6話 ここに居場所があるんだ
「ここは……どこ……?」
カリンは目を覚ましたが、体が動かない。かろうじて首だけ動かせたので左右を見渡した。両手が拘束されている。おそらく足も。そして見知らぬ部屋のベッドに仰向けに寝転がっているとわかった。
「私は、確かあのとき……」
カリンはレイジと勝負し、最後の1球を放ったところまでは覚えていた。ボールが炎と土煙を纏いレイジに向かっていき、ボールを跳ね上がらせた瞬間ゴーンという鈍い音が響いた、土煙が巻き上がっていたせいで、ゴールの瞬間は見えなかった。そしてその後の記憶がない。
「私はあの後……っ! 頭が……」
カリンは頭に鈍い痛みを感じた。手を頭をさすろうとしたが、やはり手は動かない。
「ようやく気がついたか。」
どこからかレイジの声がしたが、姿は見えない。カリンは体を起こそうとしたが、起こせない。手だけではない、やはり足も何かで縛られている。何とか首を回して周りを見てみると、手と足が手錠で拘束され、ベッドから動けなかった。
「なっ!? 何よこれぇ!? くっ……動けない……」
カリンは力づくで手錠をベッドから引き千切ろうとするが、鎖はびくともしない。
「お前がこれをやったのね。外しなさいよ。さもないと……」
「さもないと、なんだ? その状態で何ができるんだ? 術を使うための札を手に持つこともできまい。もっとも、お前の持っていた札は全部抜き取ってやったがな。」
レイジは手に持った札を見せびらかす。
「お前の体は全部調べさせてもらったぜ。にしてもお前、なかなかいいものもってるな。」
鍛え上げられた足の筋肉のことを言ったのだが、語弊のある言い方だというのはわかっている。
カリンは勝負をする前、負けたら好きにするといい。だが私は屈しないと言っていた。その言葉が、負けて恥辱に震える顔を見たいというレイジの好奇心をくすぐったのだ。
「なっ……!? 全部って……まさか……」
身体検査をしたと言っている以上、カリンが想像しているようなものを見たのも事実だし、そっちの意味でもそう言えたのも事実だ。
制服を着た状態でもはっきりとわかる豊満な胸。身長をはじめ何もかもが小さいトモエと並んで立つとなおさらその恵体が際立って見えた。さらについさっき直で見てみたが、これまた凄まじいボリュームだった。
褒めたのは足の筋肉であるという事実と、見られたくない部分は見ていないという嘘の両方を伝えないとさすがに彼女を傷つけてしまうと思ったが、本心としては勘違いしたまま羞恥心に耐え切れなくなる様を見る方が面白いというのがあり、顔を赤らめ目元に涙を浮かべるカリンを前に歯止めが効かなくなった。
「まあさすがは元ヤン、経験者ならではの魅力がある。」
カリンが想像していることを読み取ると、彼女は随分耳年増のようだ。必死に抵抗しつつ、心の奥底ではこの状況からの進展に期待しているのもお見通しだ。
「違うし! 私はまだしょ……未経験よ!」
期待通りの反応だった。
「お前は男たちに恐れられている一方で、その体を自身の欲求を満たすための道具としても見られているんだぜ。そいつらにこんな画像が広まったら、どうなるんだろうなあ。」
そう言ってレイジがカリンに見せたのは、意識を失ったままのカリンが四肢を拘束されてベッドに寝かされている、ついさっきまでの自分の姿だった。
「やめっ、やめなさいよ! そんなことしたら殺してやるんだから!」
カリンは暴れだしたが、拘束からは逃れられない。所詮無駄なあがきである。
「俺のアカウントで広めちゃうと犯人がばれちゃうから、お前の携帯使わせてもらうけど、ロックかかってんだ。暗証番号教えてくんね? まあ、教えてくれなくても適当に試してみるけどな。」
教えてと言って素直に教えてくれるわけがない。だからレイジは一言加えた。暗証番号、0822だけは偶然押しませんように、と願わせるように。
「こういうのってまず誕生日だよな。お前の誕生日は8月の……」
「わかった! わかりました! 私が悪かったです! だからお願い! お願いだから許してください!」
観念したのか泣いて懇願するカリンをこれ以上いじめる気にはなれなかった。
かつてレイジは自分が見られたくないところを写真に撮られ、今のカリンみたいに泣いて懇願したことがある。そんな願いも空しく、その写真はあちこちにばら撒かれてしまい、周囲からいじめられ続けた。その後元凶の連中をまとめて始末すると、その話題は段々と消えていった。
「わかったよ、冗談だって。それより、こいつらがヘキサフリートか。んでこっちは……お前もボーカルユニット組んでいるのか?」
ロックを解除しチャットのグループを漁っていたレイジは、どうも不良仲間ではなさそうな女子たちとの写真を、ホーム画面に設定していたのが気になり聞いてみた。
「そうよ。私の、大切な友達。皆と会わなかったら、きっと私は今頃……それと、ボーカルじゃなくてダンスユニットよ。まあ、自分たちで歌を作って、それを録音して使うこともあるけどね。なかなか難しいのよ。」
「ふーん。じゃ、そこに送るか。ほら、笑って。」
そう言ってレイジはインカメラに切り替え、2人が映るように撮ろうとした。カリンは突然のことに頭が混乱するが、レイジはすぐさま写真を撮り、そのチャット、長袖劇団に送信した。
「なああああ! 何してくれてんのよ!」
「それと、こっちには近況報告だな。」
そう言ってレイジはヘキサフリートの方に、カリンを返してほしくば海の家『月丸』に来いと送った。すぐさまメンバーの1人、茅場久遠からメッセージが届き、3分後に着くから準備していろと返された。
「ってなわけで、クオンってやつと勝負してくるからしばらく待ってろ。すぐに片付けてくる。」
さっきからカリンは状況についてこれていなかった。
長袖劇団の皆に自分の恥ずかしい写真が広まった。あの3人に限って拡散するようなことはないだろうが、『この人とはどこまでやったの?』とか、ついに大人の階段上っちゃったかーみたいなことを言われてからかわれるのは目に見えている。見知らぬ人に知られることはないだろうから、このことはもういい。
その次は、クオンと勝負すると言っていた。下手に勝負の誘いに乗ってしまったのがカリンの敗因だが、クオンはまずそんな誘いに乗せられたりはしない。彼女は暗殺者だ。一時の気の緩みが命の危機につながることをだれよりも知っている。実力も高く、先制の襲撃が決まれば間違いなくクオンが勝つだろう。
しかしここまで自分をコケにしたレイジには負けてほしくない。彼ならきっと、あの人にだって勝てる。そんな希望を抱いていた。
「レイジ!」
特に何も準備せず部屋を出ていこうとするレイジにカリンはあることを伝えようとする。
「大丈夫。あんたは絶対に勝てる。でもクオンはプロの暗殺者よ。くれぐれも注意して。」
「それと、ありがとね・・・私をここまで運んできたの、あんたでしょ?こんな重いのに、それもずっと歩きで。」
レイジは一瞬足を止め、再び歩き出す。
「心配無用だ。俺は、お前の力になるためにこの島に来た。」
本当はこのセリフはイブキに向けて言いたかったが、この状況に興奮してつい言ってしまった。
そして確信した。
ヘキサフリートとの戦いの中で、俺がこの島に来た意味を見出すことができると。
ドアノブを回しドアを開け、しかし外には出ず手でドアを軽く押し、勝手に開くのを待った。
次の瞬間、小さな黒い物体がヒュンヒュンとドアから侵入し、後ろの方でキンキンと金属の音がした。
もしあのまま部屋から出ていたら、この物体が体に突き刺さっていたにちがいない。
黒い影はカリンの両手両足を繋いでいる鎖を千切り、カリンはベッドから解放された。そしてその影が渦を巻き、1人の人間の形を作り上げた。そしてそこから、黒い薔薇の花を一輪、手に持った女の子が現れた。
彼女こそまさに、ヘキサフリートの一員、暗殺者のクオンだった。