圧倒的後日譚
20XX年から三年後 東京
エレベーターが止まり、人が吐き出された。
村田佳澄は長い髪をなびかせて廊下を進む。コツコツというヒールの音がフロアに小気味よく響いた。一番奥の部屋の前に立ち、ノックをする。「どうぞ」の声が聞こえた。
「局長、今回のインターン参加者二名の報告書をデータにまとめました」
「おお、ご苦労さん」局長と呼ばれた大下が、村田からタブレット端末を受け取る。
「で、どうだった今回は」顎鬚に手を当てながら大下が尋ねる。
「二名とも成功です」村田が眼鏡を押し上げ、タブレットの画面を指差した。「一人目、彼は商社での二ヶ月のインターンの後、三ツ星商事に内定。もう一人は出版社でのインターンの後、学習館への内定となりました」
「よくやった」大下は部下の成果を褒めた。「君もこの仕事に慣れてきたようだな」
「はい、おかげさまで」村田はしおらしく頭を下げる。
「三年前の第一回のときは、村田君の担当だけ被験者二人とも帰ってこなくなっちゃって、どうしようかと思ったけどな」大下が豪快に笑う。
「あれから私も成長しましたから」村田が苦笑する。
大下の言う通り、初めてこのタイムトラベル・インターンが行われた時、村田が担当した二人は、その時代から帰ってこなかった。
しかも村田は、その二人の名前を思い出すことも出来なくなってしまった。そして記憶と共に、彼らに関連する全てのデータが消失した。おそらく、過去が著しく改変されたことによる代償、過去と未来の整合性を保持するためだろう。
「確か第一回は…全員二十五~七歳を対象に、二〇一八年の世界に飛ばしたんだったよな。そうなると今は何歳くらいだ…」大下は顎鬚をさすりながら考える。「ちょうど今の俺くらいか」
「はい、私の親世代ですね」村田は関係ないはずの自分の両親のことを思い浮かべる。自分をここまで育ててくれた、大好きな両親だ。
「彼らは今頃どうしてるんだろうな」と大下。同世代のタイムトラベラーと気付いて興味がわいたようだった。
「幸せに暮らしてますよ」と答えながら村田は、確信的な言い方をする自分をどこか不思議に感じた。
そう、幸せに生きていればいい――村田は、名前も顔も思い出せなくなってしまった二人に思いを馳せた。
案外今の世界でも近くにいて、気付かないうちに逢っているかもしれない。
「とにかく今回はご苦労さん」大下はもう一度労った。「そういえば、明後日から三日間、有給とるんだってな」
「はい、そうなんです」
「旅行でも行くのか」
「結婚記念日なんで」村田が微笑む。「夫婦水入らず、北海道まで行ってきます」
「そうか、何年目だったかな」大下が尋ねる。
「二十六で結婚したので、五年目ですね」
「そうか、おめでとう」
「ありがとうございます」そう言って、村田は部屋を後にしようと踵を返した。
大下がそういえばといった体で「村田君、旧姓はなんだったかな」と聞いた。
村田は振り返ると、にっこりと笑った。自慢の名字だ。
「後藤、ですよ」




