クズの集まり
大相撲の友沼部屋は、埼玉県北部の山間にある過疎の村、久須にある。
大相撲の部屋といえば、その多くは国技館のある両国近辺に集中する。その方が場所中や出稽古に行くのに都合が良いからだ。それでは何故、友沼部屋は久須村などという、不便極まりない場所に部屋を構えたのか。
それはただ単純に、久須村からオファーがあった、それだけのことだ。
3年前、久須村の村長、山田総一郎は村興しをしようと考えた。村には一応、都心と観光地を結ぶ私鉄が通っているが、観光資源のない久須駅を利用する乗降客はなく、ただ駅舎があるだけの無人駅と化していた。
ではどうやって村興しをするか。山田は自身も好きで、村人にもファンが多い、大相撲を利用しようと考えた。
まあ、ダメで元々だと、ある条件を元にオファーをかけたところ、二つ返事で色好い回答がきた。村人も誰一人として反対する者はなく、驚くほどすんなりとことは運んだ。
駅前にはちゃんこ料理屋ができ、物珍しさから最初こそ多くの大相撲ファンが都会からやってきた。しかし友沼部屋からは待てども待てども出世力士が現れず、その人気はすぐに下火となった。
「あの部屋はダメだ」
「ああ、根性なしばっかりだ」
「んだんだ。クズの集まりだ」
部屋のある村の名をもじって、そんな悪口を言う者さえ現れるようになった。
そんな中、ついに友沼部屋にもチャンスが巡ってきた。
2年前に入門した、学生相撲出身の千大王が、東幕下1枚目まで上り詰めたのである。つまり、次の場所で一番でも勝ち越せば、まず間違いなく十両昇進が決まるのだ。
大相撲の世界において、十両とそれ以下では、その待遇の違いに大きな差がある。それはもう、天国と地獄といっても過言ではないだろう。
ついにきたか、と村人たちの期待も高まるばかり。久しぶりの明るいニュースに、村の中はどこかふわふわした、落ち着かない空気が漂っている。
「ついにきたねー」
「んだ。やっときた」
顔を合わせば畑の手を休め、まるで合言葉のように挨拶を交わす。そんな光景がどこにでも見られるようになっていた。
そしていよいよ、運命の秋場所がやってこようとしていた。