第一の事件 『その魂は誰?』
こんにちは。いや、こんばんはかな?
とにかく初めましてである事は間違いがないかな。
まずは自己紹介といこう。
私の名前は迷路真酔と書いて『めいろ まよい』だ。
職業は一応探偵をしているのだが、名前の通りヘボ探偵でね。
ナロウチューブというバーチャルな空間に事務所を構えてこうして駄弁っているという訳だ。
一応、このチャンネルではバーチャル探偵よろしく華麗に事件を解決……と行きたい所なのだが、こんなヘボ探偵の所に来る依頼を察してくれるとありがたいのだが。
それでも事件らしいものは起こり、それを解決した話を忘備録代わりに語っていこうかなと思っている。
見ている皆様は紅茶とお菓子でも持って気楽にくつろいでくれるとありがたい。
まぁ、所詮ヘボ探偵の事件簿だ。
山もなく、谷もない、ごく普通の人間らしい物語でしかないから、つまらないと思ったら遠慮なくブラウザを落としてくれるとありがたい。
それでも見てもらって、続きをという奇特な方は評価の方をよろしく頼む。
あ、一番大事なことを言い忘れていたな。
この物語はフィクションです。
さてと、それでは第一回の事件を語るとしようか。
このバーチャルな世界に入って、何が変わったかというと、体と魂の分離があげられる。
『健全な肉体には健全な魂が宿る』とは誰の言葉だったか忘れたが、いまやそれは過去のものとなり、このバーチャルな世界には健全なアバターと不健全な魂たちで一杯という訳だ。
ここで語る物語は基本、バーチャルなアバターとその魂にまつわるまつわる物語だ。
そろそろ最初の事件について語るとしよう。
あれはいつだったかというとまだ雪が降る季節だったと思う。
バーチャル空間なのに雪だって?
面白いものだが、バーチャルだからこそこの手の感覚は忘れたくないらしく、この世界は季節イベントで一杯なんだ。
その依頼主は、とあるバーチャルアバターさんの魂の縁者だった。
丁度依頼を受けてから、そのアバターさんは人気が出だした頃で、何かトラブルがあったのかとこちらも警戒したものだ。
もっとも、依頼はこちらの警戒の斜め上を超えていったけどね。
「あの娘を演じた魂はすでに死んでいるんです。
どうかお願いです。
あの子を消してくださいませんか?」
言った通り、このバーチャルな世界は、肉体と魂が分離されている。
つまり、魂である人間がなんだかの事態、もっとストレートに言おう。
死んだりした場合でも肉体だけは残っているという訳だ。
縁者さんはその魂の死後、魂さんがバーチャルアバターをやっているという事に気づいたのだが、そのアバターが今も元気に動き回っている事が気味悪いという訳だ。
という訳で、私に依頼がやってきた。
ヘボ探偵ゆえに仕事は選べなくてね。
依頼を受ける事になった。
まずは確認からする事になる。
彼女のアバターは基本フリー素材から作られていて、再配布が可能だった。
ちょっと検索をかけると、このアバターモデルを用いた動画が数百も出てきたからだ。
これについては、依頼主も納得してくれた。
問題なのは、彼女のアカウントだった。
依頼主の所には生前の彼女のパーソナルデータがあり、それに紐づけされたアカウントがあったはすである。
それは死亡直後に名義変更されており、有料サービス等も変更先に紐づけされなおした為に、こうして今も肉体だけが元気に動いているという訳だ。
これを依頼主は気味悪がった。
「たとえ名前が違っていても、それはあの娘のものなんです。
あの娘はもう生きていないというのに」
面白いものだね。
大量にあるアバターにも関わらず、そのアバターが紐づけされているアカウントに魂を見出したのだから。
とはいえ、仕事は仕事なので、依頼主の機嫌を損ねるつもりはないから黙っていたけどね。
それで、彼女はバーチャル空間内のコミュニティーに所属し、そのコミュニティーを楽しむタイプの人間だったらしい。
チャンネルを持って人気が出るようになったのは調べてみると、彼女の魂の交代、つまり最初の魂が死んだ後というのが分かった。
厄介なケースと私はその時思ったね。
有名なバーチャルアバターの魂交代がらみのトラブルは、先代が人気者でその後を継ぐというケースで発生しているからだ。
先代が人気が無くて、交代したとたんに人気が出てきたというのは表だっては起こっていないはずだ。
それもそうで、人気が出る、つまり面白いという訳で、ユーザーがその二代目を受け入れたからに他ならない。
とはいえ、彼女はまだブレイク前、というかブレイクしかかっている寸前だったからまだ手が打てると踏んだ。
という訳で、今度はその二代目の魂に接触する事にする。
背景が背景だから、二代目も警戒しているだろう。
だからこそ、まずはファンとして彼女のチャンネルに入り込んで、常連になることを選んだ。
ライブチャンネルではコメントを打ちながら、二代目の放送を眺め、観察する。
「元々ゲームは好きなんですよ。
そのコミュニティーとしてこのアバターを使っていたのですけど、だったらゲーム実況とかやってみたいなって」
「コラボ?
そこまでするとかまだ考えていません。
けど、配信は続けて、みんなを喜ばせられるように頑張っていきます!」
「人数が増えて収益化ですか?
あはは。
考えていないと言ったら嘘になりますね」
この魂、言い方は悪いが乗っ取った割には謙虚である。
アカウントハック、このバーチャル世界ではそれこそゴーストハックと言った方がいいのだろうが、ハックするなら有名人の方が利益があるのだ。
十万以上のユーザーを抱えている連中に、商品CMを言ったりするのが狙いである。
買う馬鹿が居るのかって?
結構居たりするから厄介なんだ。これが。
マーケティング論の話になるが、大体5%ぐらいの潜在層があると言われている。
十万の5%だから、5000か。
物を売るなら悪くない数字……おっと話がそれた。
そういう魂でもないらしい。
あとコミュニティーも穏やかだ。
アバターが量産品である以上、そこで勝負をするからには魂の能力が勝負を分ける。
話術、コミュニティーの管理、ゲームスキル……等々。
「目標?
そうですねぇ……『私はここに居るよ』と訴える事でしょうか」
二代目の声に、探偵の勘が引っ掛かった。
十中八九、二代目の魂の持ち主は、初代の知り合いか友人だろうと踏んでいた。
その理由は、アカウントハックというかゴーストハックの手続きに違法性が見つからなかったからだ。
つまり、正規の手続きで魂が移動したという事。
生放送の二代目と、初代魂のアバターを見比べると小さな差異があった。
胸元に飾られたピンクのバーベラの花。
それは、二代目の意志であり、多分初代の遺言だろうと思った。
探偵というのがいやだなと思う瞬間がある。
私が一番いやだなと思う瞬間は、依頼主を調べる時だ。
依頼主は必ずとも真実を言っている訳ではない事もある。
そういう時に、己の身を守るためにも、裏取りはしなければならないし、しないような探偵はヘボ以下だろうと思っている。
で、裏取りをしたのだが、まぁ、悪い予感は良く当たる。
初代の魂の家庭は決して彼女にとって良い家庭ではなかったからだ。
裕福な家に生まれたのはいいが、体はもともと病弱な上、母親が先に死ぬと後妻との間の関係が悪化していたのだ。
その後妻と父親との間に子供、しかも男子が生まれた事で、彼女の味方はだれも居なくなった。
そんな彼女が唯一自由に過ごせたのがバーチャル空間だったという訳だ。
彼女はそれほど長くはなかったらしい。
それを彼女自身も知っていた。
かくして、彼女が死に、家族は新しい生活をおくろうとした時に、彼女のアバターがヒット寸前になっていると知らされたわけだ。
それに対してこの依頼主が思った感情は、『不気味』だった。
だから、彼女の魂としてアカウントを消してくれと頼んだわけだ。
バーチャル空間に入るには、そこそこの設備がいる訳で、まずは設備を購入した家電店のスタッフ、次に魂に接していた彼女の医師や看護婦を疑った。
結果から言うと白だった。
そうなると考えられるのは一つだ。
彼女が属していたゲームのコミュニティー。
サンドボックスゲームで、そこのチャットログを漁ると、彼女と親しくしていた一人のキャラクターが浮かび上がる。
一緒に建物を建てたり、モンスターを倒したりしていたらしい。
彼女の魂が交代したあたりから、そのキャラクターは姿を見せていない。
当たりだと思った。
その一方で彼女の電子メール周りを依頼人の許可を得てチェックする。
依頼人はこの手のに詳しくないから分からなかったが、当たりをつけて調べると彼女が生前電子メールの遺書サービスを利用していた事がわかった。
さすがに内容などは教えてくれなかったが、ここまでくれば推理だけならどうとでもなる。
遺書サービスにバーチャルアバターのIDとパスワードを書いておいて、ゲーム内の親しいキャラクターに送ったのだ。
事件としてはほぼ解決まで見えてきたが、そうなると一つだけ疑問が残る。
依頼人はネット周りは詳しくなく、バーチャルアバターというものが何かすらよくはわかっていなかった。
にもかかわらず、あのアバターが彼女のものだと教えた人間が居る。
どうしてそれを教えたのか?
それを教えてもらう為にも、私は二代目にわかるように放送中にウェブ投げ銭を投げる。
投げた金額で多分気づいてくれただろう。
「迷路真酔さん。
投げ銭718円ありがとうございます」
718。
7月18日は、バーベナの誕生花日で、先代の魂の誕生日だったのだから。
その花言葉は家族愛。
その放送からしばらくして、私のアカウントに二代目からのダイレクトメッセージが届いた。
さあ。
迷探偵の面白くもない事件の解決を語ろう。
「ようこそいらっしゃいました。
迷路真酔さん。
貴方は、彼女の親族か何かでしょうか?」
「そんな所だよ。
君と先代の関係も、こちらは把握している。
聞きたいのは一つだけだ。
どうして、君は彼女の家族に君の存在を知らせたのかい?」
プライベートチャットルームに居るのは私と二代目の二人きり。
姿形はあれども、電脳空間でのやり取りだから機微がわからないのが困る。
探偵の見せ場なのに盛り上がらないことはだはだしい。
だから、ヘボ探偵を自称しているのだが。
「……良かった。
ちゃんと居たんですね。
彼女が死んだことを悲しんでくれた人が」
ああ。そうか。
この子は善意でこれをやっていたのか。
好きの反対は無関心とばかりに存在をアピールして、己を止めてもらいたかったのか。
多分この子は知らない。
依頼主は君の事を『気持ち悪い』と思っていることを。
もう、死者を過去のものにたいからこそ、生きているこの体を滅ぼしに来たのだという事を。
「ああ。
君の魂を安らかに眠らせてくれと頼んできた」
迷探偵であってよかったと思うのはこんな時だ。
真実なんていらない。
全てが虚構のこのバーチャル空間だ。
優しい嘘の一つで丸く収まるのならば、私は喜んで迷探偵になろう。
「彼女は怯えていたんです。
『死ぬのが怖いんじゃない。忘れられるのが怖い』と。
彼女の家族すら、彼女をもう居ないように扱うのが辛かったんです。
ある日を境に彼女のログインが途絶え、メールに彼女の遺言と一緒にこのアバターのIDとパスワードが書かれていました。
『私を忘れないで』その言葉と共にです」
「だから、君はそのアバターの新しい魂となった。
多分、彼女はそれしか望まなかっただろうに。
どうして、有名になろうと思ったんだい?」
うっすらと予測できるやりとり。
それでも互いの区切りをつける為に私達は誰も居ない空間で、探偵と犯人という芝居を続ける。
「信じたくはなかったんです。
だって、彼女の思いが本当ならば、彼女はあまりにも可愛そうじゃないですか。
だから、貴方が来てくれてよかった。
彼女も天国で笑ってくれますよ。
『私は、忘れられた存在じゃない』って」
二代目は彼女という記憶を残そうとして、リアルにその記憶がある事を確認したかった。
依頼主は彼女という記憶を消そうとして、バーチャルに私を派遣した。
その齟齬は言うつもりはないが、それでも、依頼主は絶対だ。
「依頼主からはアカウントの消去を求めている」
「ええ。
構いません。
貴方が来たことで、彼女の願いは達せられましたから」
だから、その言葉が来た時、少し迷わなかったと言えば嘘になる。
「一つだけおねがいがあります。
このアバター、預かってくださいませんか?
そちらが求めるのはアカウントの削除だけでしょう?」
後日談。
二代目のアカウントは引退という形で告知後削除された。
その二代目は、ブレイク途中の人気を知ってか大手アバター事務所のオファーを受けて転生し、華々しく活躍しているという。
で、その二代目からもらった体なんだが……似合うかね?
まぁ、技術も無い私にとって渡りに船だったのでこうして使わせてもらっている。
これが私ことバーチャル探偵迷路真酔の第一回目の事件というわけだ。
たいして面白くもない事件だったろう?
これは一応忘備録というという事で語っているから、そんなに見る人も居ないだろうが、ここまで見てくれた人で面白いと思ったならば、評価とブックマークをよろしく頼むよ。
では諸君。
次があるかわからないけど、この電脳空間のどこかで会えたならまた面白くもない事件を語るとしよう。