3話 見てるだけで痛々しい
桜並木を歩く、真新しい制服を着た学生たち。
ついに今日、小湊原高校の入学式を迎えた。3週間ほど前にこの島に流れ着き、紆余曲折を経て新生活をスタートしたレイジはこの日を待ち望んでいた。
昨日までの春休みは特にすることがなく、周囲の施設を把握するためと言って辺りをぶらつくくらいしかしていなかった。同い年のイブキがライフセーバーとして仕事やトレーニングをしているのに家でグダグダしているのは居心地が悪いから、何をしているか他の人にはわからなくするために1人で外出することが多かったのだ。
しかし学校が始まれば授業があるし部活だってある。少なくとも今のアクティブニート生活からは脱却できるため、イブキに引け目を感じることもなくなる。新しい出会いもあれば、新しい居場所も見つかるかもしれない。
正直に言うと、レイジはイブキのことが苦手だった。
大企業、三門グループの御曹司であり、卓越した頭脳をもつレイジは、昔から皆の憧れであり妬みの対象でもあった。さらに悪夢の瞳が偶然宿ったというのも相まって、レイジは自分を特別な人間だと思い込んでいた。
たとえ自身の身分や能力を明かしていなくても、自分には特別なオーラがあり誰もが自分に興味を持つものだと思い込んでいたために、イブキの無関心さに調子を狂わされた。レイジはイブキに認めてもらうことを諦め、新たな出会いに期待していた。
式が終わり、新入生はそれぞれの教室へ向かう。ここが新たな学び舎であり、新たな交流の場でもある。座席は生年月日順で決められており、6月生まれのレイジは教室の中央やや右よりの席だった。なんとも中途半端な位置であり、窓際の席じゃないというだけで平凡な人間に思えてくる。
さらにもう一つ問題があり、通う学校は地域ごとに決められているため中学までに知り合っている生徒が多いのだ。レイジは当然誰も知らないし、誰もレイジを知らない。せめてイブキが同じクラスだったらと思ったが、どうせ相手してくれないに決まってる。誰も彼を知らないのは好都合だったが、既にここまでグループができてしまっていると友達を作るどころではない。ぼっちにはなりたくないと焦る彼は、自分と同じ状況に置かれた学生の心の声を探した。
すぐ近くで心の声がした。家の位置的に通学区域が中学と高校で異なるため、中学の仲間と離れてしまった生徒がいた。辺りを見回してみると、声の主は自分の前の席の女子だった。女子とはいえ、これは好都合だと考え、レイジはその女子に話しかけてみた。
「なあ。君、ヒカリさん、だよな。蒼の月光の。」
彼女はボーカルユニット"蒼の月光"を組んでおり、そのメンバーは中学までの仲間のようだ。話しかけるきっかけとして、もともと何も知らないのにあたかも知っているかのようにふるまったのだが、ヒカリは完全に信じていた。自分のことを知っている人が、それもこんな近くにいてくれて嬉しかったのか、奇妙な挨拶が返ってきた。むろん本音は心の声としてバッチリ聞こえている。
「ふっふっふ……禁忌とされし我が二つ名を知ると申すか……貴様、もしや異世界より呼ばれし勇者か。」
(私のこと知ってるの? 良かったー。独りぼっちじゃなくなったのも嬉しいけど、私たちをユニットとして知ってくれているなんて! もしかしてファン!? 握手とかサインとかお願いされたりして! ああどうしよ!? サインなんてまだ決められてないよー。)
どうやらヒカリは、もしクラスメイトが誰も自分のことを知らなかったら高校ではこのキャラでいこうと思っていたようだが、動揺のあまり普通の自分の言葉で話せず作ろうとしていたキャラで話してしまった。このまま親交を深めると落ち着きを取り戻し、元の普通なキャラに戻ってしまうと思われる。せっかく面白そうなキャラになろうとしてくれているのだから、もう少しだけ堪能してみようと思った。
「へえ。俺をこの世界に呼び出したのは君か。一見普通の少女だが、俺は感じるぞ。君の両手に宿る、摩訶不思議な力を。」
自分に乗ってくれたのが嬉しかったのか、調子に乗って普通のキャラに戻るのを忘れたようだ。無論今自分たち2人が周囲から引かれているのも分かっている。だからこそ彼女が我に返ったときどうなるかが見たくて仕方がなかった。しばらくは訳の分からない会話を続けていると、担任が教室の入り口に近づいているのに気づいた。そのまま会話はクライマックスに突入し、お互い必殺技を発動しようとしているところだ。
「我はこの手で歴史を刻む……括目せよ! ビギニング・オブ・フィナーレ!」
ヒカリが叫んだ瞬間教室のドアが開き、担任が入ってきた。我に返ったヒカリは恐る恐る後ろを向き、担任と周囲の視線に気づくと固まり、赤面した。はっとレイジのほうを見るといつの間にか席に座り、あたかも自分は無関係だとアピールするようにふるまっていた。ヒカリの高校デビューは、入学初日の3分で終わりを迎えた。