第三の事件 『探偵と犯人と双子』
こんにちは。いや、こんばんはかな?
まずは自己紹介といこう。
私の名前は迷路真酔と書いて『めいろ まよい』だ。
職業は一応探偵をしているのだが、名前の通りヘボ探偵でね。
ナロウチューブというバーチャルな空間に事務所を構えてこうして駄弁っているという訳だ。
一応、このチャンネルではバーチャル探偵よろしく華麗に事件を解決……と行きたい所なのだが、こんなヘボ探偵の所に来る依頼を察してくれるとありがたいのだが。
それでも事件らしいものは起こり、それを解決した話を忘備録代わりに語っていこうかなと思っている。
なお、コメントで指摘を受けたのたが、『忘備録』でなく『備忘録』が正しいらしい。
とはいえ忘備録という使い方も広がっているらしいのでこのままで行くことにした。
検索を考えるとこういう誤用からからオリジナリティー……げふんげふん
そういう所もひっくるめての、ヘボ探偵の事件簿だ。
山もなく、谷もない、ごく普通の人間らしい物語でしかないから、つまらないと思ったら遠慮なくブラウザを落としてくれるとありがたい。
それでも見てもらって、続きをという奇特な方は評価の方をよろしく頼む。
あ、一番大事なことを言い忘れていたな。
この物語はフィクションです。
さてと、それでは第三回の事件を語るとしようか。
「先生。
バーチャルの体って殺すことができるんですか?」
そんな事を聞いてきたのは、バーチャルアイドル事務所に所属した新人さん。
ネタがない時に雑談要員として引っ張り出されているのだが、正直報酬が結構美味しいのでホイホイ釣られてやってきてしまう自分が恨めしい。
おかげで、彼女のチャンネルを中心に『探偵さん』として名前が広がりつつあった。
今回の話はそういう雑談から生まれたものである。
「できないとは言えないな。
たとえバーチャルとは言え形が生まれた以上、その死というか寿命というかまぁ、そんなものがあると思ってくれ。
ただ、殺しにくいのは事実だ」
「というと?」
「我々の体は0と1の集合体だ。
我々がこうして話している機材に肉体があると仮定した場合、その機材をなんだかの形で使えなくすれば一応死という概念が満たせる事になる。
ただ、新人君。
君の体なんかが良い例だが、オリジナルの特注品の体なんかは、必ずバックアップが存在する」
私が指を拳銃の形にして、バン!と新人を撃つふりをする。
大手事務所らしく、それに合わせて銃の弾が新人にあたるモーションが追加されるあたり凄いなと思った。
新人の頭に天使の輪と背中に羽がつくあたり、スタッフも遊んでやかる。
「今ので君の体が死んだとしよう。
そうしたら、バックアップが用意されて撮影が続けられる」
私の言葉と共に、ぱっと消える天使の輪と羽。
バーチャル空間はこれぐらいな事は可能にしてくれる。
「大体、バックアップを入れて三体データを保持しているのが主流だ。
普段使っているパソコンに一体、事務所の方に一体、あとはバックアップサービスに万一の為の一体の三体だ。
バーチャルの体を殺すというのはね、この三体の体を同時に殺す必要があるという事でもあるのだよ。
そうしないと、残った所から復旧されるからね」
そんな話をした後、新人相手にちょっとした昔話をする事にした。
あれはなかなか面白いストーリーだったなと思う事件が、このバーチャル界隈であったからだ。
「面白い昔話をしよう。
体を用意してその魂はオーディションでというのがこの界隈の手法の一つだが、とあるスタジオでは、先に魂を用意してそれに体を合わせるという事をやったそうだ」
「体を合わせる?」
私は新人相手に、今使っているこの体を見せつける。
汎用品の体だが、オリジナリティとしてバーベラの花飾りがつけられているのみ。
「汎用品の体にわざと特徴の違いを出させる事で魂の演技力を見ようとした訳だ。
今回は分かりやすくしたいので、ロング・ツインテール・おかっぱと髪が違う三体を一つの魂が操ったとしよう。
で、そのオーディションを受けたのが三人。
つまり、三人の魂が三体の体を操るから九体のバーチャルアバターが出来上がったという訳だ。
その九体にそれぞれチャンネルを持たせて、最後の一体になるまで競わせる。
その判定はチャンネル登録数や動画視聴数という訳だ」
「うわぁ……」
オーディション形式で内々でするならまだしも、その選考過程すら動画化した上に物語として組み込んだ所にこのオーディションのエグさがある。
何しろ選ばれるのは一体のみ。
視聴者側には、九体のバトルロワイアルにしか見えないからだ。
「そしてそれを視聴者だけでなく、魂の方も察してしまった。
結果、自己紹介動画からクローズドサークルでの殺戮劇という設定で魂が演じだして、惨劇の幕が上がったという訳だ。
あれは凄かったよ。
疑心暗鬼と生存本能から次々と闇落ちしてゆくアバターたち。
さて、新人君。
このオーディション、気づいたことはあるかい?」
「え?
気づいたことですか?」
新人君は少し考えて、正解にたどり着く。
確定情報に立ち返るのは、推理の基本である。
「魂は三つ。
体は九体。
採用される魂と体は一つだけ。
……あれ?
二回は死ねる?」
「良い線言っているね。
正解は、『合格者ですら二体殺さないといけない』だ。
この時、私は魂の一人に相談役として雇われていてね」
さぁ。
迷探偵の面白くもない事件の解決を語ろう。
『どうなっているの!?
一人しか助からないって!?』
『落ち着きなさい!
騒いでも何も進みませんわよ!!』
『信じられるもんか!
私は一人部屋にこもらせてもらうわ!
失礼!!!』
ある意味予定調和の混乱からそれぞれのキャラが動画を投稿する。
そんな動画を投稿してる横で、私は魂の一人のアドバイザーとしてそれを眺めていた。
ここでは名前が無いと分かりづらいから、三人の魂をA子B子C子としよう。
私はA子のアドバイザーである。
そして、与えられた体は、ロング委員長風、ツインテールツンデレ、ショートカットスポーツ少女の三体がA子B子C子の三人に与えられる。
かくして、九体の体による殺人劇が幕を開ける。
「気づいているかい?」
「何を?」
私の確認にA子は気づいていないみたいなので、最初のアドバイスをする。
既にゲームは始まっている。
「一日ごとの視聴回数で最後の一人が脱落する。
という事は8日で最後の一人が決まる訳だ。
そして、脱落者を決めるのは動画の視聴者だが、それはこちら側がある程度誘導できるんだ」
私はB子の動画を眺めながら説明する。
その動画はB子の預かる三体の体全てが出ており、仲良しアピールを見せつけていた。
「逆算して考えろ。
7日目で二人になるという事は、その時点で魂の一人が脱落することが確定するんだ。
もっというと、二人強力なキャラクターにして盤上をかき回して生き残っていたら、その時点で魂の当確が確定する」
ちなみに、B子みたいな仲良し系列で6日目まで残る事はまずありえない。
そこまで、A子とC子が集中攻撃をして視聴者にB子たちが犯人という形で物語を作るだろうからだ。
その時点で一人切り捨てる囮を用意している可能性が高い。
「ほら見ろ。
C子は体の作りが似ている事を利用して、ロングとツインテールを双子設定にしやがった。
ショートカットを生贄に、いざとなったら入れ替わり作戦で乗り切るつもりだ」
「そこまでするの!?」
「倍率9倍の魂のオーディションだろう?
君も私を雇うぐらいなんだ。
他の二人も対策ぐらい考えてくるだろうよ」
「ど、どうしよう!?
普通に三人の動画投稿しちゃったわよ!?」
「落ち着け。
この手の話で生き残れる人間は二種類しか居ない。
犯人と探偵だ」
最初に投稿した結果A子の三人は意図的な関係を作っていない。
ならば、先に探偵と犯人をこっちで抑えてしまえばいい。
「それは他の二人も狙わない?」
「狙っているけど、途中退場する連中は所詮被害者なんだよ。
一人の犯人による猟奇殺人ではなく、パニックと疑心暗鬼からの殺し合いがこの舞台だ。
だから真っ先に探偵と犯人を抑えてしまえ。
次の犠牲者を餌に、この二人を軸とした物語で視聴者を惹きつけるんだ」
犯人と探偵は基本性能が同じなのだ。
犯人は直接被害者に手をかけるのに対して、探偵は時間軸が未来なり過去なりにずれるが被害者を指定する。
だから、この二つを抑えるという事は、この舞台に対して脱落者をコントロールできるという事を意味する。
最初の犠牲者は、A子のツインテールだった。
以下こんな感じ。
一日目 A子 ツインテール
二日目 B子 ロング
三日目 C子 ショートカット
四日目 B子 ツインテール
五日目 A子 ショートカット
「理想的な展開だな」
「そうなの?
もうこっちの体はロングしか残っていないのに?」
「そのロングが探偵役だったからな。
B子はショートカットしか残っていない。
C子は案の定双子設定が効いてロングとツインテールが残っている。
今日は、C子の二人のうちの一人を落とすんだ。
視聴者はここまでA子B子C子の誰かを決めきれていない。
バランスをとりながら、我々の体を消している。
勝負は明日。
C子も一体になったときだ」
だが、その展開をC子は読んでいた。
そのための双子設定なのだ。
『いい?
ここで入れ替わるの。
貴方は私になって、みんなを引きつけるから』
『嫌よ!
私、姉さんと離れたくない!!』
この愁嘆場が挟まれたことで、視聴者の人気が爆発したのだ。
つまり、C子の二人が再生数上位となり、後がないA子とB子が落ちかねない状況が発生しつつあった。
『助けて!
私、死にたくないの!!
どうして?
○○ちゃんも、××ちゃんも死んだのに、何で私がこんな目に……いやぁぁぁぁぁ!!!』
B子の断末魔に近い動画投稿は、己の計画の破綻を示しているのか、はたまた同情を買おうとしているのか、バーチャルな舞台だとこれがわからない。
「ねぇ。
動画の撮影時間だけど、どんな感じのストーリーにする?」
「探偵役で行け。
B子が錯乱したのが好都合だが、ここで犯人役をやると明日C子に勝てなくなる。
状況を把握して、双子の入れ替わりで逃げるのではなく、双子が私達を殺しに来るようにストーリー歪ませるんだ」
『私と彼女と双子の四人。
視聴者という監視カメラがあるから、犯行の瞬間は残ると信じたいが、入れ替わられると本当に犯人かどうかわからないな。
私の推理が当たっているならば、犯人は……続きは明日にしよう。
生きている事を祈っていてくれ』
結果、この日脱落したのはB子ショートカットであり、入れ替わりというトリックを提示されて犯人を指定できなかったA子ロングがその次の日の犠牲者となった。
『そろそろ、言っておくね。
双子で、いつも同じもの、はんぶんこにされるから、私、貴方の事大嫌いだった♪』
勝ち残ったのは、その一言を言い放ったC子ツインテールだった。
しかも、その正体は入れ替わったC子ロングという設定である。
後日談だが、デビューしたC子ツインテールのバーチャル会場に足を運んで、こんな質問をぶつけてみた。
「あの時の動画すごかったですね。
双子の演技が迫真過ぎて、他の魂と一味違っていましたよ」
「ああ。
あの動画を見てくれてありがとう。
おかげで、私はここに立っています。
あの時、私が本当に双子の……うそうそ。
頑張って演技したんですよ。私」
本当かどうかは分からないが、ヘボ探偵の話のオチには丁度いいだろう?
これが私ことバーチャル探偵迷路真酔の第三回目の事件というわけだ。
たいして面白くもない事件だったろう?
これは一応忘備録というという事で語っているから、そんなに見る人も居ないだろうが、ここまで見てくれた人で面白いと思ったならば、評価とブックマークをよろしく頼むよ。
では諸君。
次があるかわからないけど、この電脳空間のどこかで会えたならまた面白くもない事件を語るとしよう。
元ネタ
バーチャル蠱毒。
https://dic.pixiv.net/a/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%AB%E8%A0%B1%E6%AF%92
追っかけていたのだけど、演者側のエゴサ力が強すぎて視聴者側も舞台に引きずり込まれるその物語の力に、此方側は犯人から逃れるように潜んで応援していた懐かしい思い出が。