不思議な世界
連続投稿
ルークが目覚めたらまた交代になるかも知れないけど、それまでは僕がルークとして生きていこう。
そう考えて借りた金貨5枚の元手だけど、金貨は日本円で10万円相当になる。
もっとも、職種によってかなり変動するようで、それだけ経済が未発達なのかも知れない。
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。
これ以上にも通貨があるらしいけど、見た事は無い。
後は田舎だけかも知れないけど、銅貨の下の通貨があるんだ。
あの街の近くの少数民族が主に扱う通貨である、貝貨と呼ばれる代物。
ハマグリみたいな貝殻100枚で銅貨1枚って事になっているけど、あれは恐らく領主様の慈悲なのだろう。
だって海岸で貝を拾って中身を食って、その貝殻が通貨になるんだから。
もっともそれを食わずに街に売りに来る場合もあるらしいけど、その場合は10個で銅貨1枚になるらしい。
だけどそれは時期が決まっていて、寒い間だけ通用するってのは貝毒のせいだろうな。
こういうのも領主の館で教わったんだけど、次期領主の知るべき事って事は、やはりあの街だけの事なのだろう。
折角だから図書館で調べてみようと、街の図書館に入館する。
保証金が金貨1枚、利用料は銀貨1枚。
支払って彼は通貨の事について少し調べてみたところ、地域によって様々な補助通貨がある事が判明した。
うちの街の貝貨だけど、他の地域でも用いられていて、どうやら領主様の発案という訳ではなかったようだ。
他の補助通貨の中には魔物の牙とか爪とか羽根とか色々あるようで、どれも少数民族が絡んでいる。
よくある異世界物の小説のような差別は無いようで、全ては少数民族の庇護の為のシステムのように見える。
しかし、彼は思った。
換算率が悪すぎると。
確かに貝殻ってゴミが貨幣になればそりゃお得だろう。
でも換算率を考えてみよう。
金貨1枚が10万円って事は、銀貨1枚は1000円って事になる。
つまり銅貨は10円相当になるんだから、貝貨はその100分の1である、10銭って事になる。
この世界の物価が明治や大正クラスならそれでも問題無いけれど、あのお付の人にとって金貨1枚は知れた額だ。
僕が生きていたあの世界では、10万円って額はそこまでのお金じゃない。
確かに学生だった僕には大金だったけど、放課後にアルバイトを1ヶ月もすれば稼げる額でもあった。
夏休みに一度、住み込みで28万円稼いだ事のある僕にとっても、10万円の価値は知れていると思われた。
こっちの世界だと金貨2枚と銀貨80枚って事になるけど、学校を辞めて働けば毎月それだけのお金になるって思っていた。
苛めが酷いのでそうしようかとよっぽど思ったけど、親はそれを認めようとは決してしなかった。
学歴などという訳の分からないものに執着し、僕の境遇などどうでも良い感じだったのだ。
だからこそ僕はあの世界に見切りを付け、この世界に逃げてきたって訳だ。
戻れないのならそれは転生に近しいし、それが仮想だとしてもそう感じないのなら問題は無い。
実際、この世界は本当に異世界って感じであり、これがゲームの中とは到底信じられないんだ。
だから僕は本気で生きていく。
この世界を本気で。
その足掛かりになるのは恐らく情報であり、だからこそこうやって色々と調べている訳なんだけど、どうにもこうにもだな。
この世界は一見、平和で穏やかな世界に見えるけれども、内実はあちらとそこまで変わったものじゃない。
補助通貨がその一端で、僅か10銭の価値の通貨を用いるって事は、彼らの生活は本当に地味なのだろうと思われる。
あちらの世界であんな貝を買うなら、1個100円は最低するだろう。
いや、もっとかな。
確かに天然物しかないこの世界ならではかも知れないけど、それでも貝の価格が安過ぎる。
彼らを本気で庇護したいのなら、貝1個を銅貨1枚と等価にしても構わないはずだ。
この街の補助通貨はある魔物の牙らしいけど、1匹からそんなにたくさん取れる訳もあるまい。
つまりこの街では周辺の魔物の討伐を少数民族にやってもらい、その代償として補助通貨として流通させているのだ。
もちろん、他の素材も売り物になるだろうけど、それすら補助通貨になっている可能性もある。
つまり何が言いたいのかと言うと、そういう民族を使う事によって、街の安全を買っているのだ。
しかもだよ、魔物の素材は探索協会に持ち込めば買い取ってくれる代物だ。
その場合、補助通貨よりも高くなる場合もあるっぽいけど、少数民族ではその協会員にはなれないのだ。
あくまでも街の民向けの職業のようなものなので、彼らは町の外の民として別扱いになっている。
となればだ。
補助通貨を受け取って協会に持ち込めば、そのまま差額が儲けになるって事だ。
だからこそ補助通貨は流通し、誰が持ち込んでも喜んで流通通貨に両替してくれる事になる。
街としては安全に魔物の素材を得る事が出来、それは一見、少数民族の保護にも見える。
確かに少数民族はそれで流通通貨を得る事が出来、集落では得られない物品を購入する事が出来るだろう。
だけど、それはただの搾取に他ならない。
無知なる少数民族を無知のままにしておき、安全に金儲けがやれるシステムにしか思えない。
それが、それこそがこの世界の裏側の真実であり、あちらの世界にもあった搾取の構図なのである。
本当に庇護を考えるなら、彼らに知恵を付けさせる事が肝要だ。
だがそんな事はしない。
すれば自分達の儲けが消えてしまうから。
街の民は格安でアイテムを手に入れ、それを使って商売をして更に儲ける。
少数民族は搾取に気付かず、大量のアイテムと引き換えに、少ない稼ぎで街からアイテムを仕入れて帰る。
もし、少数民族がその構図に気付けば、そんな補助通貨などすぐに破綻してしまうだろう。
実際、あの街の近くの港町では、その補助通貨が手に入る。
いくら冷やしても長持ちしないから買った事はないけど、銅貨1枚で貝が10個買える事になる。
だけどさ、その貝を使った料理は銅貨5枚ぐらいは最低するんだよ。
貝を2つ使って銅貨5枚の料理を売れば、差額はかなりの額になるよね。
でもさ、ルークなら気付きもしなかったろうけど、あれって干物にすれば長持ちするんだよ。
しかも日干しにすればきっともっと美味しくなるはずであり、そいつを料理に使うならうちの宿でも使える貝料理になる。
あの母親が依存病じゃなかったら、そういうアイディアもあったんだけど、あれなら自分だけでやるしかあるまい。
少数民族との単独取引とか、本当にやれるのかどうかは知らないけど、製法を教えてやれば可能かも知れない。
そう、貝を干して串に刺し、それを商品として売るのだ。
補助通貨は貝殻だから中身は関係無いはずで、それを商売にしても構うまい。
どうせ生でも10倍の値にしかならないんだし、干し貝にすればもっと高くなるはずだ。
長期保存が利けば内陸にも持ち込めるから、内陸で珍しい貝料理ってのもやれるだろう。
干せばもう貝毒も関係無くなるし、人気が出れば買い付けに来る商人だって出るかも知れない。
これこそが本当の援助ってものであり、搾取の構図を根底から破壊するものだ。
どうしても外堀と内堀が埋められ、どうしようもないならこいつを進言してもいい。
次期領主の手柄を思わせ、この国の搾取の構図を破壊する行為。
少数民族は豊かになり、次期領主は小金が稼げる。
うん、あいつを通さなければ商売がやれないとなれば、目端の利く商人はこぞって彼を取り込もうとするだろう。
そしてあの街に限ればもう、補助通貨メインの取引にはならず、あくまでも廃材の再利用にしかならなくなる。
つまり、子供の小遣いの代わりに用いられるようになり、少数民族でも銅貨や銀貨での取引になるだろう。
確かに貝は天然物なので、どれぐらい採れるか分からないし、根こそぎ採れば来期の収穫にも関わってくるだろう。
それでも長い目で見ない限りは成功しそうな企みであるし、破綻するまでに他のアイディアを考えれば問題は無いはずだ。
これも知識チートと言えばそうだけど、ここで僕は不思議に思った事がある。
どうして誰もやらないの?
そりゃ僕のと言うかルークの行動範囲は狭いけど、今まであちらの世界の話は聞いた事が無い。
確かに戻れないって話だけど、今までにかなりの人達が来ているはずなのに、そんな話は一切聞かないのだ。
最初は隠しているのだと思ったけど、それでも言い回しぐらいは出てもおかしくない。
なのにそんなのは一切聞かないのだ。
まるでこの世界に僕しか来てないように。