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タイム・トラベル・パラドックス  作者: 岡田 希望
16/20

タイムトラベラー、傷つける

2018年 12月10日


 二人の住んでいる最寄り駅の近くにある居酒屋で、祥子は正治と、互いの労をねぎらいながら乾杯した。

 祥子と正治にとって初めての仕事となった、コンサートイベントの打ち上げだった。一緒のチームで仕事をした関と吉岡は用事があると言い出し、二人だけの打ち上げとなってしまった。

 祥子は正治と二人で話せることを嬉しいと感じながらも、心の中では母親の存在が日に日に大きくなっており、この嬉しさにも罪悪感があるのだった。

 それでも――祥子は心の中で母に呼びかける。今だけは、赦してください。

 「祥子さん力あるんだね、びっくりした」正治は言った。

 イベントの撤収作業中、重たい植木鉢を一人で運んでいたことだろうか、祥子は思案する。

 「学生時代テニス部だったからかな」

 答えながら祥子は、内心で「違うよ」と言った。違うよ――植木鉢が、疲れて所構わず寝てしまう母よりずっと、軽いからなんだよ。

 正治は話題の提供がとても上手かった。「兄弟はいるの?」正治が尋ねる。

 「当ててみてー」祥子は自分が話題を広げられているか、考えるのに必死だ。

 「面倒見がよくて優しいから、弟がいるかな」と正治。

 柄にもなく照れてしまった。祥子が「いないよ、一人っ子」と答えると、正治は「俺も」と言った。

 しばらく一人っ子談議になる。正治が「一人っ子だとお下がりもらわなくて済む」と言った。祥子は「そうだよね」と答えながら、心がチクリと痛むのを感じた。

 またしても祥子は内心で「違うよ」と言う。違うよ――ウチは父親が借金残して消えたから、洋服買うお金なんてなかったんだよ。全部いとこのお下がりだったんだよ。

 祥子は心の声などおくびにも出さず、正治と楽しく話した。心の声をかき消すために、酒もたくさん飲んだ。そして楽しく話せば話すほど、自分が正治に惹かれていることが分かった。そして、正治にも同じ気持ちであってほしいなどと考えてしまっていた。

 店を出る。タクシーを呼ぼうとした正治に、祥子は「歩いて帰ろうよ」と言った。もう少し話していたかった。

 そのくせ並んで歩くと、祥子は正治の顔を見ることが出来なかった。「星がきれい」と指でオリオン座をなぞる。

 顔を見ると、好きになってしまいそうだった。祥子は、正治のことを好きだと認めてしまうのが怖かった。「一人前に恋愛なんかするつもりか」心の中の母が、そういっているような気がして。

 祥子の住むアパートが見えてきた。祥子は寂しいような、ホッとするような、複雑な気持ちだった。

 その時だった。「祥子さん」正治が祥子を呼び止める。

 「ん、どうしたの」祥子はようやく正治の方を見た。その顔はやや赤く上気している。寒さのせいというわけではなさそうだった。

 祥子は決して自惚れているわけではなく、正治が自分を呼び止めた理由が分かった気がした。

 ちょっと待って――祥子は心の中で正治に呼びかける。だが、通じなかった。

 「初めて会った時から、あなたが好きです。こんな俺でよければ、付き合ってください」

 それはあまりに単純で、純粋な愛の告白であった。正治はその言葉に違わぬ、純粋な目で祥子の方を見つめていた。

 祥子は正治の言葉が嬉しかった。そして嬉しければ嬉しいほど、それを超える苦しみが、祥子を押し潰した。

 「この親不孝者!」星空から、聞こえるはずのない母の叫び声が祥子の耳を貫いた。

 気付いたら祥子は、大粒の涙を流していた。正治が困ったような顔をしているが、涙が止まらなかった。

 「ごめん」それだけ言って、祥子はアパートに逃げだ。外階段を一段飛ばしで駆け上がる。ドアを閉めたところで堪えられなくなり、祥子は玄関にうずくまった。

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい――嗚咽の間に、祥子は正治への謝罪の言葉を連ねた。あなたを傷つけてしまった。だけどそうじゃないと、いつかあなたをもっと不幸にさせてしまうから。私は遅かれ早かれ、あなたを傷つけてしまっていたの。

 お母さん、やっぱり私、人を不幸にさせてしまう人間みたい――祥子は天井に向かって、聞こえるはずもない言葉をそっと呟いた。

 このまま朝が来なければいいと祥子は思った。

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