元ニート、元フリーターと出会う
2018年11月25日 東京
「本日からこちらでお世話になります、川上祥子と申します。元気いっぱい働かせていただきます。よろしくお願いいたします。」
祥子はそう言って深くお辞儀をした。精一杯元気よく挨拶したつもりだが、社会とは半年のブランクがあるので、自分ではよく分からない。
「元気いっぱいか、頼もしいな。この仕事は意外と体力が大事だからな」目を細めて頷くのは、主任の関だ。
「それはそうと、今日来るのって一人じゃないでしょ」関に指摘するのは、吉岡という女性社員だ。デスクには可愛らしい息子の写真でいっぱいだ。
「うーん、そうなんだけどなあ」関が渋そうな顔で腕時計に目をやる。時刻は八時二十八分――始業二分前だった。
そのとき、オフィスの廊下を走る音がした。勢いよくドアが開く。
「ギリギリセーフ…ですかね」祥子と同い年くらいの青年が、顔を真っ赤にして関の方を見る。よほど急いで来たのだろう。髪は乱れ、スーツにはしわが出来ていた。
「ウチは五分前行動だ。初日からいい度胸だな」関が凄む。
「え、でもそんなこと聞いてないです」青年が目を丸くする。
「馬鹿野郎。社会の常識だ、さっさと自己紹介しろ」関が手にしていたファイルで青年の頭をはたく。だが、目は笑っていた。
青年はその場でスーツと髪を整えて、咳払いをした。自己紹介を始める。
「えっと、後藤正治と申します。ブラック企業辞めて転職してきました。皆さんはいじめないでください。よろしくお願いします」おどけて礼をする。
笑いが起こった。関もやれやれといった表情で腕を組んでいる。
努めて明るく振舞おうとしていた祥子とは違って、元から明るい性格のようだった。祥子は同僚が良い人そうで安心した半面、羨ましくも感じた。
朝礼が終わる。祥子は椅子から立ち上がると、正治のデスクへ向かった。なんとなく先手をとろうと思ったのだ。
「川上祥子です。私も今日来たんです」頭を下げる。「後藤さん、私が自己紹介した後に来たから」そう言って笑いかける。
正治は照れくさそうにはにかんで「こちらこそよろしく、川上さん」と頭を下げた。
「歳はいくつですか」祥子が尋ねる。
「二十七歳独身です」正治がおどけて答える。祥子と同い年だ。
「えっ私たち同い年なんだー。じゃあ祥子って呼んでね」祥子は心の中で、明るく、明るく、とまるで呪文のように言い聞かせていた。
正治が顔を伏せる。「うん、そのうちね」歯切れの悪い言い方だ。
やりすぎたかな――祥子は不安になった。初対面の相手に距離を縮めようとしすぎてしまったかもしれない。
それでも、と祥子は思う。明るくいなくちゃ。自分がまた幸せに生きられるように。そして、支えてくれると言ってくれた村田さんのためにも。祥子は、えいと腹に力を込めて気合を入れた。




