カツオンのタタキ売り
叩き売りではなく、タタキを売るのです。
生きている魚はこういう山岳地方向けの商品であって、自分用にはちゃんと氷を入れた容器にイケジメして入れてあるんだ。
だって水槽の中の魚はまるで、牢獄の入れられた奴隷みたいな待遇だからさ、日に日に弱るのは確実じゃない。
だから味が落ちるんだけど、見目は生きて泳いでいるほうが良いって訳で、味よりも見た目で売る商品になる。
もっとも、落札者がずっと泳がしていたら、味のかなり落ちた魚の死骸を食べる羽目になるんだけど、そんなの知った事ではないよね。
折角だからと広場での屋台の権利を借りて魚を売ってみようと思い、イケジメのカツオンをタタキにして串に挿したのをたくさん用意したんだ。
「さあさあ、お立会い。ここより遥か西の国の、海の中からはるばるこの国に来た、カツオンのタタキだよ。ちょいとお高いのが残念だけど、それでも食べてみる価値のある魚料理さ。どうだい、こいつ、1本が銀貨5枚なんだけどさ、食べに行くとそんなもんじゃ済まないよ」
遥か昔の映画で見たバナナの叩き売りを参考にしてみたんだけど、あの俳優さん、かなり昔の人だけど、味のある人だったよな。
「御用とお急ぎでない方、寄ってらっしゃい見てらっしゃい」
ただ、悲しい話と同じく、あんまり覚えてないのが悲しいところだけどさ。
それからも色々と口上をやっていると、興味から食べに来る人は現れるもので、1串食べて絶賛してくれたのが幸いして、それからコンスタントに売れたんだ。
酢が受けないかなと思ったけど、変わっているけど後を引く味と言って、それなりの人気になったようだ。
明日もまた来いと言われ、売り上げの2割を納めてまた準備に入る。
ああ、宿とかじゃやれないからさ、街の外で拵えているんだよ。
その名もシステムキッチンの魔導具の中でさ。
物品倉庫ってさ、マジックポーチとは違ってかなり大きな品も入るんだ。
だからペンションみたいな小屋も入るからさ、数日の滞在ならそれを出すんだけど、調理だけならキッチン魔導具でやれるんだ。
そして長期滞在の野宿ならさ、フェンスの魔法で周囲を囲み、ペンションを出してキッチン魔導具を接続させて、そこでのんびり過ごせるようになっている。
もうさ、街の宿にわざわざ金を払って泊まる意味が無いんだよ。
よし、ちょいと風呂の魔導具も出してと。
「旅ゆけば~東の国に~湯の香りィィ」
ゴンゴンゴン……ほわっ。
調子良く湯に浸かっていると、フェンス魔法に衝撃が走る。
慌てて返事をすると街の警備の人みたいで、町の横に変な建物があるから来てみたらしいのだ。
なのでこれは組み立て式の宿のようなもので、風呂もあるから活用していると告げる。
「ほお、確かに風呂などと、安くは泊まれぬが、それでも届出をしてくれなくてはな」
「ごめんなさい、探索ギルドランクCのルーク、もしくは商業ギルドランクAでも良いですが」
「何と、商業ギルドのAランクなれば、風呂付きの宿ぐらいは余裕であろうに」
「いえいえ、これはそこいらの宿では再現は無理ですので」
「それは興味があるな。おい、私はもうじき非番になるが、体験させてみてはくれんか」
「良いですよ」
「おお、そうか、よしよし、ならばしばし待て」
妙に喜んで交代を告げに行くのか、走る音がして……
やれやれ、こんな風呂に馴染んだら、王様の風呂でも物足りなくなるぞ。
まあ、知った事では無いけどさ、欲しいなら黒金貨の世界なんだけどさ。
どうやら風呂も売れそうな予感だけど、そこまでの数は無いんだよな。
どうすっかなぁ。
風呂上りにかつて、ポーション瓶を作っていた時に冗談で作った牛乳瓶に入れた、コーヒー牛乳もどきを出して腰に手をやってゴクゴクと。
いやぁ、気分が出るなぁ、くっくっくっ。
さて、後はマッサージ器の魔導具で、軽くほぐしてまったりする。
向こうのあれこれの再現ってのも面白くてさ、あれこれと作ったのが物品倉庫の中にわんさかあるんだけど、たまにこうして使うと実にのんびりするんだ。
確かに向こうの世界を切り捨ててこっちに来たんだけどさ、あくまでも人間関係を切り捨てたんであって、世界そのものが嫌いになった訳じゃ無い。
だからこうして向こうの世界のあれこれを再現して、そこに浸って楽しんでいるのさ。
ガウンに着替えて酒と肴でのんびりしていると、さっきの門番さんがやって来る。
「これはまた、妙に凝っていると言うか、何とも面白い造りだな」
「どうぞ、こちらが風呂になってます」
「そいつは酒だな。後で良いか」
「はいはい、ご心配無く」
「そうか、よし」
妙にはしゃいでいるのが気になるが、そいつは風呂の中の道具のあれこれで分かるだろう。
普通なら見た事も無い道具の数々だけど、あっちの世界じゃ当たり前にあった品だ。
だから同類なら教えなくても使えるんだけど、うっかり使うと隠しているのがバレてしまうという仕組みだ。
さて、野郎の服の洗濯などやりたくもないが、魔導洗濯機も備え付けてある事だし、ちゃちゃっと……ほわっ。
あれってネナベになるのかい?
そうじゃなかったらおかまさんだけど、仕方が無いから洗ってやろうじゃないかよ。
どのみち柔軟剤もどきを入れるからと、急速洗濯でやっちまう。
え、柔軟剤もどき? ちょっともったいないけど、ポーションの材料の余り物で作ってあるんだよ。
そうしないとこの世界の衣服ってゴワゴワでさ、肌触り最悪なんだよね。
例のヘチマもどきの実の汁に、エルフの樹木の樹液をほんの僅か入れて、古代竜の涙もほんの僅か入れて、木酢酸をほんの僅か入れて、それで混ぜると出来るんだけど、元はコンディショナーのつもりで作ったんだ。
まあ、兼用なんだけど、衣服にも応用出来るからと、髪と下着洗いに使っているって訳さ。
ただ本当に素材がもったいないから、無くなったらもう作る予定は無いんだ。
あの古代竜がやたら泣くもんでさ、こんな贅沢な使い道がやれたってだけの話でさ、わざわざ集めてまで作るとか、絶対にやらないだろうね。
それと樹液も誰も採らなかったのか、たんまりあったのを採り尽くしたから大量にあるんだ。
先に無くなったのが新芽だけど、あれはさすがに採り過ぎると洒落にならないからな。
で、葉っぱの使い道は他にもあって、万能薬に使われるからさ、残さず使い切れて良かったんだ。
まあ、今残っているのはもう、古代竜の涙だけになったけどさ、まだでかい樽に24個もあるんだよ。
当時は100樽ぐらい持っていたのに、全部涙で埋まっちまって、どんだけ泣くんだよって呆れていたしね。
まあ、姉妹も呆れて見ていたんだけど、ようやく気付いて止めに入ったって訳さ。
もう当分、行かないと思うけど、行くならまた悲しい話の構成をやらないと、さすがにネタが尽きたからさ。
「ふうっ、いい湯だったな」
「お酒、飲むならあるよ」
「そう平然と見られると、逆に恥ずかしくなるぞ」
「まあ、見慣れているって訳でも無いけどさ、経験は一応あるしさ」
「そうか……まあ、何にせよ助かった。あの街ではおいそれと風呂にも入れぬ身分でな、うっかり水浴びもやれぬ有様よ」
「水石鹸、使い方分かりました? 」
「商業ギルドで売られていたな。かなり高かったが、おぬしも買ったのだな」
あれ、あいつ、東の国にも行商してたのかよ。
つまり、中のあれこれも全部、交易品になっている可能性が……やれやれだな。
それはともかく、彼女は門番としてつい最近配属になったらしいんだけど、風呂の無い生活に辟易していたようだ。
しかもうっかり水浴びをすると、同僚の……つまりあれだ、オカズにされるから嫌だったとかで、ここの風呂の話を聞いて矢も盾も堪らなくなったとの事。
「ならさ、これ、商売になるかな」
「そうだなぁ。あんまり高いと困るが、銀貨5枚なら時々は利用したいな」
「10枚はきついかな。中のあれこれ、それぞれ高いし」
「まあなぁ。風呂のある宿となると、金貨の世界になってしまうから、銀貨10枚でも決して高くはあるまいが、給金がなぁ」
「んじゃ特別会員で」
「それで良いのか? ならば助かるが」
その代わりと、門番さん達の宿舎の一角を借りる事にして、門番さんには銀貨8枚、一般は銀貨10枚という契約が成立した。
もっとも、責任者の人は毎週1回、無料での入浴って条件が必要だったけど、それでかなりスムーズな契約に漕ぎ付けた。
後は、売り上げの1割還元ももちろん付けたのは言うまでもない。
それぐらいにしないと前例の無い事は採用されないのが当たり前なものであり、後々この立ち位置を商業ギルドに売れると思っての事だ。
そしてこれはちょっと嬉しい誤算と言うべきか、彼女が持って来た話って事になり、風呂の専属みたいになったのだ。
早い話が銭湯の番台である。
なので彼女には風呂の掃除と集金などする代わり、タダで風呂に入り放題という事で快諾され、全てを委ねておいた。
もちろん、備品は水石鹸だけであり、街の外の僕の風呂とは大違いなのだけど、それぐらいにしないと黒字にならないんだよ。
後はトラブル対策に商業ギルドを中に挟み、魔石の交換と立場の保全をする代わり、純利の半分を出す事で合意した。
今は確かに儲けにならないだろうけど、後々、全てを譲渡する事での契約であり、お湯を出す魔導具の権利もその時に譲渡される事になっている。
もっとも、水石鹸は既に商品になっているようだし、お湯を出す魔導具も解析すれば、その需要はかなり高いだろう。
そう思っての契約だろうけど、僕にはそんな物は必要無いのさ。
どのみちポット魔法で熱湯は手に入るし、適温の湯だって自由自在だ。
ただ、お風呂で魔法を使うのも無粋だと、わざわざ魔導具を据えたに過ぎない。
あくまでも向こうの世界を偲ぶ為だしさ。
やはり懐かしいようです。




