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友沼部屋奮闘記  作者: 魚屋ボーフラ
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一年納めの九州場所 ~月代大五郎編 前編~

 十一月、友沼部屋の面々は本場所の行われる福岡へと乗り込んだ。

 一年納めの九州場所。部屋を創設して五年目となるこの年、ここまで友沼部屋の力士たちは部屋の設立以来、最も輝かしい成績を残してきた。

 現在、友沼部屋には全部で八人の力士がいる。その筆頭は千大王で、今は東十両二枚目で、この九州場所では幕内への再入幕を狙える番付にある。それに続くのが夏場所で三段目優勝を果たした襁褓山(むつきやま)。一皮剥けた感のある襁褓山は続く秋場所でも好調を維持し続け、この九州場所では十両昇進を狙える幕下上位にまで番付を上げている。

 その次は三段目の上位に位置している日の出山と、ケニア出身の将威(まさい)だ。夏場所で襁褓山との三段目優勝決定戦にまで持ち込んだ増田男(ますだお)は、続く秋場所では幕下を狙える番付にまで昇進したものの、化けの皮が剥がれて大負けし、この九州場所では三段目の中位に沈んでいる。

 続く序二段には月代(さかやき)智哉(ともや)がいる。そして四月に入門したばかりの平和は、序ノ口ながら淡々とその実力を伸ばしていた。


 九州場所初日、西の控え室に入った月代大五郎に、やたらと図体のでかい力士が話し掛けてきた。

「あんた、友沼部屋の月代さんだろ?」

「えっ……、そっ、そうですけど……」

 手合わせしたこともない力士からいきなり声を掛けられ、月代は少し戸惑った顔をした。

「ああ、ごめんごめん。俺は野々村部屋に所属する松阪という者だ」

「松阪さん……?」

「そうだ。今はまだ、本名の松阪をそのまま四股名に使っている」

「ええと、その松阪さんが、ボクに何か用でも?」

「あ、ああ、すまんすまん。あんた、うちの部屋の力士を誰か、知っているか?」

「ええと……、確か……、(うしとら)さんが、野々村部屋だったと思いますが?」

「ああ、よく知っているな。その他には丑満(うしみつ)だろ、(ひしめき)だろ、それに牛太郎(ぎゅうたろう)丑の刻(うしのこく)と……。挙げ句の果ては金平牛蒡(きんぴらごぼう)なんて奴もいるな」

「はあ……」

 しかし松阪の言いたいことがよく分からない月代には、そう曖昧な返事をすることしか出来ない。

「ああ、悪い悪い。つまり、うちの部屋は今、ウシウシウシと、ヒンドゥーの教えだか何だか知らんが牛に(まつ)わる四股名ばかりが犇めき、いや蔓延しているんだよ。そんでもって俺もモー、もとい、そろそろ正式な四股名を付けろと、周りの連中からとやかく言われているんだ。勿論、牛に(ちな)んだものをな」

「はあ……、それはそれは……」

 それが良いのか悪いのかよく分からない月代には、やはり曖昧な返答を返すことしか出来ない。しかし本名が松阪なのであれば、そのまま松阪を四股名としたところで何ら問題はないような気もするが、そのことはあえて口には出さずにおいた。

「だけど、俺はほら、この通りの見た目だろ」と松阪は、でっぷり太った己れの身体を指差しながら「もし俺が『牛男(うしおとこ)』みたいな四股名にしたら、それこそ自虐ネタだとは思わないか?」と言った。

「いや、そんなことはないんじゃないかと……」

 と否定はしてみたものの、極端に離れた両目と横に大きく広がった鼻の穴、そしてそれらを含む間延びした顔が、どことなく牛を思わせることは否めない。更にはだぶついた肉が胸の辺りで大きく垂れ下がっており、それはもうホルスタインを連想せずにはいられないほどであった。

「まあ、俺の見た目のことはおいとくとして、あんた、月代さんは、その……、何でそんな、自虐的な四股名を付けたんだい?」

「えっ、自虐的……?」

 そんな風に思ったことのない月代は、キョトンとした顔をした。

「あれ? だって、あれだろ、月代というのは、あの、その……」

 想定外の月代の反応に松阪は、慌てたように鞄からスマホを取り出すと、えらく後退した月代の額付近をチラチラと見やりながら何やら操作を始めた。

「ああ、あったあった。ほら、これだよ」

 目当ての画像を呼び出した松阪は、それを月代の目の前に(かざ)した。

「ん――?」

 軽い近視の月代は、顔を近付けてまじまじとそれを見た。そこには前頭部から頭頂部にかけて見事に髪を剃り落とした戦国武士のイラストが描かれていて、その禿げ上がった髪型のことを月代というのだと、説明書きがされていた。そしてそのイラストの武士の髪型は、今の月代の髪型と、瓜二つだった。

「なっ……、なっ……」

 知らなかった! ボクは、そんなことも知らなかった!

 自分の無知さ、間抜けさを露呈した形になった月代は、いきなり過呼吸でも起こしたように口をパクパクさせた。何とか平静を保とうとすればするほど、込み上げてくるのは強い後悔の念ばかり。何で自分は何年も、その意味も知らずに堂々と月代などと名乗っていたのかと、恥ずかしさで耳まで真っ赤になった。

 松阪はその後も何やかやと言っていたようだが、もはや何一つ月代の耳には入ってこず、ただ気付けば自分の取組の番となり、土俵に上がった月代は立合いで立ち後れて相手に簡単に廻しを与えてしまうと、あっさり土俵を割って黒星を喫していた。


 夕方、九州場所で宿舎にしている寄道寺(きどうじ)に月代が戻ると、厳しい顔の友沼親方がにじり寄ってきた。

「今日のお前の相撲は何だ? 無気力相撲か?」

 すると、黒縁眼鏡越しの月代の目が、きつく親方を睨み返した。

「親方っ! 親方はどうしてあの時、ボクに月代なんて四股名を付けたんですかっ!?」

「な、なんだお前、藪から棒に――」

「藪から棒じゃないですっ! あの日、ボクに月代という四股名を付けたのは、親方ですよねぇ。それは、ボクの頭が……、ハ、ハ、ハゲてたからなんですかっ!?」

「そ、それはお前……」

 これまで見せたこともない激しい剣幕で月代に詰め寄られ、思わず友沼親方も怯みながら後退(あとじさ)る。そして後退りながらも親方は、四年前のあの日のことを、まざまざと脳裏に思い浮かべていた。

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