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あわいさの茶屋  作者: 汐の音
壱 お客さん

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8 三つ巴の誤解※

「まぁ、そんなわけで――」


「ちょっと待て。端折(はしょ)るな、天音(あまね)


「ん?」


「いや……『ん?』じゃなくてな?」


 縁側の軒先で、いつも通りの景色を眺める。

 ただし、左側には(からす)。右側の座布団には、素知らぬ顔の、元白猫――綺羅(きら)がいる。


 天音は小首を傾げた。確か、順を追って説明したはずだが……


「どこが、わかりにくかった?」


 一応、恋人であるはずの少女のあり得ない淡白さに、黒髪の青年――烏は、深くため息を吐いた。


 前回、来たときは井戸から現れた花魁(おいらん)を「戻し」、おそらくは彼女が想う相手の元へと導いた。

 そうして、気力を使い果たした天音に付け入るように一晩泊まった翌日、ひどく冷え込んだ。

 さんざん口説いたのに、結局は「常にない客の前触れかもしれないから帰れ」と、言われたのだ。なのに――


「……俺は、呼べと言っただろ。何かあれば来るからと」


 烏の艶めいた声が、低くなった。眉間が深い。目許が険しくなったことで迫力を増した、整った顔が近づく。天音は、じりじりと後ずさった。


「う、うん。言ったね。でも何もなかったもの」


「いや、あるだろうよ。お前の右側に!」

「大有りだ! この、大()()()め……!」


 天音の左右で、黒と白の人外の青年が同時に(わめ)いた。あぁ、うるさい…と、少女は目をすがめる。両手で耳を塞ぎたかったのに、左手は烏の大きな右手で、縁側の廊下に繋ぎ止められてしまっている。逃がさない、ということだろうか…


「いいじゃない…! あのあと、寒さは収まったし。綺羅が具現化したおかげで」


「よくない。我は、元々人界の冬に属するものだ。にも拘わらず、こんなわけのわからんところで現し身を与えられては、力の大半を封じられたも同然。迷惑極まりない。戻せ、今すぐ」


「いやよ」


「え……」


 烏が、少し傷ついたような顔になった。

 天音は、はっとする。


 (いけない、勘違いをさせた)


 左側の、烏の黒瞳(こくどう)を間近でじっと覗き込む。とん、と自由な右手の人差し指で、かれの着崩した衿元の(あわせ)の向こう、心臓のあたりを指差した。

 目を瞑り、息を吸い込む。

 一拍後、すぅっと目を開き、本心を言霊(ことだま)にして叩き込んだ。


「……勘違いしないでほしいんだけど、私が好きなのは、あんたよ烏。あとは、あんたの好きにしたらいい。今は、綺羅と話をさせて。私にとっては大事なことなの」


 黒髪、黒目の青年と少女が向かい合い、睨み合う。

 しばし間をおいて―――先に、折れたのは青年だった。ふい、と拗ねたように縁側の向こう、深緑にけぶる山を映すちいさな湖へと視線を流す。いかにも苦い、と言わんばかりに口を開いた。


「……わかった。埋め合わせ、しろよ」


「いいよ。私にできることなら」


 答えて、天音はほっと息を吐いた。




   *   *   *




「良いのか? 恋仲なのだろう?」


「いいの。話はついてる」


 烏には、明日また来い、と言った。天音が知りたいことを聞くには、彼がいるとやりづらい。

 幸い、客の気配もない。それは綺羅のせいだと思ったのだが……


「あぁ、他の霊が迷い込まぬのは、我のせいだな」


 天音はぎょっとした。え? 私、声にした?


「いや、忘れたか? 我は心を読める」


 しれっと答える、金の獣眼の美青年。

 風が、そよと靡いて、綺羅の白い髪を流した。


 ――嫌になるほど、絵になる男だな。こいつ。


 こいつ、と内心で呼ばれた冬の精は、苦笑した。その顔は意外なほど人間くさく、優しい。


 天音は少しの間、目の前の青年の有り(よう)に見とれた。間違いなく、ひとではない。

 ひとは、これほど心を軽やかに真っ直ぐは保てない。いつも揺らぎ、いつも迷うもの。

 ―――たまに、迷い込むのは人外も、おなじだけど。


 綺羅は、獣眼をほんの少し丸くし、笑みを深めた。


「……ぞんざいな奴よの、本当に……だが、気に入らぬこともない。

 ――いつまでも“客”が来ないのは、困るのだろう? 言ってみろ、聞きたいことを。我を解放してくれるなら、どんな問いにも答えよう」


 たまたま迷い込んだたけの冬の精の深い声は、いろんなものを無くした天音の心に、幾ばくかの疼痛(とうつう)を、もたらした。



※綺羅のイメージは、こちら。

挿絵(By みてみん)

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