4話 類友ってやつか
「もう、すっごい恥ずかしかったんだから。」
ふてくされるヒカリに、レイジは笑いを堪えながら謝罪する。
教室での一騒動が終わり、身体測定に向かう2人は既に打ち解けあっていた。
身長、体重、視力など、いたって普通の検査が続いたが、最後にレアリティ審査というものがあるようだ。
生まれもった才能や努力して身に付けた実力などを基に、1人1人を7段階に分ける、それがランク審査である。測定はいたって単純なもので、専用のヘルメット型デバイスを被り、数秒じっとしているだけで終了した。測定の間に何かが起こったというわけではなく、視界は真っ暗、音も振動もない状態で完了したが、どうもこの島では重要な検査のようだ。定期的に検査をし、ほとんどの人は変化が起こらないがまれに突然評価が急上昇する生徒がいる。最高クラスであるS+は全体のわずか0.0025%、平凡クラスのFは全体の99.75%程となるように、定期的にボーダーがずれている。結果は即出てくるが、自分のものしか出ず学校や地域の散布図は出てこない。成績に影響を及ぼすことはないらしいが、評価は高いにこしたことはないだろう。
「Bランクかあ……レイジはどうだった?F? それともE? でも、百人中九十九人はそれくらいだし、成績には影響しないから気にすることはないよ。私はBだけどね。」
レイジは自分の診断書を見返す。遠まわしに自慢してくるヒカリを見返してやるには十分な評価だと思う。レイジは自分の記録を見せつけつつ、今のヒカリの腹立たしい表情をそっくり真似して言い返した。
「Sランク。まあ、こんなものかな。俺は特別な人間だし。」
トップの階級ではないとはいえ、この学校では1番高い階級の可能性もあるため、レイジは完全に調子に乗っていた。案の定ヒカリは驚き顔だった。
「ええっ! Sランク!? あなたそんなすごい人なの!? へぇーっ。」
俺がすごいのは百も承知だ。だからこそこの階級には何の意味があるのかを聞きたかったが、ヒカリは何も知らないようだ。
ヒカリ自体この学校に知り合いが少ないため、この学校にS+ランク等がいるのかも知らないようだ。階級の価値は知らないが、階級の高いものは問題児や著名人が多いらしい。他校の生徒で、少人数で年上の不良大勢を相手し大騒動を起こしニュースになった者、そしてヒカリと同じ学生アイドルで、絶対的な人気を誇り、彼女の憧れでもある新宿香李はSランク以上だそうだ。レイジは彼らのことは知らないが、階級が高ければ有名になる可能性が高い。
注目されるのはやぶさかではないが、ドリームアカデミーから留学、あるいは転校してきた学生がいることを考えると、新日常生活を楽しむためには自分の存在は広まってはならない。少なくともこの学校に1人いるのは確かなので、このことはヒカリと2人だけの秘密にすることにした。
「いいか。このことは俺たち2人だけの秘密だ。絶対に他の人に話すなよ。」
ヒカリの両肩を掴み、レイジは顔を近づけて諭すように言った。
「わかった、わかったから、近い、近いって……」
数日後、部活動の仮入部期間が始まった。レイジはどこかしらの部活に入ろうとしていたが、特技と呼べるものはないのでどこに入ろうか悩んでいたが、ヒカリはバドミントン部に入ろうとしていたので自分もそこに入ることにした。バドミントンはやったことがなく、なかなか当てることができないが、今年は同期も多いと聞き、何人かクラスメイトもいるので楽しくやっていけそうだと思っていた。
日曜日。練習が終わり片づけをしている最中、体育館に1人の少女がやってきた。
「うちの学校の制服じゃないよね。」
「あの人、確か……」
他の人が考えているように、彼女は長袖高校の1年生で、元ヤンで有名な久里浜華燐。レイジと同じ、Sランクを与えられている。そんな彼女がここにやってきた理由は、たとえ心が読めなくてもわかりきっている。
「お前、俺と勝負しに来たんだろ?」
カリンの元へ向かったレイジはこう言った。
「その通りよ。よくわかってるじゃない。終わるまでは待っててあげるから、今のうちに作戦でも考えておきなさい。」
口では言わなかったが、彼女の仕掛ける勝負など1つしかない。
喧嘩だ。
部活を終え帰宅途中で突然蹴りにかかる。そのときのレイジの対応を見るのが今回の目的のようだ。
レイジは喧嘩に弱いわけではないが、物理的な痛みより精神的な痛みを与えるのが好きなので、この襲撃をどう流すか考え始めた。
片づけが終わり、外で挨拶をして解散の指示が出るまでの一瞬に、レイジは『よろしく』の一言を残しヒカリに鞄を押しつけ走り出した。不意を突かれたカリンは全速力でレイジを追いかける。カリンも学校帰りのため鞄を持っている。走力は彼女に軍配が上がるも、鞄を抱えた状態で手ぶらのレイジを捕まえに走るのは困難だった。
敷地内を走り回るレイジは、もうすぐ部活帰りの美術部の集団が渡り廊下を横切るのを読み、一気に駆け抜けた。後れを取っていたカリンは渋滞に引っかかり、集団を飛び越えたときには既に彼を見失っていた。
その隙にレイジはグラウンドへ向かい、すでに片づけを終え帰宅準備をしているサッカー部の顧問、部長と交渉を始めていた。
カリンはようやくレイジを見つけ彼の元へ走り出すが、レイジは両手を前に出しストップの合図を出した。
「お前が喧嘩に強いのはよくわかってる。でもこれはただの力勝負じゃなくて上位ランクを冠する者同士の勝負だろ。もう少し穏便にいこうぜ。俺はお前をケガさせたくないんだ。」
喧嘩で勝負するとお前は返り討ちにされるからやめておけと言われたも同然であり、カリンの怒りはピークに達した。
「私は喧嘩しか取り柄がなく、しかもそれも私のほうが弱いって言いたいわけ!? 冗談じゃないわよ! 喧嘩だろうとそれでなかろうとあんたなんかボコボコにしてやるから覚悟しなさい!」
「そこで提案なんだが、お前、PKってできるか?」
PK、すなわちペナルティキック。静止したサッカーボールを1回だけ蹴る、それが入るか止められるかの、キッカーとゴールキーパーの1対1の勝負だ。
今回は3回ボールを蹴り、1回でもゴールが決まればカリンの勝ち、1回も決まらなければレイジの勝ちというルールでの勝負にしようと提案した。
「上等じゃない。ボールごとあんたを吹っ飛ばしてあげるわ。」
サッカー未経験者とは思えない自信過剰っぷりだ。一層負けて悔しがる顔が見たくなった。
「でも、よくそんな提案認めてくれたわね。部の道具を勝手にお借りしてすみません。」
カリンはサッカー部の人たちにお辞儀をした。元ヤンの癖に礼儀正しいのだと少し驚いたが、正直そんなことはどうでもよく、交渉成立させた自分の力を認めてほしかった。
「これが俺の、この学校での地位ということさ。」
「今すぐに恥をかかせてあげるわ。この大勢の前でね。今更逃げようとしても遅いわよ!」
放課後練習のあった部活に、仮入部含めて加入している生徒が大勢集まってきていた。その中にいたヒカリは、さっき約束したばかりなのにSランクということが知れ渡ってもいいのかと不安そうに見つめていたが、こうなってしまっては仕方ない。
そこで見ていてくれ。俺の最初の戦いを。そんな風にアイコンタクトを返し、改めてカリンと向き合った。
「あっ、いたいたー! おーい!」
校門のほうから女子の声がした。
「かりりんまだやってるの? とっくに返り討ちにされたかと思ってたのに、私の出番はまだだったかー。」
どうやらカリンの仲間のようで、彼女もSランクのようだ。グローブをはめた木製バット、黄色い野球帽が特徴的な、顔のやかましい少女。
レイジは直感した。高ランクに問題児が多いこと、そして自分もその一人だということは、間違いなくこれからの彼の日常に平穏という言葉なんてないのだということに。