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あわいさの茶屋  作者: 汐の音
弐 居候と色づく乙女
12/36

11 裡(うち)と家(うち)で、受け入れたもの

 (からす)と暮らすようになって二日目。変化は割合(わりあい)すぐに訪れた。


「う……」


 呻くように声を出した天音(あまね)は身体を起こした。さら、と癖のない()()()()()むき出しの肩と背を滑って、流れる。


 ぼうっと見つめる先は、隣に眠る青年・烏。

 ――烏の見た目に変化はない。自分だけだ。


 天音は何となく、そうっと、引き寄せられるように恋人の頬に口づけを落とそうとして……がばっと布団のなかに再度捕らえられた。「からすっ!」と文句を告げるも、仰向けに両手を押さえられては何もできない。


 痛くはない、絶妙な力加減。

 長い、つややかな黒髪にあかるい琥珀色の瞳の――(よわい)十八、九ほどの女性となった天音は烏を()めつけた。


「はなして」


「いやだ。こんなにいい女が、自分から唇を落とそうとしてくれたのに。百倍返ししないと」


「えぇ……。百倍は、怖いです。それに何なの? その態度。ちょっと見た目が成長しただけじゃない」


「これを『ちょっと』で済まそうとするお前の中身が残念すぎる……。でも、美女だから許す」


 そのまま、溶けるほど深く口づけられる。

 瞼を閉じて受け入れつつも、天音はぼんやりと思った。


(見た目で態度を変えられても、困る……)


 甘さに流されそうになる気持ちはもちろんある。が、起きないと。


 ゆっくりと、名残を惜しむように唇が離れたあと。どこか熱に浮かされたような烏の紅がかった黒瞳に、天音は出来るだけ華やかに、にこり、と微笑んだ。


「どいて。もう“朝”だから」


 容赦のない恋人に、苦笑を漏らす烏。

 しかし、「はいはい、家主どの」と、しぶしぶ両手首の拘束を解いてくれた。


 時間の流れが存在しない、あわいさの茶屋の店主はするりと布団から抜け出る。


 ―――さ、開店準備。




   *   *   *




 妙齢の乙女となった天音は、いつもの山吹色の小袖と白い前掛けの出で立ちで土間に立ち、(かまど)に火を入れて湯を沸かしている。

 外は仄かに明るい。板間の向こうからは、次々に鎧戸が開けられる音が響いた。なんだか、それだけで景気がよい。


「じゃな、天音。行ってくる」


「ん、行ってらっしゃい」


 割り振られた仕事をこなした同居人は、土間を通り抜けがてら、ぽん、と彼女の頭に手を置いて軽い挨拶を済ませた。


 天音も特に振り返ったりはしない。

 淡々と盆に乗せた茶器の状態を確認しつつ、微笑みながら言葉を返す。


 開け放してあった土間の引き戸がカラカラ……トン、と閉められる。

 磨り硝子越しに映る、羽ばたく翼の黒い影。羽音とともに烏の気配は消えた。



 ……ねぐらは此処(ここ)と定めても、縄張りは毎日見て廻らないといけないらしい。

 『大変だね。帰れば?』と告げると『絶対いやだ。ふざけんな、俺の決心甘く見んなよ』と、それこそ三倍返しほどの塩梅(あんばい)で仕返しされたのが昨日。同居の翌朝だった。


 天音は、ふ、と口許に笑みを浮かべる。

 何だかんだ言いつつ、好きな相手を朝夕見ていられるのは楽しい。



 ―――が、その時。

 ゆらり、と烏が出た引き戸の向こう、軒先のあたりに違和感を覚えた。


 (もう、来た……? しかも珍しい。正面から)


 天音は目を閉じ、気配を探る。

 おそらくは綺羅の残滓(ざんし)を取り込んでから身についた力。

 以前は現れる直前でないと気づけなかった“揺らぎ”が、もっと早くに分かるようになった。加えて、相手の予測。――どんな霊なのか。或いは化生(けしょう)の類いなのか。

 ぱち、と天音は目をひらいた。


「いっつも、大人しやかなお客さんばかりじゃないもんね……そっか。今日はそういう日か」


 若干の遠い目のあと。

 天音はカチャ、と茶器を置き、つめたい井戸水を使った水出し緑茶の準備をはじめた。


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