母親の真実と目覚め
いよいよ出て来ます。何が?
それからも忙しく働いていた彼だったが、たまに屋敷に呼ばれる事となる。
母親もそれを奨励するような態度から、宿の経営がどうにも気になってしまう彼。
そして屋敷で周囲の者達の企みを知る羽目になった彼は、進退を真剣に考える事になる。
ルーク自体は流されても仕方の無い心情になってはいるものの、中の存在が強固に反対する。
身分を考えて、半ば諦めの境地になっている彼を不甲斐ないとののしるように。
しかし彼、ルークには特にやりたい事も無く、元々が親に流されての家事手伝いだったが為に、将来の事など考えてもなかったのである。
将来の夢かぁ……
将来の事ねぇ……
もし、流されるままに流れる場合、父親も無関係ではいられない。
流れに身を任せるにしろ、しないにしろ、とにかく一度父親と話し合う必要がある。
そう考えた彼は母親とも相談し、王都への旅に出る事になる。
流され先に貸しを作るのは宜しくないが、身を任せるのなら特に問題は無い。
むしろ頼ってくれていると考えた領主は、喜んで旅の資金を出して準備を整える。
かつて彼の代行をした屋敷の人を御者として、王都までの馬車での旅となる。
「何日ぐらいですかね」
「そうだな、まあ、10日もあれば余裕だろう」
「意外と遠いんですね」
「まあな、田舎町だしな。だが、あそこがもっと発展するなら魔導船の就航もあり得る。そうなれば王都まで数時間で行ける事になる」
「それは凄いですね」
「君が一族になって発展させてくれるんだろ、あの街を」
「そんな技能は無いですよ。僕に出来るのはただ計算だけですから」
やはり流れは既に彼の周囲のあれこれを流し、抗う術は無いように見えてしまう。
現にこの王都行きの資金も馬車も全て、領主様からのものなのだ。
確かに給金はくれるようになった母親だが、それでも日に銅貨2枚という知れた額。
本来なら日に銅貨20枚は最低必要な雇用費用、それも数人分を銅貨2枚で終わらせている。
でも母さんのあの趣味さえ無かったら、もう少し楽になるはずなのにな。
実は母親はある趣味のような事をやっており、それが家計を圧迫していた。
本人は生活の助けになると思っての事だろうが、赤字になっていると気付いてもないようだった。
裁縫に覚えのあった彼の母親は、布を購入して裁縫で服を拵える。
夜なべで拵えた服を、言われるままの価格で近所に売り渡すのだ。
趣味の品だからと格安で。
布の費用が銀貨5枚として、それに手間隙掛けた挙句、銀貨2枚で売ったりする。
宿屋商売で計算もやれるはずなのに、どうしてかその赤字副業を止めようとしないのだ。
確かに母親の服の人気は高いけど、彼が物陰で盗み聞きした結果は意味の違ったものだった。
つまり、布を買うより安いからという単純な理由。
母親は裁縫の腕があっての事と思っての副業のつもりだが、買い手は単に作るより安いから買うだけなのだ。
足元を見られているとも知らず、母親は相手の言い値で売ってしまうのだ。
だから作って売れば売る程に赤字になり、そのしわ寄せは宿屋経営にもたらされる事となる。
実は母親がその副業を始めたのは、彼が手伝いを始めてから。
なので本来なら宿屋の経営が楽になるはずが、変わらないのはそのせいだったりする。
さすがに彼もその事実を母親に教えるのも忍びなく、人件費無しでの手伝いに勤しんでいた訳だ。
でも、よく考えると実に不思議な話だ。
どうして赤字の副業をしようと思ったのかと彼は考える。
何もしなければ宿屋の経営は楽になり、人も雇える余裕も出てくるのに。
まるでわざと経営を苦しくしているみたいだなと彼は思った事もあった。
でもまさか、そんな事を考えるはずもないし。
(あの人、まだ帰って来ないのよね……生活が苦しいんだから早く帰って欲しいのに)
「そういやお前、母親に騙されているの知っているのか? 」
「えっ……」
「賃金どんだけ出している」
「日に銅貨2枚です」
「ちっ、やっぱりかよ。あのな、お前んとこの宿屋な、2人雇えば日に銅貨50枚は最低出る事になるのは分かるな」
「そうですね、2人だと安くて40枚、高くて60枚ぐらいだと言ってました」
「しかもな、あの赤字の内職も知っているな」
「母さんは儲けになっているつもりなので」
「そんな事あるかよ。商売やっていて赤字になる副業とか、知らずにやれるかよ。ありゃ知っていてやってんだ」
「そんな事は……」
「お前が手伝いを始めてからだろ、始めたのは」
「はい、確かにそうですが」
「あれな、父親に依存してんのさ。だからな、生活が楽になったら必要性を感じなくなるだろ。だからわざと生活が苦しくなるようにしてんのさ」
「母さんがまさかそんな」
「お前が従順に奴隷やるからよ、父親の必要性が無くなるのを怖れてんのさ」
「つまり僕では父親の代わりにならないって事なんですね」
「そうなるな。だからあっさりと王都行きを承諾したのさ。父親を連れて帰ってくれると思うから」
「3年も音信不通なのに、まだ諦めてなかったのか」
「それが夫婦ってものだ。お前も大きくなれば分かるさ」
薄々と気付いてはいた。
僕が働いた分は母さんの趣味に流れていると。
母さんは本当に服の内職が楽しそうに見えたから、僕さえ我慢すれば問題無いんだからと。
そう思っていたのに、本当は違っていたんだね。
つまり僕は父親の必要性を消す悪い存在で、だからそうならないように黒字を消そうとしたんだね。
僕は母さんの助けになっていると思っていたのに、負担になっていたとは知らなかったよ。
家の手伝いは母さんからの話なのに、僕は余計な事をしていたのか。
僕は……要らないの?
そう感じた途端、僕の中で何かがうごめいた。
それは衝動となって僕に襲い掛かり、僕は何も分からなくなった。
~☆~★~☆
「おい、今日はここで泊まりになる」
「ありがとうございます」
「お前、雰囲気変わってないか? 」
「そうですか? 」
「ああ、何処がどうって訳じゃねぇが」
「それより、宿の事ですが」
「ああ、そうだったな。もうじきだ」
「それと、少しお金を貸してもらえませんか? 」
「何か買うのか。まあ、旅の費用は預かっているから問題無いぞ。金貨10枚まではな」
「5枚お願い出来ますか」
「土産には早くないか」
「ええ、少し欲しい物があるんです」
「そうか、ほれ」
「ありがとうございます」
ふうっ、本当に長いチュートリアルだったな。
僕はずっとルークの中でルークと周囲の生活を見ていた。
身体が動かせなかったのはチュートリアルだと思い、中からずっとそれを見ていたんだ。
だけど周囲はドロドロでさ、ルークも遂に気力がおかしくなったみたいでさ、僕と交代して眠りに就いたんだ。
これがチュートリアルのシナリオなら、ルークは本当に可哀想だと思う。
母親の為に必死で努力していたのに、母親は父親に依存して生活を豊かにしようとしないんだから。
きっと今頃、あの赤字の内職はやってないはずだ。
だって宿の仕事が忙しいし、ルークが居ない以上は儲けが減ると生活が出来なくなってしまう。
となると、宿のオーナーっていうあの話、母親は断るかも知れないな。
息子の甲斐性で生活が楽になってしまえば、もう父親の大義名分は失われてしまう。
となるともう、僕はあの家に帰らないほうが良いのかも知れない。
世界が変わってルークの中で、母子とは言え幸せな暮らしだと思っていたのにな。
いずこの世界も同じとは、実に芸の無い話じゃないか。
確かに苛めなどは無いけど、母親に苛められているのも同じとは。
これがこの世界の真実なら、今度こそは自分で環境を変えなくてはなるまい。
だってもうログアウトは出来ないのだから。