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あわいさの茶屋  作者: 汐の音
参 名を知らぬひと

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25 思わぬ邂逅(後)

 (えぇぇええっ!!?)


 ――――喋った。

 気のせいか、今まで耳にしたどんな声よりも深く胸に響いた。若干どきどきする。いや、見た目からして普通に人外だ。おかしくなっても、おかしくはない。

 少女は内心ひどく焦りつつ、それでも懸命に言葉を紡ぐ。


「うん。見える、…………よ?」


 修験者姿に黒い翼の青年は、それをつまらなさそうに聞き流した。「ふうん」と、さして興味も抱かずに呟き、樹上へと視線を戻す。


 再度、風圧。

 黒羽(くろはね)が、ふわぁ……っと一度しなり、大きく波打った。

 その様も大層うつくしく、見惚れそうになった(みお)は――同時にハッとした。


 (だめ。逃げられる!!)



 なぜか、今。ここで別れては二度とかれに会えない気がした。

 止めなければ、という訳のわからぬ使命感。澪はそれに直感的に、瞬時に()き動かされた。


 走り出す。

 足がつめたい。きぃん、と冷えた風が切るように吹きつける頬も。鼻も耳も指先も。それでも駆けた。

 澪は、積もった深雪(しんせつ)をめちゃくちゃに蹴散らし、離れの裏庭を出来うる限りすばやく横切った。

 届け、間に合えと声高に、ただ一心に叫ぶ。


「待って! 行かないで……()()()()()っ!!!」


「?! ばっ……やめろ、お前!! ……ぅぐっ」


 突然、横っ腹から飛びつく形になった現世(うつしよ)の少女に、青年は明らかに狼狽の表情を見せた。しかも端整な顔を盛大にしかめている。

 澪は、というと――



 ガッ! ザザァ……

  ドス、ドスドスン!


「いッ……たぁぁあっ!? ひゃっ! つめたっ!!」



 ―――思いきり激突した。

 青年に、ではない。(けやき)の木に。


 幹が太く、大人が抱えても腕が回らぬほど立派な欅。なぜか青年を突き抜けて全力でそれに体当たりした結果、澪は痛みを堪えてその場に(うずくま)った。追撃として、樹上から落ちた積雪をもろに被ってしまう。

 ()()()()顔負けの雪まみれ。踏んだり蹴ったりだ。


 痛い。つめたい。かれの腰の辺りに抱きつくはずだったのに――と、(したた)か打ちつけた額や頬に手を当てつつ、澪は必死に痛みをやり過ごした。

 頭上の、一度融けて氷になったあとらしい絶妙な重さの雪の塊は放置した。手が回らない。


「うぅぅ……避けたわけじゃ、ないのよね? 何で? なんで(さわ)れないの……?」


 痛みで途切れ途切れになる台詞に、青年は律儀に答えた。


「お前が生者で、俺が(あやかし)だからだ。生きてる層が、そもそも違う。……おい、満足したら離れろ。重なってる部分、こっちは気持ち(わり)ぃんだ」


「? え、あぁ……ごめん、なさい?」


 まだ微妙に重なったまま、見上げる青年の身体はどこか向こう側の景色が透けて見える。

 気持ち悪い、の意味はよくわからなかったが、澪は慌てて立ち上がり、青年から距離をとった。

 辛うじて呼吸を落ち着け、大欅(おおけやき)を背によりかかる。丁度いいので遠慮なく、不機嫌そうな綺麗な顔を、好きなだけまじまじと眺めた。


 ―――不謹慎かもしれないが。

 さらさらと降る雪を背景に、青年は大層(なまめ)かしくも清冽で。

 澪は改めて、ほぅ……と、白く吐息した。自覚はないが感嘆のまなざしだ。


「あなた、綺麗だね。どこのひと? ……あ、妖なんだっけ。ひょっとして天狗なの? すごいね、全然怖くない」


「すごい、の感じどころがずれてるとは思わんのか……」


 物怖じせず、むしろきらきらと瞳を輝かせて(なつ)く少女が珍しいのか、青年は呆れつつも目を細めた。ごく、小さく微笑んでいる。


「!」


 どき、と胸がさわぐ。

 とくとくとく……と、よくわからないが、非常に楽しいような。ずっと見ていたいような。これ以上見てはいけないような、矛盾する感情が爆発的に芽生え、澪は二、三度目を瞬いた。


 はらり、頭上の雪片がゆっくりと融けて、こぼれ落ちる。

 青年は面白そうに微笑み、右手を少女の頭にかざしかけて……―――やめた。

 澪は不思議そうに小首を傾げた。


「?」


「いや。雪を払ってやろうかと思ったんだが。どうせ、触れられん。自分でやれ」


 偉そうに、触れずに戻した手を腰に当て、やたらと絵になる立ち姿で笑んでいる。


「――――……!」


 澪は、固まった。


 どうしよう。

 どうしよう、どうしよう。

 自覚せざるを得ない。わたし――




 が、その時。


「お嬢!」



 はっ……! と、(うつつ)に引き戻された。反射で声の主を探す。母屋方面の坂道の向こう側、町から戻ったらしい総史(そうし)が立っていた。


 総史は瞬く間に坂を滑り降り、慌てたようにこちらへ駆け寄って来る。身に付けていた(かさ)をむしり取ると、あっという間に雪をかき分け、傍らまで到着した。

 無言でパッパッと澪の頭の雪を払うと、いささか乱暴な仕草で手にした笠を被せてしまう。


「うわっ。……ありがと、総史さん。早いね? 父上達は?」


 澪は身長差の(はなは)だしい許婚者(いいなずけ)を、笠の端を持ち上げて見つめた。無意識に、人外の青年も目視で探したが――いない。

 がっかりした。また、会えるだろうか……


 少女の落胆を寂しさと受け取った総史は、最近のかれにしては珍しく優しげに微笑んだ。

 雪にまみれるのも厭わず膝をつき、彼女の肩や背、あちこちを丁寧に払う。

 本人は気づいていなかったが、まさに雪だるま状態だった。くしゅん! と、可愛らしい(くしゃみ)まで飛び出す始末だ。


 総史は、破顔した。


「ほら。風邪ひくぞ、お嬢……じゃない、澪。よっ……と」


「! 総史さんっ!? いいよ、降ろして! 重たいよ? あ、それに()()、あっちに置いたままなの。片付けないと……」


 顔を赤らめて言い募る少女に、どこか煙管(キセル)白粉(おしろい)、酒精の香りを纏わせた総史は、機嫌よく唇を片端だけ、わずかに上げた。


 そんな笑み、いつの間に覚えたんだろう……


 ぼんやりと見つめる澪を抱きかかえた総史は、来た方向へと(きびす)を返す。

 芯のぶれない、軽快な動きだった。足元の雪をものともせず、淡々と歩きつつ答えを返す。


「いいよ、あとで誰か人を遣る。それに、ちっとも重くない。さっさと帰って風呂にでも入れ。師匠は、今日は泊りだ。おれは先に帰らせてもらったんだ。……何となく」


「ふぅん?」


 きゅ、きゅ、と、次から次に積もる新雪を踏み鳴らし、総史が母屋へと歩み始める。

 あまり負担にならぬよう、おとなしく抱かれたままの澪は、総史の背中越しに遠ざかる欅の大樹を眺め見た。


 やはり青年はいなかったが――どこからか此方(こちら)を見ている気がして、クスッと笑う。


「……何?」


「何でもない」


 にこっと邪気なく微笑む腕のなかの少女を眩しそうに視界におさめ、口をへの字にする総史をよそに。


 澪は、再度離れへと視線を流した。

 木の()()は、もう半ば以上、真っ白な雪に埋もれていた。


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