同学年のあの子は魔法少女
『魔法少女がいる世界で』第2話になります。今回も1話同様日常パートの話になります。
京は優しい性格の持ち主です。(作中では描写していない気がしますが)同時に彼はものぐさで面倒ごとは早めに終わらせたいという心も内にあります。妹である光や友人の秀一はその事を理解しています。
そして同学年のあの子はすぐに彼の優しさに惹かれることになります。
壁やコンクリートの床を楽器のように鳴らし、それに合わせてカエルの合唱が木霊する。梅雨の終わりに相応しい、コンサートのフィナーレを飾るかの如く激しい雨が降る。ジャージ登校が許されているとはいえ、こんなにも強い雨ではすぐ風邪をひいてしまいそうだ。
今は秀一の家に迎えに来ている。昨日の約束を守ってもらうためだけとはいえ、半引きこもり状態の友人を雨の中を歩かせて学校まで行かせるのは酷なのだろうか? とりあえずインターホンを鳴らす。女性の声が聞こえる。たしか親子3人暮しだったはずなので、消去法としては秀一の母だろう。随分と明るい口調で出迎えの言葉がインターホン越しに伝わる。秀一が友人と登校するからなのだと思うと、母の苦労は想像に難くない。
秀一が玄関で伝えたいことがあると言っていたため、そのまま待つことになった。インターホンが直される音が聞こえたのと同時に、玄関が開き秀一の姿が見えた。
「約束はしたけれども京殿、今日はお断りさせて頂くのでございます」
「約束を反故にする友人なんて、俺の記憶にないぞ」
「んー厳しすぎるぞ京殿。不肖この秀一、時計の短針が1周するまでに制服に着替えてきますぞ」
「出来れば長針が1周も回らない時間で着替えてほしいんだけどな」
秀一といるとどうしてもツッコミに回ってしまう。これも幼馴染みの宿命なのだろうと思うと諦めざるを得ない。
5分経つと秀一が玄関から出てくる。こんな雨なのにしっかりとブレザーを着ている。
「お待たせしましたな京殿」
傘立てから大きめの黒い傘を取り出して広げ、門を開ける。閉まったことを確かめてから並んで歩く。学校までの10分間は車が来ない限りはこのまま雑談をするだろう。始めに秀一が俺の妹の活躍について褒めていた。どうやらネットニュースに載るようなレベルの事だけではなく、地域清掃や一人暮らしの老人の手伝いも時々している事を俺に話した。地域の新聞や家族からよくこの話を聞くと言っていた。全国紙の契約で両親は共働きのため話す機会がない俺にとっては新鮮味と安心感が湧いていた。
突然、右肩が何かにぶつかる。どうやら校門付近の交差点で俺は人に当たってしまったようだ。俺はぶつかった先を見る。女子生徒が尻餅をついていた。髪は白く、後ろに束ねて一つにまとめてあり、肩甲骨まで伸びている。肌は薄く日に焼けたような色をしており、琥珀色の目は吸い込まれそうな、宝石のような美しさがある。女子生徒は何事も無かったかのように両手で体を起こして傘を拾っていた。
「ごめん、前を見てなくて」
俺の謝罪に対する返事なのか、何も言わずただこちらを一瞥して校門に向かって歩く。案の定、女子生徒のスカートや袖は濡れていた。
「やー京殿、大変なことになりましたな」
「学校内の女子の評価が下がることか」
「いや、それは分からないけど別の事ですな。彼女は矢凪雷。魔法少女名は『トール』、魔法少女の中でも高い実力を誇る人物ですぞ」
冷や汗もしくは雨粒が俺の頬を伝う。魔法少女の中には魔獣相手ではあれ命を奪う者もいるからだ。昨日のニュースに取り上げられた魔法少女たちのように。
「もしかして、目を付けられたとか」
俺は思わず彼女、雷が倒れた場所を見ていた。ふと、銀色に輝くものが目に映った。
「いや、それは大丈夫ですぞ。トールは我々と同じ年齢にも関わらず全国レベルで知れ渡っているゆえ、目立つ行動は避けるはずですぞって、一体どうしました京殿」
少し歩き、屈んでそれを手に取る。どうやら鍵のようだ。チェーンも何も付いていない、ただ冷たさが手に伝わる。
「京殿。どうかされましたか」
秀一の二度目の声掛けにようやく応じた。俺は鍵を見せた。おそらくぶつかった時に矢凪さんが落としたものだと言った。
「これ、届けようと思うんだけど」
すると秀一は胸ポケットから赤色のミサンガのキーホルダーを取り出し鍵に付ける。
「どうしてわざわざ付けたんだ?」
ただ一言謝って返そうと思ったのだが。そう言おうとした時、秀一が得意気に話し始める。
「やや、こういう時京殿は簡素に終わらせようとする癖があります。それでは人付き合いの悪さは改善されないですぞ。こちら側に非がある時は謝るだけでなく+αがあると良いのです。今回は我輩からのチュートリアルということで、これを添えて渡すと良いですぞ」
やけに饒舌な秀一を見て面食らうが、友人の助言は素直に聞くとしよう。
「ありがとうな秀一」
「まあ、あと5分でチャイムがなるはずでござるから、我々は走った方が良いと思われます」
スマホを手に取り確認する。8時45分という表示が大きく画面に映る。俺と秀一は慌てて走り学校へ向かった。
時刻は12時10分。昼休みの時間だ。俺はクラスメイトから聞き出し矢凪さんがいるクラスである3年3組へと向かった。
大きく開いている引き戸からクラスを見渡すがどこにも見当たらない。思い切って聞いてみるが誰もが口を閉じる。それどころか矢凪さんの悪口をいうクラスメイトもいた。バケモノ呼ばわりする者やクラスにいない方が血なまぐささが消えてせいせいすると邪険に扱う者もいた。誰にも見えないように握りこぶしを作り俺は怒りを抑えてその場を離れた。
俺は頭を冷やすため屋上に続く階段を上がる。誰もいないだろうと踏んだからだ。
だが探していた人物がそこには居た。屋上の扉が見える位置に矢凪さんは階段をイスにして座っていたからだ。服装はジャージである。あの時に濡れた制服は乾いていないのだろう、そう思うと本当に悪いことをしてしまった。
矢凪さんは俺を見ても気にすることなく昼食を食べていた。コンビニで買ったサンドイッチを小さい口で少しずつ食べていた。俺はその様子を見ながら隣に座る。
ただ、どうやって話を切り出せばいいか分からず、雨の音だけが耳に残る。話し掛けたのは矢凪さんの方からだった。見ると食事も終わっていた。
「あなた、何者」
抑揚が無く、ボソボソと小さい声。矢凪さんは俺に質問する。
「何者、て言われても答えに困るけど、俺は新田京。3年7組だよ」
矢凪さんの方を見ると、下の踊り場をじっと眺めている。目を合わせようともしないのは少し心にくる。
俺はポケットからミサンガが付いた鍵を取り出して矢凪に尋ねる。
「これって矢凪さんの鍵?」
すぐに矢凪さんは振り返る。
「少し、見せて」
矢凪さんに鍵を渡すと、じっくりと鍵を眺めていた。そして二度目の質問をした。
「あなたが拾ったの?」
「そうだよ」
嘘をつく理由もない、俺はすぐに答えた。
「何か付いてるけど、これは何」
「それはミサンガってやつだよ」
「これは付いていなかったはずだけど、何で」
一瞬、考えた。付けたのは秀一だが、何も言ってはいなかった。だから俺がこれを付ける場合、その理由を答えにした。
「何か目印になるものがあった方が分かるだろ。無くすことも無くなるし」
矢凪さんはじーっと鍵を眺めた後、ジャージの上着のポケットに入れた。
「ありがとう、京くん」
思わず矢凪さんの方を振り返る。まさか名前を呼ばれるとは思わなかったからだ。それはぎこちないが、矢凪さんなりの笑顔で俺を見ていた。
「あなた、お人好しなのね」
それから俺は矢凪さんの顔を見ることが出来なかった。蒸し暑くて肌着が肌に張り付く。だが俺は襟首から風を送ろうという考えすらその時は浮かばなかった。矢凪さんはチャイムが鳴るとそのまま立ち去った。ようやく首を隣のスペースに向ける。ゴミどころかパンのカスがひとつも落ちていない。俺はやけに寂しさを覚えた。
午後からの授業は全く耳に入らなかった。矢凪さんの事で頭がいっぱいだったからだ。授業中に何度も教員から注意を受けたのだが、それでも改善はされなかった。矢凪さんはクラス内での印象や噂とは大きく違っていた。少なくとも第一印象は何を考えているかは分からない、表情からも感情が読み取れないと感じた。話してみると、声は小さいが仕草は少し幼さを感じさせたし、笑顔を(ぎこちなかったが)見せていた。
授業中の態度に頭を悩ませたのは担任の市松先生だった。授業担当から今日の俺の様子を聞いたのだろう。HRも終わり、クラスメイトがカバンを持ち教室から出ているところ、俺の前に来て声をかける。
「今から職員室に来てくれ」
周りからは笑い声がヒソヒソと聞こえてくる。よっぽど今日の俺の様子がおかしかったのかがよく分かる。頷いた俺はカバンを持ち、市松先生の後をついて行く。
「失礼します」
職員室に入る時のマナーを守り俺は足を踏み入れる。生徒が自主的に来る時は各教室の鍵を取りに行くくらいだ。大人がいる空間に入る俺は場違いだと言わんばかりの空気が俺の体を強ばらせる。
「午後からの授業態度はどうしたんだ? 上の空だったと聞いている」
「その、矢凪さんの事で気になっていることがあって、それで・・・」
矢凪さんの名前を聞いた瞬間、市松先生の表情が変わる。
「それは、矢凪のクラスの事だ。新田には関係の無いことだから気にしなくていい」
言い終わらないうちに言葉を被せてくる。まるでこれ以上その話題に触れたくないといった感じだ。
「なんでですか、まだ何も話してないですよ」
「とにかく、京には関係無いことだ。もう一度言うが矢凪のことは気にするな」
それでも、市松先生は態度を変えない。それどころかさっきよりもその表情は凄みを帯びていた。だけど俺も引き下がろうという気にはなれなかった。何故だろうか。クラスの雰囲気を一度だけとはいえ知ってしまったから? クラスでの矢凪さんの扱いに憤りを憶えたから? もしくは矢凪さんに鍵を渡したときのあの笑顔が頭から離れないからだろうか? 多分、全部だ。引き下がろうにも矢凪さんの事を知ってしまったから、‘助けになりたい’という気持ちがそれよりも勝っていた。
「関係ならあります」
「何? 矢凪と付き合っているとでも言うのか」
それは無いと内心呟く。今日初めて会って話しただけの相手を恋人だなんていうのは厚かまし過ぎる。だけど・・・・・・
「俺と矢凪さんは友達です」
友達なら、矢凪さんのことを思っていたって良いだろう。そう自分に言い訳をした。
俺が思ったより声が大きかったのだろう。その場にいた先生は全員こちらを振り返っていた。市松先生は何かを諦めたかのようにため息をついた。「話はこれで終わりだから出て行っていいぞ」と疲れた声で話す。
「失礼しました」
俺は職員室の扉を開けてその場を離れようとした。矢凪さんが視界に入る。彼女は扉近くの壁に背中を預けるように立っていた。
「どうした矢凪さん。先生に用事があるの」
矢凪さんは首を横に振る。よく見ると右手の人差し指を俺に向けていた。
「もしかして、俺を待ってたの」
コクンッと首を縦に降る。
今日出会って話しをしただけの奴をわざわざ待つなんてどういう了見なのだろうか。
「どうして俺を待ってたの」
矢凪さんは俺の顔を見て、昼休みに見せていた笑顔を向ける。
「だって、京くんと私は友達でしょ? なら一緒に帰りましょう」
参った。先程の話を矢凪さんに聞かれているとは思わなかった。しかも、女子と下校を共にするとは思わなかった。
「顔、赤いけど大丈夫?」
そう矢凪さんに指摘される。喜怒哀楽で表現するなら明らかに喜の感情ではあるのだが、恥ずかしいという気持ちも表に出ている。改めて矢凪さんを見る。身長は俺の鼻辺りまであり、俺のクラスの女子の中ではあるが高めである。手足はスラッとしており均整の取れた体だと感じる。
「だ、大丈夫だよ。ただ初めてだから緊張してただけ」
気持ちを誤魔化すことなく言葉にする。余り余裕が無いと発言した後に気がついた。
「そう。それで悪いのだけれど、京くんの家に行ってもいい?」
今までで一番顔を赤くした瞬間だろう。声を出すことなく俺はただ頷いた。
俺の家は歩いて20分のところに家がある。校門を出て三つ目の信号を右に回り、後はただ直進すれば二階建ての白塗りの壁が特長の建物がある。それが俺の家だ。
家まで俺は矢凪さんと2人で並んで歩いていた。雨は幸い止んでおり濡れることは無かったのだが、後ろからの悪意ある声が俺を不快な気持ちにさせた。「あんなのは気にしなくていい」とは矢凪さんが言うので我慢した。幸いうちの学校は電車通学の生徒が多いため曲がってしまえば人通りも少なくなる。
何事も無く家に着いた。リビングの明かりが漏れているため、妹のほうが早く家に着いたのだろう。ドアノブを回してドアを開ける。
「ただいま。お客さん連れて来たから入れるぞ」
矢凪さんが袖を引っ張る。そっちに顔を向けた。
「『お客さん』なの? 『友達』じゃなくて?」
「いや、今こだわるところじゃないだろ。早く入ろうか」
矢凪さんの手を掴み玄関に入れようとするが、何か譲れないものでもあるのかなかなか入ろうとしない。
リビングがある引き戸を開く音がする。妹が出迎えようとしているのだろうか。
「離してくれよ、矢凪さん」
「『友達』でしょ?」
早足でこちらに向かう音が徐々に大きくなってくる。そして、その足音が止まる。俺はその方向に顔を向けた。
「た、ただいま」
引きつった笑顔で妹に挨拶する。その顔は空いた口が塞がらないという言葉を絵に書いたようだった。
「あら、『マジカルセイバー』なの?」
意外にも、最初に口を開いたのは矢凪さんだった。続いて妹が俺に声をかける。
「お兄ちゃん、どうしたの? 女性を連れてくるなんて。しかも『トール』先輩だなんて」
いつもの快活さはどこへ行ったのか。冷や汗を流し緊張する妹が新鮮に感じた。
そろそろ戦闘パートも書きたいところですが、次もおそらく日常パートです。早く魔法少女としての光の活躍もしないとなーと思いつつズルズル日常のぬるま湯を書いていきます。