6 冬の茶屋と絵描きの病(やまい)
天音はいつも通り、鎧戸をすべて開けて縁側の席を設けようかと思ったが――躊躇した。寒い。
はぁ……と手のひらに向けて吐いた息は白く、とてもじゃないが、戸を開け放つ気にはなれない。
「…しょうがないか」
目を瞑り、心に思い浮かべて少し、この家を改装する。
―――…鎧戸の内側に、硝子を格子状に嵌め込んだ木戸を。十二畳間には襖戸と、温かな炭を入れた火鉢を。土間の上の板間には熾火を仕込んだ灰の入った囲炉裏を。
あと、温かい襦袢と足袋、綿入れがほしいな…―――
ほどなく、呆気ないほど些細な気配の揺れを感じた少女は、そっと目を開ける。
律儀に、望むとおりの温められた家と、冬の装束に身を包む天音が、そこにいた。
「すごいな、いつ目の当たりにしても……私だけの力とか、そんな類いのものじゃないと思うんだけど」
新品の、滑らかな絹の襦袢は最初こそ冷たい肌触りだが、慣れるととても温かい。ご丁寧に着物も新調された。胡蝶の柄が、裾と袂、襟の片側に少しだけ入っている。色合いは――やはり山吹。差し色に赤みのつよい黄色と、緑、少し赤。
綿入れは、わかりやすく無地の赤茶色。ふかふかと、気持ちよい。
「どうしよう。寒いときに温かいと、こんなに幸せになるもんなんだ……」
天音は思わず、綿入れに手も引っ込めて口許に当て、唇でもふかふかとした感触を楽しむ。
――が。
唐突に、誰かさんの温もりやら、感触やらを連想してしまった彼女は、不覚にもひとり、顔を赤らめた。
「~~っ! だめ、集中! 店あけなきゃ…!」
ぶんぶん、と頭を振る。黒髪がそのたび揺れる。
きっ! と、涙目の眼差しに力を込めた天音は心機一転、開店準備に取りかかった。
―――……冬の、あわいさの茶屋の店主は、開店前から何かと忙しい。
* * *
しゅんしゅん……と、囲炉裏にかけた鉄瓶で湯の沸く音がする。
硝子戸は外の冷気と内の暖気でほの白くけぶり、手で拭くと、結露の水が硝子を伝った。
「どんどん、冷えてる気がする……」
ふだん縁側として使っている廊下も、床から足袋越しに冷気を伝えてくる。天音は、結露した硝子戸に背を向け、正面の襖戸をすっと開けた。
普段は散らかした十二畳間を、少し片付けた。わりと、すっきりとした畳のい草の色が整然と目に入るのは、心地よい。
また、そんな空間で白い和紙と向かい合うのも、常とは違う緊張感があっていい。
最初の筆の一滴をつける前の、自由さに心が浮き立つこの感覚は、おそらく一生治らない。
絵描きであることの、病気みたいなものだと思っている。
天音は、四つ切りの和紙と向かい、畳に座した。