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友沼部屋奮闘記  作者: 魚屋ボーフラ
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千大王の悩める秋場所

 秋場所が始まった。

 今や押しも押されもせぬ友沼部屋のホープとなった東幕下1枚目の千大王せんだいおうは絶好調で、三連勝のスタートを切った。幕下以下は一場所の取組は七番なので、あと一つでも勝てば勝ち越しが決まる。それは即ち、千大王が来場所十両に昇進することを意味している。

 友沼部屋のある久須くず村は早くも千大王フィーバーが起こり、役場では〈千大王、十両昇進おめでとう!〉の横断幕が用意され、村の後援会からは、化粧まわしを贈ろう、などという話も出るようになった。

 村の人たちや部屋の仲間から温かい声援を受けた千大王は、これは絶対に、次の一番に勝って勝ち越しを決めようと思った。そう決意した千大王は、次の対戦相手である車山くるまやま部屋の力士、四阿山あづまやまのことを徹底的に調べ上げた。

 アンコ型の四阿山は典型的な押し相撲の力士で、立合いからの両手突もろてづきを得意としている。しかしその分、左の脇が甘くなるという欠点があることも分かった。

 そうと分かった千大王は、友沼部屋では体型も戦術も四阿山に一番近い日の出山(ひのでやま)にお願いして、その日の稽古を行った。日の出山が繰り出す両手突きを何とか堪えると、右のかいなで左の前みつを取る得意の形に持ち込み、一気に前に出る。そういった相撲を何番も取り続けた。夜、布団に入った後もいろいろと作戦を考え続け、気が付くと朝になっていた。

 だが、そうまでして臨んだ本番の取組では思うように身体が動かず、四阿山が繰り出す両手突きを簡単に許してしまうと、あっという間に土俵の外に押し出されていた。

 この一番に負けた千大王は、とたんに自信を失った。

「まだ大丈夫だ!」「次、頑張れ!」そう励まされればされるほど、それらの声援が大きなプレッシャーとしてのしかかり、本番の取組では実力を発揮することさえできずに簡単に負け、今や勝敗は三勝三敗の五分となった。

 友沼親方は夜になると、自分の和室に千大王を呼んだ。お互いが座布団に胡坐あぐらを掻き、向かい合う形となったが、身長が190センチもある友沼親方を前にすると、それより一回り以上小さい千大王の体は、最近の調子の悪さもあり、随分小さく見えた。

「お前、どこか怪我でもしているのか?」

「いいえ、どこも悪い所はありません」

「そうなのか……」確かに、千大王の体にはどこにも湿布やサポーターの類は巻かれてはおらず、怪我をしているようには見えない。「それにしてはお前、顔色が随分悪くないか?」

「やっぱり……、そう見えます?」

「やっぱりってお前、心当たりがあるのか?」

「実はここ一週間ほど、全く眠ることが出来ないんです」そう切り出した元来無口な千大王は、ポツリポツリと親方に心情を打ち明けた。

 この秋場所、三連勝のスタートを切った千大王に対する村の人たちや部屋の仲間からの声援は、自分の想像を遥かに超えるものだったという。

「自分は誰かから、こんなに応援してもらったこと、ないんで……」

 涙が出るほど嬉しかったという千大王は、しかしみんなの期待に応えようと思えば思うほど身体が動かなくなり、本番では力が発揮出来なくなっていった。そんな時、たまたま通りかかった村役場の前では、早くも自分が十両昇進を果たした時の横断幕まで用意されていることが分かり、逃げ出したい気持ちにすらなったという。

「もう、明日の取組を迎えるのが、怖くて怖くてしょうがないんです……」そう話す千大王の両方の拳は強く握られ、微かに震えている。

「そうか……」しばらく腕組みをして考え込んでいた友沼親方だが、腕組みを外してポンと両膝を打つと、少しおどけた顔でこう言った。「千大王よ、お前、明日の取組は負けてこい」

「え、ええっ!」負けてこいと言われた千大王は自分の聞き間違いかと思い、思わず訊き返していた。「それは一体、どういうことですか?」



 

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