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外堀と内堀

 

 その頃ルークは、久しぶりにのんびりしていた。

 いつもなら今頃は部屋の掃除や洗濯や、裏で薪割りをしている頃合、なのにそれを代わりにしてくれているんだから。


「お前、どんな体力してんだよ。本当に8才かよ」

「やっと来ましたね。さあ、もう一周行きますよ」

「うぇぇぇ、マジかよぅぅ」


(ほほお、やはりやらせてみればそつなくこなすではないか。あのあやつが素直に従っておるとはの。やはり負けず嫌いの方向から攻めるのは正解かの。なればどうあってもあやつを召抱えねばならぬの)


「はぁはぁはぁ……ど、どうだぁぁ」

「ご苦労様です。これを毎日やるんですね」

「やけに、平気、そうだな、お前」

「これぐらいなら」

「どうなってんだよ、お前はよ」

「さて、次は何をするんですか」

「よーし、ならな、計算で勝負だ」


 拙い事になったと思ったルークだった。

 うっかり解いた事が今の現状なら、ここは解けない振りをしないといけない場面。

 だけどそれは求められていないと理解していた。

 この理解の部分が中の存在のせいとは気付かず、彼は領主様の求められる存在に成り切ろうと努力していた。

 従って計算問題だけ手を抜くなどという事はあり得ず、5才年上の領主の子息の度肝を抜く羽目になる。


「じ、じゃあこれはどうだ」

「ふんふん、ふんふんふん、ふんふん、X=7で、ふんふん、Y=11かな」

「暗算で……卒業問題を……マジかよっ」

「さあさあ、次は貴方の番ですよ」

「くそぅ、解いてやるっ、解いてやるとも」


 どうにも解き方が変だと感じた彼は、記憶のままの解き方を彼に伝授する。


「それだとX+6X=56になるな」

「左を足して7Xですよね」

「そうか、そして56÷7か」

「そうなりますと? 」

「X=8だ」

「正解ですね」

「うしっ」

「後は分かりますよね」

「おうっ、いけるぜ」

「慣れたら暗算でやれそうでしょ」

「確かにこの方法ならな。お前凄いな、こんな方法、知らなかったぞ」

「僕も教わったんですよ。旅の人に」

「そういや宿とか言ってたが、やっぱりそういう人はよく来るのか? 」

「あちこちを旅している人も来ますしね、見聞を広げるのには良いですよ」

「なあ、オレも宿屋で働けるかな」

「今朝の走りを楽々こなせるぐらいなら簡単に」

「それであんな体力なのかよ。てこた、仕事はそんなにきついって事か」

「でも楽しいですよ」

「つまり、楽しめないとやっていけねぇって事だな」

「まあそうなりますかね」


 一日だけの話とあって、ひとまずは帰る彼。

 だがもう彼は宿屋を継げそうになかった。


「どうだ、あやつは」

「気に入った、気に入ったぜ、親父」

「そうかそうか」

「オレも負けてられねぇな。まさか平民であそこまでの者が居るとは。上に立つにはそれ以上にならないといけないって事だ。

 明日からオレ、真剣にやるからよ」

「そうか、分かってくれたか」

「その代わり親父、王都の学校、あいつ良いか」

「従者にすれば色々と優遇もされような」

「オレはあいつと共に学びたい。そしてあいつならオレの」

「右腕になると思ったな」

「良いか、親父」

「ふむ、何ならセリーヌと娶わせるか」

「うえっ、あいつとかぁ。うーん、けどよぅ、そうなると義弟だよな」

「義弟で従者なればもう、誰にも何も言えまいの」

「妹にはオレからも頼んでみる。だから親父、段取りを頼む」

「そうかそうか、なれば後の事は全て任せよ」


 ルークの知らない所で話は進み、すっかり外堀が埋められようとしていた。

 そんな事は露知らず、宿に戻ったルークが見たのは、ヘトヘトになっているお付の人。

 すっかりやさぐれた人のように、宿の入り口の傍でに座り込み、パイプを咥えてぼんやりしている。


「今日はありがとうございました」

「お、帰ったのか。お前、あんなの毎日やってんのかよ」

「今日は特に忙しいんです。だから代わってくれて助かりました、くすくす」

「あんだよ、やっぱりそんな事だったのかよ。くそっ、このオレがこんなになるってどんだけかと思っちまったじゃねぇか」

「港の魔術師さんに氷をもらうのが3日に1度で、裏で薪割りをするのが10日に1度で、それが合わさるのが今日なんです」

「氷、作れねぇのか」

「魔法は使えません。やり方を知らないものですから」

「オレは才覚が無くてな、だから内向きの仕事をやってるが、才覚があるなら外向きの仕事をやりたかったんだ。お前、そいつを調べてもらえよ」

「でも、調べるのにお金が掛かりますし」

「うん? 神殿に金貨1枚で良いだろうが」


 金貨1枚か……10万円相当だったな。

 10万円? 円って何だろう。


「宿は銀貨5枚ですし、金貨1枚あれば20泊は出来ます。そんな商いの、しかも手伝いの立ち位置の僕に出せる額だと思いますか? 」

「手伝いだぁ、冗談じゃあるかよ。お前のやっている仕事はな、軽く3人分だ。お前の親も頼る訳だよな。3人の人件費をタダに出来るんだ。そりゃ頼らない訳が無いか。だがな、そいつは親のエゴってもんだ。ちゃんと給金は要求しろ、良いな」

「でも経費差し引くと、そこまでの儲けは無いんですよ。僕が人件費を削られないと、この宿はやっていけません」

「はぁぁ、分かっていてやってんのか、なら、言えねぇか。けどな、そいつは親の為の人生って事になる。自分の人生を親の為に使うってのはそりゃ立派だと言われるだろうが、お前はそれで幸せなのか? 」

「助かると言ってくれると嬉しいですし」

「そりゃ助かるだろうよ。メシと寝床さえあれば、タダで働いてくれる奴隷が居るようなものだからさ。おら、聞いてんだろ、そこの」

「母さん、僕は平気だよ」

「分かってはいたのさ。うちのが戻らなくなって3年。女手ひとつじゃやっていけないはずの宿がやっていけている訳も本当はさ。けどついつい甘えちまっていたのかねぇ。ごめんよ、ルーク。これからはちゃんと給金払うからさ、働いてくれるわね」

「ダメだよ、僕に給金払う程、うちの宿は儲けてないんだ。母さんは気付いて無いだろうけど、屋根裏部屋さ、雨漏りするんだ。あれの修理代も捻出しないといけないから、当分、余計なお金は使えないよ」

「あれは昔、あの人が直したはずなのに、もうイカレちまったのかい」

「大体さ、父さんはどうして出稼ぎなんてしているのさ。うちの宿は男手も必要なのに」

「それも言ったんだけどね、王都で働いて楽にしてやると言うばかりでさ」

「地に足が付いてないんだね」

「くっくっくっ、実に生意気な坊主だよな」

「はぁぁ、そうですね」


(どっちが大人か分かりゃしねぇな。こいつの父親は恐らく、地道に働くのが嫌になり、王都で一旗上げようとしたに違いないが、そんな親に対して、地に足が付いて無いとはまさに正鵠を得ているだろう。こりゃ反面教師ってやつか、くっくっくっ)


「あ、そういや坊ちゃんがうちで働きたいらしいんですけど」

「はぁぁ? 」

「無理ですよね、雨漏りもするのに」

「くっくっくっ、おめぇ、大した策士だぜ」

「さすがに貴族のご子息の体験勉強には、相応しい場所にする必要がありますよね」

「ふむ、そいつは伝えといてやろう」

「母さん、2階の一番奥の部屋、あそこ改装して良いよね」

「どうするんだい」

「貴族のご子息が泊まっても構わないような部屋にしないといけないでしょ」

「本当にそんな事を言ったのかい? 」

「まさか断れないよね、領主様の命令をさ、宿が古いから無理ですってさ」

「本当にそれで良いのかねぇ」

「騒がせ賃にもらっておこうよ、改装代」

「くっくっくっ、よし、ならオレは戻るぜ」

「お願いしますね」

「任せとけ」


 1部屋だけでも貴族が泊まれるような部屋がある事は、宿のグレードにも影響する。

 下町の小さな宿には普通、そんな部屋は無い。

 だが、1部屋でもあれば、それなりの身分の人とその従者も泊まれる事となり、客層が広がるのは言うまでもない。

 しかも領主の子息が働く体験をした宿となれば、嫌でも噂になるはずだ。

 領主にもミエがあるから、息子が働く場所がボロ家なのは我慢出来まい。

 恐らく見積もりの果てに修理も成され、宿はその寿命をかなり延命される事になるだろう。

 そこまでの事を読んでの今回の企み。


 果たして彼の策は成功するや否や。


 でも、外堀が内堀にも及びそうな状況から、彼の勇み足になりそうな雰囲気になっている。

 さすがにそこまでは読めなかった彼だが、果たしてどうなってしまうのだろう。


(ほお、それは好都合だ。持参金代わりに改築な、承ろう……え、そのような話になっていたのですか……さすがに義息となる者の実家がボロ家などと、許容できるはずもあるまい……それでしたらこの際、傘下にされては……成程な、その手もあるか……はい。どのみち、彼も母親の事が心配でしょうから、監督の立ち位置でのんびりなれば安心かと……ふむ、確かにの。よし、執事に伝えておけ……ははっ)


 まだ彼はその事実を知らない。

 

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