2話 とんだ災難だわ
彼女に言われてみて気づいた。確かに、レイジの知る限り高校に入学するにはまず入試を受けなければならない。
一応レイジはドリームアカデミー高等部への入学が決まっている。学校側としては何としても入学、というより合格を阻止したいところだったが、そんな願いは叶わず彼の入学は決定した。けれどもまさか、街から出て別の高校に通うことになろうとしているとは街の誰もが思いもしていなかっただろう。
話を戻すと、とうに一般入試も終わり、既に全員進路が決定している時期だ。そんな時期に突然入学できる高校を探していますなどと言っても対応してくれるわけがない。とりあえず希望としては、この同い年の少女の春からの進学先である小湊原高校に入学したいところだが、今からでも受験させてもらえないだろうか。
しかしそんな悩みはすぐに解決した。
彼女の心の声が聞こえたことによって。
(この島は一部の中学校、高校を除いて受験なんてものはないから、住民票があれば引っ越してきてすぐ最寄りの学校に通うことはできる……でもこんな得体の知れない男と同じ高校なんて絶対に嫌だし。私の家に住むなら当然私と同じ学校になるし、うまく言いくるめてこいつには出ていってもらわないと……)
「でもこの島って公立校は受験なんてないんだろ? 住民登録して、ちょこっと書類書いて出せばいいんじゃねえの? お前の進学先の小湊原高等学校に。」
彼女の心の声を基に、レイジの理想通りに、言い換えれば彼女にとっての最悪の事態になるように事を進めようとした。
考えていることを全て見透かされ、挙げ句の果てに自分が想定していた最悪の局面にもっていかれようとしていて、彼女の頭の中は完全にパニックを起こしていた。
「よく知ってるなあ。せっかくだし一緒の学校に通えよ。他の学校に通わせるのはなかなか面倒なことになるし。」
彼女の同業者の男の1人が提案に乗ってくれた。
この島では、原則通う小学校、中学校そして高等学校は地域ごとに決まっている。この地域に住んでいるならこの高校に通わなければならない。だから同じ家に住んでいれば必然的に同じ公立高校に通うことになるし、違う高校に通わせるのも面倒な手続きをしなければならないのだ。
「そんなことより、なんであんたは私のことを知ってるの!? というより、私の考えてることが分かるの!?」
レイジは自慢気に答える。
「ああ、俺はお前が考えていることなら何でも分かる。同じ学校に来てほしくない反面、高校での知り合いができると安心できるから来てほしいと思っていることもな。」
前者は本音だが、後者は完全に捏造だ。しかし彼女の本心が分かるのは彼女自身とレイジ以外にはいないので、レイジが本心だと言い張れば周りはそれを信用する。これに関しては本人が否定したところで、照れ隠しとしか見られないのだから。
「そうかそうかー。実は不安だったんだよ。イブキに友達ができるのかが。」
「そうよ。これも何かの縁だし、仲良くしてみたら?」
「彼を放っておくわけにもいかんだろ。少し片づけるだけで部屋も空けられるし、問題ない。ちょっと学校についてきてもらうことにはなると思うが、だいたいのことは任せてくれ。」
レイジの言葉を聞いた同業者3人は、もう完全に彼を受け入れていた。これで事は決まったも同然、外堀も埋まったし、新しい学校生活はもうすぐだ。
「もう……わかったわよ。でも、ただで居候させてもらおうなんて思ってないでしょうね。」
実はイブキ自身、この3人とは何の血縁関係もない。
数年前、イブキはこの海岸のライフセーバーになると決意して以降、この人たちと共に暮らすようになった。つまり、彼女もまた居候だったのだ。何か大きな目的をもって居候している身としては、ただ生活するために居候する者が気に食わないのだ。お金を多く払う、なんて答えたところで認めてもらえるとは思えない。しかし居候はお盆の時期までの5か月ほどであり、そもそもここに来たくて来たわけでもないので、彼女の納得いく答えを出せるはずもなかった。それでも、この答えが彼女の心に響き、自分を信じてもらえるようにするために、レイジはある答えを出した。
「もちろん。だから俺は、お前の力になってやる。」
時刻は深夜2時。話は終わり、海の家を出た一行はアパートに着いた。
一般的な一軒家があり、行き先は隣の小さなアパートだ。本来は同業者の男の1人が妻とともに暮らしていて、そこにイブキは居候している。他の2人はアパートの住人なのだが、こんな時間にお邪魔するのは迷惑だという理由で、今夜はアパート暮らしの同業者の男の部屋と女の部屋に男女別れて泊まることにした。
女性陣はすぐに眠ったが、男性陣は一晩中話をしていた。お互いの街についての話から始まり、話が済んだらトランプや人生ゲームなどをやり始め、また別の話を始める。
レイジ自身夜更かしには慣れているので、一晩中起きているくらい余裕かと思っていたが、こんなに長く人と話していたことがなかったのと、3時間近く海を漂っていて体力を消耗していたため、夜明けの直前になって3人揃って熟睡を始めてしまうのだった。
インターホンを鳴らす音がする。目を覚ました同業者の男は、泊まりに来ている2人を起こし、ドアを開けた。起こしに来たのは隣の部屋に住む同業者の女で、あまりの朝寝坊に呆れた様子だった。ようやく目を覚ましたものの寝ぼけているレイジは女を見て、イブキはいないのかと尋ねた。
「もうとっくに出ていったわよ。一度家に戻って、もう海でトレーニングしてると思うわ。」
イブキが寝る前に考えていたことは本当だったようだ。朝早くトレーニングをするから、夜更かしはしない。そう考えていたのだ。レイジは彼女より先に起きて、『寝坊助だな、そんなんでライフセーバーが務まるのか?』なんて茶化そうとも思っていたが、結局寝坊助はレイジだった。
力になる、そのために俺は居候としてここにいる。なんて言ってしまったが、イブキはその後一切レイジに頼らないし、レイジが手伝えることもない。完全な食っちゃ寝状態のまま、彼の春休みは終わってしまった。