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第3話:最初の標的

 現世。即ち生前の世界。

 『初めての霊界』の最後の一ページにより死神として舞い降りた場所は、よくテレビで見ていた渋谷スクランブル交差点のど真ん中だった。

 夜間にも関わらず、人で溢れかえる明るい街。そして中央にある大きなスクリーンには、俺の起こした大災害以前から不審な死が多発していることを大々的に取り上げるニュースが流れていた。


「ふむふむ。中々似合うではないか、その黒装束。刀も合間って、日本の言葉で言う『中二病』と言う連中とそっくりじゃな!」

「……そう、ですか。それで、さっきから俺の事を通り抜けていく人間たちには俺たちは見えてないんですよね?」

「その通り! 察しが良くて……と言いたい所ではあるが、みんながみんな見えないわけではなくての。君の目的である『擬死体』を持つ人間には君を感じられる」

「見える、ではなくてですか?」

「うむ。あくまで、そこにいるかなぁ〜、って所じゃな。白猫の恩恵が濃ければ濃いほどより君を認識できるじゃろう。因みに君の刀は……」

「それは理解してますよ。刀が教えてくれますから」


 刀が教えてくれる、とはまた更に中二病発言だ。

 だがしかし、実際に色々と伝えかけてくる事実があるから仕方ない。

 気さくに話せる、と言う感じではなく、どこに『擬死体』の気配がするのか。そして『擬死体』以外にはこの刀が危害を及ぼさない事などを渋谷に着いた瞬間に教えてもらった。

 頭の中に直接、といった感覚だろうか。まぁ、それはこの際どうでもいい。


「君はやはり良い子じゃな。罪人の癖に」

「……良い子は親と親戚を全滅なんかさせませんよ」

「っぷ。実に滑稽。じゃがまぁ自虐も大概にな。やる気を削がれたらたまったものではない」

「そうですか……」


 やる気。つまり生きた人間を殺す勇気があるかどうかと問われている。

 自分でもあまり実感が湧いていない。罪を犯した事に対してではなく、今から人を切りに行くという現実に。

 今はこの黒い刀身を振り回しても、誰からも血は吹き出さないだろう。

 しかし、実際『擬死体』に当たったのなら……


「ほれほれ、顔色が悪くなっとる。考えすぎはいかんぞ、全く」

「すいません……でもまぁ、気分が悪くなっても戻すものもないので」

「それはそうじゃが……うーん、困ったのぉ……」


 そして交差点の歩行者信号は赤になり、俺の存在に気づかない車は俺を通り抜け始めた。

 いくら当たらないとは言え、気持ちの良いものではない。

 特にトラックが体を貫通すると、内容物がないのに吐きそうになる。

 優香を思い出すから。いや、全てが燃えていくあの臭いが記憶に濃く残っているからかも知れない。

 いつまでも擬似的に轢かれ続けるのは酷なので、取り敢えず歩道の方まで移動する事にした。

 歩き始めると同時に、黒猫がピョンと肩に乗ってくる。

 重さを全く感じない、文字通りの霊体の猫なだけはある。


「閃いたぞ! 君の気を少しでも晴らすのに、友の家を訪ねるのはどうじゃ?」

「え? なんでですか?」

「なんじゃなんじゃ、もう友の顔も見たくないという表情をしておるな?」

「そりゃ、まぁ……」

「じゃが君の拾った『霊魂』の娘は少なからず感謝しておるかもs……」

「いや、本当に結構です。さっさと初仕事に取り掛かりましょう」

「ほほ? そうかの? ならば行くとするか」


 断った理由は考えてはいけない。

 この答えを読まれたら、黒猫はきっと……

 その不安を心の隅に抱えながら、どうにかして全ての意識を『擬死体』探しへと集中させ、出来る限りのカモフラージュをした。

 刀が示す方向は三つ。南と、東と、西。

 どっちに行けば良いのかは……


「向かう方角は南じゃ。先ずは最寄りの小さい『擬似体』を狙う。良いかの?」

「小さいっていうと、子供、とかですか?」

「いやいや、『擬似体』の大きさは白猫との接触回数じゃ。という訳で、最初は接触一回の小物を狙う。理由は後々理解できるじゃろう」

「そう、なんですか? というより、黒猫さんはなんで……」

「なんで『擬似体』の場所を知っておるか、などの愚問への返答は遠慮させてもらうよ」

「…………」


 俺の持っている刀が知っているなら、黒猫が知っているのは当然、という事だろう。

 黒猫は霊界そのものに等しいと教本には書いてあった。

 俺に出来る事は全て……いや、現世で人を殺める事以外は可能なのだろう。


「正解じゃ」

「……はは、どうも」


 今の一瞬だけ、黒猫から物凄い怖気が放たれたような気がした。

 まるで「変な事を考えるでないぞ?」と絶対強者に無言で問われたかのような重み。

 肩に乗っているのが本当に質量ゼロの猫なのかどうか、少しだけ疑いそうになってしまう。

 

「…………」


 俺のバレバレな思考に、今回限りは返事がなかった。 

 そして黒猫との無言の応酬に割り込むかのように、腰に携えた刀が語りかけてくる。

 この先三キロ程行った場所。そこに黒猫から指定された『擬死体』が存在する事を。


 建物を貫通するのは心地いいことでは無いので、軽くジャンプして建物の屋上に登っての移動にした。

 貫通したくないと念じるようにすれば無闇に貫通する訳ではないらしい。

 それに身体能力が向上している、と言うよりは、リミッターと言う概念が無くなったと考えるのが正しいだろう。

 筋肉によってこの体を動かしているわけでは無い。あくまでも、俺は死んでいて、肉体は持っていないのだから。


「そろそろ目的地じゃぞ。万が一に備えて、気を張れ気を!」


 ビルを四つほど飛び越え、屋上をかけること約十数秒。

 地面に降りたのと同時に刀がガタガタと興奮に震え始めた場所は、なんの変哲もないコンビニの目の前だった。

 スーパーマートと言う名の全国チェーン。俺も高校生らしく生前何度も世話になった、ある意味懐かしい場所だ。

 他よりもだいぶ明るい店前で、本来なら開くはずの自動ドアは微動だにしない。

 

「バカか君は。動くわけなかろう」

「そうですよね……」


 自分が死んだ事を改めて実感した場面だった。

 散々車と人が体を貫通していて、今更言うのも何だが、誰でも入れる場所に拒絶されている感じがどうも悲しい。

 これもまた、罪人の定めなのかも知れない。

 そんな下らない哀愁に浸りながら、ガラスドアを通り抜け、人の少ない店内への侵入に成功した。

 だが不思議な事に、刀の震えがさっきよりも小さくなっている。

 今いる場所より近くて、尚且つ店内にある場所に、『擬死体』はいる。

 俺の存在を認識できる、黒猫のニュアンス曰く害をもたらしてくる存在。

 この体が絶対無敵では無い事を念頭に置いて、慎重に進む事にしよう。


「いないのぉ〜。退屈じゃ〜」


 今俺を通り抜けて出て行った客。そして残りは店員のみとなった。

 俺の肩に巻き付くように伸びている黒猫の緊張感からも見てわかる通り、『擬死体』と思わしき人間はいない。

 逃げられた可能性は……


「低いじゃろうな」


 らしい。

 一応刀には右手を添え、いつでも抜けるようにしている。

 だが真剣を扱った事ない俺に、果たしてこの獲物が上手く使いこなせるかは正直微妙なところだ。

 剣道の竹刀とはまた使い勝手が違う。だが黒猫は「心配ない」と言っていた。

 それが何を意味するのかは理解が及ばない。

 しかし今は兎に角……


 ガタガタガタガタ、と刀が震え始めた。

 一応商品棚に体を貫通させ、身を潜めておく。

 

「やっと来たのぉ。準備は出来ておるか?」

「……できる限り、やってみます」


 人を殺す。今から俺は、人を殺める。

 生きていてはいけない存在。俺のように、他者を巻き込んだ罪人。

 だが今その『擬死体』が生きていると言うことは、自分のために誰かを犠牲にしたと言う事実を証明している。

 つまり遠回しに言えば人殺し。それなら切っても平気……なのかな。


「お、あの女子おなごじゃ! まだバレとらんみたいじゃから、後ろからスパッと切れ!」


 黒猫が興奮気味の尻尾で示す先。

 トイレから出てきた黒髪の清純そうな女子高生が、現代文明の凶器、拳銃を右手にレジに向かっている。

 一歩。二歩。三歩。四歩。

 本当にゆっくりと進むその少女の脚は、ガクブルと側から見ても分かるほどに震えている。

 背中を見せていて、少女の接近に気づかない店員。

 今俺があの子を切らないと……


「また生ゴミが川に流れ込むんじゃ! 分かっとるならはよ切れ、死神!」

「わ、分かってますよ……」


 そう言う俺の手元も、刀の震えだけでは説明がつかないほどに振動している。

 怖い。人を殺すのが怖い。

 生きている人間を死なせるのが怖い。

 優香の一件で散々突きつけられた現実を、俺はこれから永遠に繰り返す事になる。

 理屈でそうだと理解していても、いざこの状況になると恐ろしくてたまらない。

 目の前を通り過ぎて、足音を立てない程に慎重に進む女子高生も、同じ気持ちなのかも知れない。

 今から罪なき店員を殺める。後ろ姿しか見ていないから年齢などははっきりと分からないが、痩せ型の男性だった。

 強盗が目的なのか、それとも人殺しに興味があるのか。

 だが、拳銃をカタカタと震わせている人間が、人殺しをしたい筈がない。

 俺だって、殺意を持って罪を犯した訳ではなかった。

 それが言い訳だとは分かっているけど、何故だか……あの少女に同情している。


「死神! 早よせい! あの店員とやらの『霊魂』の叫びが聞こえんのか⁉︎ もう死ぬぞ⁉︎ あの女子に殺されるのじゃぞ⁉︎」

「……っく!」


 黒猫の言葉は本物だった。

 やけに少女の歩が遅いと思っていたのは、自分の存在を有耶無耶にするため。

 突然変貌し、物音ひとつ立てずに拳銃を構えた女子高生の表情は、完全に悪霊そのものだった。

 銃口の先で、未だに背を向けている男性店員。

 立ち上がり、振り向きかけたその瞬間、少女の華奢な指が引き金にかけられた。


「死んで」


 少女の言葉と共に狭い店内に響き渡る銃声。

 そして空中には、色鮮やかな鮮血が舞い上がった。

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