5話 放課後の入団テスト
「それではこれより、小湊原高校三門玲司と、長袖高校久里浜華燐の試合を開始いたします。ルールは」「ちょっと! 今ながそで高校って言ったでしょ! ちょうしゅうよ、ちょ・う・しゅ・う!」
真剣勝負をしようっていうのにいまいち締まらない。レイジはこんな連中と関わっていると気が滅入りそうに思えた。
「ルールはPK3本勝負、万が一1球でも決めたらかりりんの勝ちでーす。」
「いきなりいい加減になったわね! それに万が一って何よ! 馬鹿にしないでくれる!?」
カリンはこの後『ヘキサフリート最弱の癖に!』と続けたかったのだが、彼女が気にしていることであり手がつけられなくなると面倒になるとわかっているからここはぐっと気持ちを抑えていた。
ヘキサフリートというのはこの2人が属するSランク6人衆のグループで、その中の最強がカリンであり、最弱がこの少女トモエであるようだ。
「お前も来たならちょうどいい。この勝負に勝ったら、お前たちの、ヘキサフリートの秘密を教えてもらおう。」
ヘキサフリート、というより彼女たちのような高レアリティの人間はこの島では有名なため、レイジが自分たちについて知っていることに疑問は抱かなかった。
「外部から来たばかりの癖に、ずいぶんと詳しいのね。こっちとしてもあんたにはたくさん聞きたいことがあるの。」
「俺に勝てたら教えてやるよ。俺の正体、そして……俺の目的をな!」
話が長くなると面倒になると思い、早く勝負を始めたいレイジは話題を軌道修正した。
レイジの狙いは自分がこんな勝負を仕掛けられた理由であり、そのためにヘキサフリートの情報を集めることだった。だからこの勝負、勝たなければならない。ただでさえカリン以外のヘキサフリートのメンバーが来たのは予想外だったのだ。決着をつける前にトモエの他に誰か来てしまうと、自分の情報がどんどん広まってしまい自分にとって不利になる。
「そうね。条件は対等のほうがいいわ。私が勝ったらあんたについていろいろ聞かせてもらう。もし私が負けたら、あんたの好きにしなさい。ただし、私はどんなことにも屈したりはしないわ。」
さすがはヘキサフリート最強といったところか。ただの喧嘩好きではないようだ。しかしこの勝負、負けるはずがない。
いくら蹴りに自信があるからといっても、ボールをまっすぐ蹴り飛ばすのは素人にはほぼ不可能な話。3回のうち2回はゴールの外側へ飛ぶだろうし、枠内に入ったとしても狙おうとしてるコースが読める以上確実にブロックできる。完全にカリンが不利だが、彼女は微塵もそう考えていなかったし、トモエに至ってはどっちが勝つかなんてどうでもよかったので優劣の状況を考えてはいない。どうせ自分はレイジに勝てるし、カリンには負けてもらった方が自分の評価の向上につながって得だとも考えていた。勝てるとしか考えていないが、その根拠は謎の自信のみのようだ。
正直レイジはトモエと勝負したくなかった。
心が読める力も望みを叶わなくさせる力も、何も考えていない相手には効果がない。ろくに情報のないまま勝負するのは、かなり危険だと考えていた。
「ああ、それでいいぜ。それじゃあ始めようか。」
レイジはカリンにボールを3つ渡し、ゴールの前に立った。コートの片側には大勢の観客、もう片側にはトモエが立っている。
「それでは、勝負、開始!」
トモエが合図した直後、カリンは思い切りボールを蹴った。
案の定、ボールは明後日の方向に向かっていった。
しかし次の瞬間、レイジは一切反応できず、気がついたときには既にボールが強くネットに食い込んでいた。レイジはこの瞬間、何が起こったのが理解できなかった。
レイジはカリンが蹴る前からコースは読めていた。カリンから見て右上、即ちレイジの左上を狙いに定めていたが、どうせ外れると読み、一切動かずボールを見送ろうとした。案の定ボールはその方向に、さらに大きくコースを逸れて飛んでいき、トモエの元へ一直線に進んだ。トモエもまさか自分のところにボールが飛んでくるなんて思ってもいなかった。にも拘わらず、反応したトモエはすぐさまバットを振りボールを打ち返した。そしてそのボールが、レイジの頬を掠めゴールへと突き刺さったのだった。
「ゴール! よってこの勝負、かりりんの勝利!」
「待て待て待てい!」
これで勝負がついたことにするトモエにレイジは抗議しようと彼女の元へ向かった。今の1球は無効だと言い張ろうとしたが、突然頭にバットが振り下ろされ、体を地面に叩きつけられた。
「うるさい! 審判の私が正しいの! ったくあんたは口だけね。全然大したことないじゃない。私の敵じゃないわ。こんなのを入団させようとしてるわけ!? かりりんもなんか言ってみたら? あんたこんな奴に舐められていたのよ!?」
「この状況でボールをぶつけようとした私に怒りの矛先を微塵も向けないあたりあんたはすごいわ。でもこんな形で私は勝ったと思いたくないの。だからこの勝負は無効。また日を改めて、同じ条件で勝負しに来るわ。今度は正々堂々、1対1で勝負しましょう。いつまでもよその学校の敷地内にお邪魔してるわけにはいかないわ。帰るわよ、トモエ。」
何も構えていない状態で、脳天に木製バットが直撃した以上、すぐには起き上がれないだろう。今日はもう勝負を続けられないと思い、撤収しようとしたカリンはその直後、急に悪寒を感じた。
「待てよ。まだ勝負はついていないんだろ。」
声のした方を振り返ると、手をついて立ち上がろうとするレイジがいた。頭からは血を流し、ふらつきながら立ち上がったレイジはカリンの方を向き、勝負の続行を求めた。
「その状態で勝っても納得いかないけど、そこまでやる気なら仕方ないわね。」
1球目は失敗、2球目から再開ということで、勝負を続行することとなった。
「それと1ついいかしら。能力の使用は禁止されていないわよね? なら次からは遠慮なく使わせてもらうわ。」
さすがに1球試したところでボールのコントロールは身につけられない。だから能力を使うことにするという要求だった。
カリンの能力は炎の幻を操ること。
手に札を持ち術を唱えることで、ドライヤーの温風程度の熱さの偽物の炎を生み出す。強い熱エネルギーこそ持っていないが、強力な風を巻き起こすことができる。
その風の力を利用してボールの軌道を捻じ曲げ、風に乗せて威力を増強させる。これが彼女の狙いだ。
これなら仮に止められても、レイジごとその風でゴールの中に吹き飛ばせば、カリンの勝利となる。となると、必要なのはコースの読みではなく、ボールの勢いを殺すことだ。考えている時間はない。今できることに賭けるしかない。レイジは右手をズボンのポケットにしまい、左手を正面に突き出した。
カリンはレイジの奇妙な態勢に疑問を感じた。どこに打たれても反応できるような構えをとっているのではなく、正面にきたボールを、それも片手で止めようとしているように思える。これなら四隅を狙えば確実に決まるのだろうが、これは彼の罠かもしれない。そう感じたカリンは、彼の構えているところ、ゴールの中心めがけてボールを飛ばすことにした。
「いくわよ! 受けなさい!」
そう叫ぶとカリンは比較的真っ直ぐ飛ぶように先ほどより幾分か弱めにボールを蹴り、すぐさま術を唱えた。風が起こりボールの軌道を修正、そして加速させた。
レイジは突き出していた左手で抑え込む。徐々に押されていくが、カリンは術を弱めずそのまま押しきろうとする。ボールに押され、レイジの左手が震え始める。
今にも体ごと吹き飛ばしゴールに入るところだったが、突如激しい音が鳴り、ボールが炸裂した。潰れたボールは大きく浮かび上がり、風に流されゴールの上を越え裏山まで飛んでいった。
「残念だったな。2球目も失敗だ。」
レイジはそう言い放ち、勝ち誇った顔を見せた。
「ボールの耐久力は想定してなかったわ。まったく、やってくれたわね。なら次はこれよ!」
すぐさま最後の3球目を放つカリン。先ほどと同様風で軌道を正面に向けたが、今度は地面をえぐりながらボールを飛ばしてきた。これなら受け止めずらいし、仮に弾いてもゴールを飛び越えることはないと考えていた。炎に加え土煙が起こり、ボールが見えなくなっている。
力づくで抑えようとレイジが体をかがめたのを見計らい、カリンは風を斜め上に巻き上げた。跳ね上がったボールはレイジの腹に直撃し、レイジの体を持ち上げた。これはまずいと思い、レイジはカリンの方を見て悪夢の瞳を使おうとしたが、炎と土煙があってカリンの目がよく見えない。
レイジはそのまま吹き飛ばされ、ゴールの中に押し込まれた。同時にゴンという鈍い音が響き、その少し後に今度はバーンという高い音が響いた。
グラウンド上には土煙が広がっている。
炎は既に消されていたが、能力で生んだものではない自然の土煙はすぐには晴れない。トモエやヒカリをはじめとする観客たちは固唾を飲んで煙が晴れるのを待っていた。
レイジは体を起こした。しばらくして煙が晴れ状況が判明したが、なんとも不可解な光景が広がっていた。
ゴールの中にはレイジ1人だけ。ボールはどこにもなかった。
辺りを見るとゴールの少し手前をボールが転がっており、そのままゴールポストの外側を通りコートの外へ流されていった。
そして正面を見ると、何かが倒れている。よく見るとそれはカリンだった。レイジはこの状況を何一つ理解できず、他の人も誰として理解できていなかった。覚えているのは2つの音。おそらくボールが何かに当たった音だろう。レイジはゴールポストを見上げ、上部が汚れていることに気づいた。1回目の音はおそらくゴールポストに当たった音、2回目の音はこの状況を見る限り、カリンに当たった音だろう。完全に気を失っているようだ。
レイジはトモエの方を見て勝敗判定を確認しようとするが、トモエは青ざめた顔をしていた。
「うそ……かりりんがやられた……私は、私は……」
レイジが呼び掛けても反応がない。しかしその直後、トモエは我に返った。
「な、なかなかやるじゃない。でも、その状態じゃ私と戦うってのは無理そうね。いや、無理ね。というわけで、さらば!」
言い切ったと思いきやすぐさま駆け出し、遠くへ行ってしまった。その直後、歓声が沸きあがった。
「おおーっ、すげぇー! あの久里浜華燐を倒した! あいつは何者なんだ!?」
自分でもよくわからないが、レイジの実力は皆に伝わったようだ。
とりあえずはこの勝負に勝利、約束通りカリンには情報を吐いてもらうとしよう。最終下校時刻も過ぎており、このままカリンを残しておくわけにはいかなかったので、ボールが額に当たり気絶している彼女を背負い、下校することにした。