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無意味(ナンセンス)コメディシリーズ

電卓のなかの魔人


 明るい話……のはず。




 見た目は普通の西洋風な喫茶店だが、中は食堂みたいにセルフ方式の飲食店。店の名前は『ジェントル・万』。

 ……はっきり言って、お客は あまり入りたがらないような名前だった。

 もちろん、ここで出されるサラダや おかずは怪しくはない。ちっともない。看板通り、何万円も ぼったくられるわけではない。ただの店長のセンスだ。

 そしてただのバイト店員の なおこには、どうすることも出来なかった。「お願いします、変えてください」とも「悪趣味です」とも何とも。


 なおこは接客レジ担当。カウンターに向かってレジの前に座り、ぼおっとして勤務時間を過ごすのだ。

 この店は、暇すぎる。

 なおこは髪の毛をいじったり、枝毛を数えてみたり、店の棚に置いてある雑誌を読んでみたりと。どうやって時間をつぶそうかと そればかり考えていた。

 なおこは もうすぐ18歳になる。一応、高校を卒業したら大学に進学しようとは考えているけれど、特別何がしたいとか目標とかは無かった。ノラリクラリと人生を緩やかに送っている。

 せっかく見つけたバイトだった。暇そうな店の、楽そうな仕事。


 レジ。


 しかし、なおこは計算が苦手だった。


 いや、そもそも計算の出来ない者がレジを任されているなんて どういうことだ。一体ここの店長は何を考えているのだろうか……。


 店長、登場。

 座っていた なおこの前に現れた。


「そろそろ、『魔人』とは会えたかな?」


 迷彩柄のバンダナに、縦書きで堂々と達筆風に『じぇんとる・まん』と書かれたエプロンを着けている店長。背は低いが、鼻は高かった。日本人である。

「ハロー、ビューティフルガール?」

 日本人である。

「はあ。元気ですね店長。ところで魔人って?」

「まだ会ってないみたいだね。まあ、そのうちに」

と、かなり自己完結をしバイバイと手を振って、奥の厨房に店長は戻って行った。

 店長、独身男。たぶん20代後半。細身だが、骨太そうだった。

(変わった店長……まあいいや、それはどうでも)

 なおこは大きなあくびをひとつ。お客が一人もいないという店内の光景に、なおこは もう すっかり慣れきっていた。



 ある日のことだ。レジで またまた ぼおっとしていると。何処からか声が突然聞こえた。


「やあ。なおこ」


「!?」


 気のせいにしては はっきりと聞こえた声に、なおこは周囲を見渡した。

 何も変わった所の無い店内に、なおこの座っているレジカウンター。一体何処から聞こえてきた音か?

 しばらくして、また声は なおこに呼びかける。

「僕は店長代理、魔人ボウイだ」


 声は どうやらカウンターの上に置いてある、8ケタ打てる程度の大きさのグレー色の電卓からだった。


 目を丸くして電卓を手に取る なおこ。ひっくり返してみたりした。

 電卓は、電卓である。いきなり爆発などしない。

「ボウイと呼んでくれ。ヘイガール」

「なおこです」

 やはり電卓から声は発せられているらしい。どんな音声仕掛けなんだろうかと なおこは唸った。

「さあ、どうやら店は暇みたいだし。僕と計算トレーニングでもしようか」

 突然 見た目電卓 魔人ボウイが言い出した。「は!?」

 なおこは しかめっ面で手の電卓を見つめた。『ON』のボタンを押すと『ピッ』と反応する。

「は!? じゃないよ。僕と店長が何故 君を採用したと思う?」

 なおこは「ええと……」と考えるが、わからなかったし思いつかなかった。

「君を食べるためさ」

「いいっ!?」

「はっはっはっ」

 何と笑い声まで電卓から聞こえた。

 ノリが店長と似ている気がしたので、なおこは電卓にマイクでも付いているんじゃなかろうかと疑いが晴れなかった。しかしもうそれも、会話が進むにつれ どうでもよくなってくる。

「さて ふざけもホドホドに。それじゃ、5歳児の脳みそレベルからいってみようか。1たす1はいくつ?」

「バカにしてんですかっ。もっとマシです私の頭っ」

「ははははは!」

 また笑われた。何てキツイ性格なんだ ついていけるのかと なおこは思った。


 そうやって魔人ボウイのペースにノセラレながらも、なおこは次から次へと容赦なく出される計算問題に答えていった。1たす3、7ひく5、16わる8……。

 難易度は なおこの答え具合によって合わせられていっていた。なおこは、答えるのに懸命で他を考える余裕は無い。

 同時に、最初はキツイ冗談だと思っていた魔人ボウイだが、気にしなくなっていた。

「15かける3は? いくつかな?」

「ええと……45」

「当たり。だいぶ即答できるようになったな。エライエライ」

 褒め言葉まで。なおこは感激していた。感激したわけは……。


「ん? どうした、目、ウルウルして」


 何で電卓のくせに そんなことがわかるんだろうか。何処に目がついていて、なおこが涙目なのがわかったんだろう。

 魔人だからか? そうなのか?

 なおこは俯いて、両手で持たれた電卓に話し出した。

「私……今までバイト、15回も面接 落ちてきたんです」

 ほお、と声がした。

「私、自信がありませんでした。自分ってバカなんだと、最初から諦めてました……」



 出来ない役立たずなら練習すればいい。

 何だ、当たり前のことじゃないか。何で出来なかったんだ今まで。

 いや、しようと思わなかったんだろうか。何でだろう……。



「考えすぎてしまったんだねえ。本当は出来るのに。君は」

 魔人ボウイは そう返事を返してきた。なおこはクス、と笑って目尻に少し溜まった涙を拭った。


 私は自分で自分に暗示という魔法をかけてしまっていたんだな。出来るようになれるかどうか結果なんてわかんないのに。私ってやっぱりバカ。


 思った なおこは涙を拭いた後、今度はしっかりと笑って見せた。

「ありがとう魔人ボウイ。私、ちょびっとだけ自信がついた」

 ここのバイトは暇だけど、ちゃんと接客をしよう。苦手な計算をもっと練習しよう。せっかく受かったバイトなんだから……と。

 なおこの心に明るい光が差し込んだ。

「それはそれは」

 魔人ボウイは抑揚も無い返事を返す。その時だった。

 ガブリ。

 なおこは いきなり後ろから食べられた。何かによって……そう。


 店長の真の姿。

 魔人ジェントル・マン。


「ご苦労。魔人ボウイ」

「イイエ。それより う ま く 自信をつけさせましたよ」

「ヨシヨシ。やはり気の滅入っている肉は不味いからな。ナイス・スパイス」

「どういたしまして」


 ……。

 とりあえず頭だけ。ムシャムシャムシャ。




 今夜 厨房では、レッド・パーティーが開かれる。

 ぎゃああああ。




《END》





【あとがき】

 レッド? マッド? デッド? バッド? エンド?

『日本うまれの魔人』略して日本人。


 おそ松。



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― 新着の感想 ―
[一言] この話、別に明るくないでょ、暗くもないけど 日本生まれの魔人、ね、よく思いつきますね
[一言] 最後はびっくりしました。 泣ける話かと思ったケド… 笑いのセンスもグッw
[一言] 素晴らしい……。全然最後の展開がわからなかった。食べるため、とは言ったけどはっきりと否定はしていない。読者の思い込みを利用した技? 感服。他の短編もまた読みます。
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