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あわいさの茶屋  作者: 汐の音
弐 居候と色づく乙女
16/36

15 店主のくるしみ※

 灰と水色を混ぜて薄めた空。

 滲む遠景の山並みは灰緑色。

 しわぶき一つ立てない、凪の湖。


 まるで性質(たち)のわるい夢みたいに、精彩を欠く異界に突如生じた紅葉(もみじ)(あか)と青葉の緑。――これはこれで、異質だ。

 異質。……自分らしいな、と。

 憂える乙女そのものの口許に、苦い笑みが浮かぶ。


 じゃり。


「あのさ……それ、兄者には訊いたことあんの?」


 うなだれる天音の背に、元襲撃者であるところの客人は遠慮がちに声をかけた。いつの間にか、下駄を履いて庭に降り立ち、二歩ほど後ろに佇んでいる。

 思いがけず近い場所から聞こえた少年の声に「え?」と、天音は弾かれたように振り向いた。


 まって。この子―――今、すごく大変なことを言おうとしてる。それは、……()()()()()()()()()だ。


 なにか、声にならない不安がかけ上がって、ぎゅうっと喉を締め付ける。聞きたくない―――なのに、封じられたように声を出せない。天音は驚愕の表情も(あらわ)に鬱金色の目をみひらき、両手でみずからの喉を押さえた。


「………ッ……?!」


「兄者は、現身(うつしみ)とは別の霊体としても長く過ごしてる、烏天狗の惣領息子。化生(けしょう)としての格も知識も、おれなんかよりずっとずっと上だ。――おれには、あんたが普通の亡者より“力”が強いのに、“妄執”が弱すぎるってことしかわからない……すまない。あんたの問いに、答えられな……」


「こら、(すえ)の! 勝手にぺらぺら喋んじゃねぇ」


 (!!)


 突然、前触れなく(からす)のひやりと冷たい声が降ってきた。

 ――珍しい、怒ってる。


 じゃり、と。

 楽に崩した着流しをまとった、天音(あまね)より二回りは大きい草履を引っかけた男の足が地に着いた。

 少し遅れて、ふわっ……と黒羽根が舞う。やわらかな風が切り揃えた前髪を揺らし、天音の白い額をのぞかせた。


(からす)……?」


 冷や汗をかき、青ざめた恋人の顔に烏と名を呼ばれた青年は、すぅっと目を細める。「ただいま、天音」とだけ答えると素早く近づき、むき出しの額に唇を落とした。


挿絵(By みてみん)



 まだ喉を押さえている天音が、わずかに震えているのに気づいた烏はそのまま、少年へと体を向けた。――かれの、“怒り”から生じる圧がすごい。背中しか見えないのに。

 天音はごくりと唾を飲んだ。


「帰んな、末の」


「兄者……っ! おれは、あんたしか!!」


「聞かん。俺はもうねぐらを定めた。ここに」


 くい、と。

 顎で、紅葉の木を背に震える天音を指し示す。

 (――!)

 烏とよく似た少年は、瞬く間に激昂した。


「なんで……っ?! そいつ、毛色はちょっとおかしいけど穢らわしい、欲にまみれた人間の亡者じゃねえか! 兄者には相応しくない! 兄者の花嫁になりたがる高位のあやかしなんて、山ほどいるっての、に――……? ぅぐっ……」


「? からす……?! だめ!! 放してやって!」


「……」


 どさっ! と、片手で首を絞められ、宙吊りになっていた身体が落ちた。少年は喉を押さえ、はげしく咳き込んでいる。

 当の烏は顔色一つ変えず、つめたい眼差しを少年に注いだまま。天音の声には従ったが、天音のほうを決して見ない。


 (……からす?)


 ――――ふいに、泣きたくなった。

 けど泣けない。

 涙は、感情的であればあるほど()()をひどく失う。あっという間に“夜”になる。

 わかっているから、なるべく感情を波立たせないようにしてたのに……!


 代わりに沸き上がる苛立ち。泣けない目許はただ熱いだけ。

 泣きたい。くるしい。……もう、泣いてしまいたい。

 気づくと、荒れ狂うままの“力”を練り上げ―――言葉に乗せていた。


「……不愉快よ、ひとの庭先で。

 帰って。()()()()()()()()()()()()


「なっ……?! おい、やめろ! (あま)……」


 青年の焦った声が、半ばから空気を震わせず、どこか硝子の壁の向こう側へと追いやられたように遠のいた。


 音も立てず、影すら残さず。


 よく似た面差しの二人の化生を、天音は揃って()()()()()


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