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タイム・トラベル・パラドックス  作者: 岡田 希望
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タイムトラベラー、救われる

2018年12月23日 東京


 祥子は職場近くにある、カジュアルイタリアンレストランに吉岡と来ていた。

 タイムトラベル・インターン最終日だった。祥子は関と吉岡に「お別れ会でもしよう」と言われたが、辞退した。

 「実家に帰ることになったんですが、荷物がまとまらなくて」

 祥子は苦しい嘘をついた。本当は正治もお別れ会に来るからだった。

 正治に告白されてから約二週間、祥子は一言も交わしていなかった。正治に対する申し訳なさもあったが、それ以上に祥子は、正治を見ていると母の声が頭に甦ってしまって、話すことが出来なくなってしまったのだった。

 そんな祥子を見て思うところがあったのか、吉岡は「じゃあ二人でランチしよ。それならいい?」と優しく微笑んだ。祥子はその優しさがありがたかった。

 吉岡が連れてきた店は、落ち着いた雰囲気で、近くで働く女性たちのオアシスのようだった。ランチのコースを注文すると、ほどなくして前菜が運ばれてきた。

 「で、あなたたち、どうしたの」吉岡が前菜のサラダを口に運びながら聞いた。

 「あなたたちって」

 「あなたと、後藤君よ」吉岡はいたずらっぽく笑った。「何かあったんでしょ。コンサートの日から話さなくなっちゃったもんね」

 やはり吉岡は勘付いていた。祥子が言葉を探していると、吉岡は「言えなかったらいいのよ。でも、あんなに仲良かった二人が、このまま話さないまま終わっちゃうのは寂しいと思って」と言った。「ま、老婆心ってやつだけど」おどけて舌を出す。

 祥子は、吉岡には話していいような気がした。

 「付き合ってほしいって言われました。私も彼のこと素敵だって思ったけど、ごめんって言ったきり、逃げちゃいました。もう一度仲良く話したかったんですけど、彼に対する申し訳なさで…」最後の方は曖昧な言い方になった。

 「なんで断ったの?」吉岡が尋ねる。

 「…幸せになれる自信がありませんでした」祥子は理由までは言わなかった。

 「付き合う時に、幸せになるかどうかまで考える人ってそんなにいないと思うけどね」と吉岡は笑ったが「まあでも二十七だし、先のことは考えるか」と一人で納得した。

 メインのパスタが運ばれてくる。二人はしばし、食べることに集中した。

 食べながら祥子は、ここまで姉妹のように親しくしてくれた吉岡にさえも、本当のことを言えない自分を責めた。だが祥子は、親しくしてくれたからこそ、本当のことを言って吉岡に嫌われたくなかった。

 食べ終えたころ、吉岡が口を開いた。「幸せになれる自信がないって言ったけど、何かトラウマでもあるの?」

 祥子は迷ったが、首を縦に振った。口を開きかけたが「言いたくないでしょ、言わなくていいよ」と吉岡は手で制した。

 「私もそんな時期があったから」吉岡は何かを思い出すような、憂いを含んだ笑顔になった。

 「吉岡さんが、ですか」祥子は意外だった。いつも明るく幸せいっぱい、というのが祥子の吉岡に対するもっぱらの印象だったからだ。

 「今の旦那と出会う前だから、五年くらい前かな。私、婚約破棄されたの。いよいよ挙式ってときに浮気されてね。逃げられちゃった。私もいい女気取って、何も言わなかったの。今思えば、顔面に一発入れときゃよかったんだけどね」冗談めかして吉岡は拳を出した。「あの時は本当に落ち込んだなー。もう自分は一生幸せになれないんだなんて思ったりして。会社も長いこと休んで、関さんにも迷惑かけたっけな」遠い目をする。

 一生幸せになれない――祥子は今の自分と同じだと思った。

 「でもね」吉岡は食後のコーヒーに口をつける。「今の旦那が助けてくれたの。私の大学のサークル仲間だったんだけど、噂聞いて駆けつけて、私が話す気になるまで辛抱強く待ってくれてね。一生幸せになんてなれないって私が言ったら、あの人なんていったと思う?」

 吉岡が尋ねる。祥子は首をかしげるだけだった。

 「じゃあ勝負しようって言ったのよ。『一生幸せになれないお前と、絶対に幸せにしてやりたい俺、最強の盾と矛だ』って」吉岡は思い出し笑いをした。

 「その瞬間、すうっと心が軽くなったの。ああ、こんなこと言ってくれる人がいる私は幸せだなって。人生捨てたもんじゃないなって。それで半年後に結婚して、可愛い可愛い翔ちゃんが産まれて…。私、幸せになったの」吉岡は照れくさそうにはにかんだ。

 「だからね」吉岡が改まって祥子に向き直る。「人間どんなことがあってもきっと、立ち直れる。そして、そのためには立ち上がらせてくれる『誰か』が必要なの。それが祥子ちゃんにとって後藤君なのかどうかは私には分からない。だけど、祥子ちゃんが立ち上がろうとしないと、その『誰か』は現れないのよ」

 祥子は頭を殴られたような衝撃だった。

 私は母への罪悪感を盾に、変われない自分を正当化していた――それは祥子の心にずっと引っかかっていたことでもあった。

 吉岡は最後に身を乗り出して、こう言った。

 「祥子ちゃん、幸せになってね。あなたの幸せは、私の幸せ」吉岡は言った。

 その言葉に優しかった頃の母親が重なって、祥子は涙で視界が歪んだ。感謝の言葉が頭にとめどなく浮かんでくるが、涙がこぼれないようにハンカチで拭いながら「ありがとうございます」と言うので精一杯だった。

 吉岡はそんな祥子を見ながら、目を細めて頷いていた。

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