プロローグ 悪夢の瞳をもつ少年
3月16日、卒業式を終えた中学生たちは夕方、クラスの仲間と集まり打ち上げに行こうとしていた。店に向かう途中、クラスのほぼ全員の目に彼の姿が映るが、皆すぐに目線をそらす。
彼、レイジは学生が自身の夢を叶えることを目的に創られた学校「ドリームアカデミー」の生徒だった。しかし数年前に彼に突然宿った力、目が合った者の夢や願いが叶わなくなる力のせいで、他の生徒や保護者、そして教師からも敵意、殺意を向けられていた。
彼は在学中何度も学校から追放されかけているが、追放したいという彼らの願いが叶わなくされているために、彼は追放されず学校に通い続けていたのだ。集団暴行や体罰等を受けて大けがをし、時には殺されかけてもいたが、この力があるために彼らの殺したいという願いは叶わず、死のうにも死にきれずかろうじて瀕死で持ち堪えてきた。一方で彼によって夢を奪われた生徒も多く、彼に見られ、力を使われたことによって夢を諦めざるを得ない状況に陥り絶望、時には命を落とす生徒も現れた。
そんな彼に友達がいるはずもなく、今までも、そして今も攻撃され、果てには無視されることが大半だった。
彼らがレイジを見たのはこのときが最後。ある生徒の話によると、黒い服を着た男2人に路地裏に連れていかれるところだった。彼は抵抗しているようには見えず、誰も通報しなかったという。
「おまえは我々に協力してもらう。」「世界を支配するために、貴様の力が必要なのだ。」
路地裏を抜け、真っ暗なビルの屋上にレイジを連れ込んだ2人の男は拘束された彼とともに小型ヘリコプターに乗り、そう言った。
今度は拉致か。爆破するか、それとも墜落させてしまおうか。まったく動揺しないレイジはこう考えていた。どのみち彼が行動せずとも、男たちの目を見て力を使えば勝手に何らかのトラブルが起こり彼は脱出に成功する。暗闇の中、黒いサングラスをかけた程度で彼の力は防げない。脱出できる、つまりレイジの勝ちが確定しているこの状況に何も興奮しない彼は、いかに派手なことをして満足するか、自身の力をアピールするかを考えるようにもなっていた。
気がつくと今は一面の海の上空を飛んでいる。とうに日が暮れていたのだ。
彼は決めた。今回は3人でスカイダイビングをしよう、そして海から陸に上がるまでのサバイバルをしようと。
「なあ。」
レイジがついに言葉を発した。
驚きのあまり運転中にもかかわらず振り向いた2人は彼と目を合わせてしまう。彼は一度目を閉じた後大きく目を開き、こう言った。
「サバイバルゲーム……しようぜ。」
次の瞬間ヘリコプターが爆発し、2人の男は外に放り出された。レイジも縛りつけられた座席とともに、海へ向かって落ちていった。男たちは懐からとっさに銃を取り出し発砲するも、彼の体をかすめる程度で、むしろ銃弾によって拘束具が破壊され彼は手足が自由になった。
1人の男がレイジにしがみつく。このままだと間違いなく死ぬ。しかし彼はどうやっても必ず生き残る。ならば彼と運命をともにすれば、陸にたどり着けるかもしれない、生き残れるかもしれない。そんな男の意思を見透かしたか彼は不敵に笑い、持っていたサバイバルナイフで男の腕をおもいっきり突き刺した。悲鳴を上げ苦痛に歪む男の顔、しかし助かるためにレイジの腕を離すわけにはいかない。もう間もなく水面に体が叩きつけられることになるが、男は腕を放そうとしなかった。
レイジは不満げな表情を浮かべ、すかさず男の喉にナイフを突き刺した。殺されるか死ぬかのどちらかが待っているのなら、お前も巻き添えにしてやる。このくらいの意思をぶつけてほしいと思っていた彼は、しがみつき幸運を祈ることしかできない男の臆病っぷりに失望したのだ。もう1人の男は何もしてこないまま水面に叩きつけられた。
彼はもう、何一つ期待していなかった。どうせ海から再び顔を出すことができるのは、彼だけだとわかっていたのだから。ほぼ同時に3つの水しぶきがあがり、静寂な海の真ん中で、パーンと高い音が響き渡った。
「……ねえ! あなた大丈夫? もしもし! もしもーし!」
かすかに聞こえる声、目を開けるとぼんやりと映る光、そして何者かの必死の思いに気づき、レイジは意識を取り戻した。
真っ暗な空に1つの懐中電灯の光、レイジに必死に声をかける1人の少女。彼女のとっているメモからわかったことがある。それは、彼が意識を取り戻した今この瞬間の時刻は深夜0時ちょうどだということ。そしてこの場所が彼の知らない、誰も彼を知らない街だということ。
3月17日深夜0時、レイジの目覚めと同時に、彼の新たな物語が始まりを迎えた。