で、この業界で燦然と輝いて引退した超大物の名前を呟いた。
「そうか。貴方は、あの人を蘇らせようとしていたのか」
「始めはお金の為でもあったんです。
彼女の登録者数はそれぐらいの価値があった」
新人を育てても育つとは限らないし、育成にもお金がかかる。
そこで彼らは手っ取り早くお金になる案件に手を出したようだ。
それが今回の行方不明事件。
つまり、他事務所からの引き抜きだ。
この業界ではこの手の引き抜きを『転生』と呼ぶ。
事務所側にとってみれば金を払うだけの価値はあると思ったのだろう。
「私、元々は引退したあの人のマネージャーだったんですよ。
一から生まれた業界で、全部自分でやらなければならなかったので、あの人の相方というか会話役として出たんですよ」
「……確認ですが、あの人の引退は円満だったんですよね?」
「ええ。それは問題ありません。
だからこそ、問題になった」
「……バーチャルの体の事ですか……」
円満引退の結果、その超大物はバーチャルの体を事務所側に全て渡して綺麗に身を引いた。
つまり、お人形よろしく飾られたその体に魂をまた込められるのならば、その超大物は生き返るのだ。
「襲名。名を継ぐ事。
歌舞伎や落語などの古典芸能でよく見られますね。
それをバーチャルに持ち込もうとした」
「ええ。上が。
この業界芸能界に近いじゃないですか。
業界が拡大してそういう人間が増えていったんです」
マネージャーは深く息をつく。
そして覚悟を決めたように続けた。
自覚しているのかもしれないし、そもそもこんな話を持ちかける時点で、どうしようもない状況なのかもしれない。
「候補は二人に絞られました。
それぞれ、別の事務所でしたが、コラボなどで仲が良かった事と、声質が近い事、それぞれの事務所でトラブルを抱えていた事が決定要因になりました。
私を含めた三人でばれないようにかつ不定期に大御所を動かす予定でした」
ああ。なるほど。
事件すら逆だったのか。
自分自身でも言っていたじゃないか。
第一の事件と第二の事件が同じならば偶然かもしれない。
第二の事件と第三の事件が同じなら怪しいけど偶然の可能性もない訳ではない。
だが、第一の事件と第二の事件と第三の事件が同じというのならば、それで偶然を疑わなければ探偵ではない。
あの二人の引き抜きを糊塗する為に、依頼対象の中堅は失踪『させられた』。
事件性に危機感を抱いた大御所が復活という筋書きなのだろう。
「あの人を復活させれば、全てが解決します。
ですが、あの人はもう表舞台には立たないし、そんな事は関係がない場所に居ます。
知っていますか?
あの人は、今の方が幸せなんですよ」
マネージャーの言葉に私は何も答えられなかった。
私はなんとも言えない顔で気になった事を口にした。
「実際に、貴方と中堅の関係を知っている人は?」
「事務所があまりに大きくなって、去った人も入った人もいます。
事務所の中で、この事を知っている人は残っていませんよ」
やっとここで『何で私を雇ったのか?』という疑問の答えを得た。
多分、中堅のデータを消したのがマネージャーだったからで、どうしても事務所内の外部監査の必要性からぺっぽこ探偵を、つまり私を雇わざるを得なかったのだ。
ある程度察しうる事務所内の人間は、金にならない中堅の失踪を気にしないし、マネージャーが大御所復活プロジェクトに絡んでいる事から口をつぐむ所まで見据えて。
つまり、雇ったという事実が必要で、その調査にはまったく期待していなかった。
そんな探偵が真実を掘り当てるなんて思いもしなかっただろう。
「調査。ありがとうございました。
報酬は後日、口座の方に支払わせていただきます」
そういって、マネージャーは二つの調査報告書を手に取って鞄にしまった。
多分、中身すら変えるのを理解した上で、私は言わずにはいられなかった。
「中堅の三人には応援しているファンがいた。
そのファンの思いを無視して三人を引退や休養に追い込む……バーチャルな体を殺したんですよ。
貴方に言っても仕方ないのでしょうが、その行いはバーチャルではただの人殺しだ」
マネージャーの手が止まり、少しだけ嬉しそうに笑った。
今だから分かる。あの笑みとその後の言葉が。
「ありがとう。探偵さん。
あなたの言葉で私の物語は完結したわ」
最後だけ、リアルなのに、私の目にはバーチャルな世界の中堅さんが笑っていたように見えたのだ。
本当かどうかは分からないが、ヘボ探偵の話のオチには丁度いいだろう?
これが私ことバーチャル探偵迷路真酔の第四回目の事件というわけだ。
たいして面白くもない事件だったろう?
これは一応忘備録というという事で語っているから、そんなに見る人も居ないだろうが、ここまで見てくれた人で面白いと思ったならば、評価とブックマークをよろしく頼むよ。
では諸君。
次があるかわからないけど、この電脳空間のどこかで会えたならまた面白くもない事件を語るとしよう。
────────────────────────────────
「あ。探偵さん。お疲れ様。
今回はコラボの収録に協力してもらってありがとうございます」
「気軽に呼ばないでほしいな。
大手事務所の大型コラボ案件なんて聞いていない……おや?そちらの方は?」
「は じ め ま し て 。
マネージャーをやっている……と申します。
うちの新人と仲良くしてもらっているそうで、先輩や友人もコラボの際にお世話になったとかで……」
「マネージャーさん。超有能なんですよ!
何しろ引退した超大物さんのマネージャーさんをやっていたぐらいなんですから!!
先輩や友人も私と同じマネージャーさんが担当しているんですよ!」
「は じ め ま し て。
しがない探偵なんてやっているのだけど。よろしく頼むよ。
マネージャーさん」