薬師って奥が深い
彼の予定はひたすら狂うのでした。
やっと最上級ポーションも作れるようになり、いよいよ卒業かと思ったら甘かった。
次はMPポーションだと言われ、初級からまた始まってしまったのだ。
しかし、世間では聞かないMPポーションだけど、この世界にもあったのね。
「それはの、材料が集まらぬからじゃ」
少しばかり置いて行けと言われた最上級ポーションを材料に使うとか、確かに作れねぇわ。
しかも、それを初級から最上級まで使うとなれば、初級に使うのはもったいないと普通は思うよな。
だけど初級からやらないと上のクラスは作れないようになっているとかで、師匠に渡した最上級ポーションを素材にしての修行が開始された。
いや、僕の手持ちを使っても良いんだけど、100本も備蓄する意味は無いと言われ、それを使う事になった。
確かに最上級1本もあれば、初級MPポーション100本の原料になるから、消費はそこまで多くない。
だけど中級MPポーションは50本にしかならないし、上級になると10本にしかならない。
更に最上級MPポーションに至っては等価なのだ。
つまり、最上級HPポーションを1本丸々素材にして、最上級MPポーションが1本しか作れないんだ。
だから師匠も試しに作ってはみたものの、需要が無いからと最近では作ってないそうだ。
まあそうだよな。
HPが無くなれば死ぬとしても、MPが尽きても死なないんだし、そんな贅沢な材料を使うアイテムに需要が出る訳が無い。
しかもだよ、師匠すら作ってない文献上だけのアイテムもあるらしく、興味があるなら作ってみると良いと言われたアイテムがある。
エリクサーって確かにファンタジー系ではよく聞く名前だけど、その効果は少し違うらしい。
僕が知っているのはHPとMPを全快させるアイテムだけど、この世界では万能薬の事らしい。
たださぁ、その材料の中に怪しい物があるんだよね。
だからその万能薬ってさ、アノ薬が元になっているんじゃないかと少し不安になるんだ。
ほらあの、北の国を征服するような名前の、黄色い箱にラッパの絵が描かれていたあの薬。
木酢酸が原料のひとつって、嫌でも連想するよね。
もっとも、その素材はエルフの里の樹木の枝で作れと書いてあるけどさ。
何かさ、エルフの里の樹木をやたら使うみたいなんだけど、代替品とか無いのかねぇ。
あんまり採るとマジで枯れそうで怖いんだけど。
仕方が無いから深夜に上空から侵入し、枝から樹液から新芽から樹皮から葉に至るまで、バレないうちに採りまくる事になる。
倉庫になったからと、もう当分来ないからと、ひたすらひたすら集めまくっているうちに、いきなり矢が飛んできたんだ。
それと共に下のほうからエルフ達がぞろぞろと登って来ていてさ、ヤバいから慌てて飛んで飛んで飛んで……本当にもう当分来れないな。
「お兄ちゃんなんて大嫌い」
「うううう」
「もう顔も見たくない」
「うおおおおおおおお」
いや、これは別に、本気で言っている訳じゃ無いんだ。
なのに真剣に泣くんだよな、この竜。
MPポーションの素材のひとつが、この兄さんの涙だって言うんだよ。
だもんで、なけなしの悲しい話で姉妹から涙を得た時に、兄さんの涙も欲しいって言ったらさ、兄さんに協力要請をしてくれてさ、承諾した後の話さ。
いやぁ、芝居なのによく泣くんだよ、この竜。
風魔法の応用で涙は残らず樽に誘導したけどさ、どんだけ泣くんだよってぐらい大量に集まったんだ。
「ごめんね、本当は大好きなお兄さんなのに」
「もう泣き止んで、私達の大好きなお兄さん」
「うおおおおおおおおお」
もう良いのにまだ泣くのかよ。
いい加減、樽の在庫がヤバいってのに。
どうやら嬉し泣きらしいが、いい加減にして欲しいものである。
結局、手持ちの樽が尽きてしまい、素材集め途中で街で樽の買出しをする羽目になった。
そうして他の素材も何とか集め、師匠の家に戻った訳なんだけど、古代竜の涙が大量って話をしたら、別のポーションの材料でもあると言われたんだ。
「本来なればそう容易く得られるものではないからの、ワシもまだ作った事は無いのじゃ」
いやさ、そりゃ師匠はここに居たら年を取らないんだから必要無い品だから作らなかったんだろうけど、こんなのが巷に出回ったら大変だよ。
「なればの、決して表に出さねば良いのじゃ」
そりゃそうだけどさ、うっかり使う事も出来ないよね。
「なればの、老いた後に飲めば良いのじゃ」
会話で大体の事は分かると思うけど、こいつは若返りの薬の話になる。
1本で10年若返るらしいんだけど、あれだけの涙があればとんでもなく大量に作れるらしい。
それでもまずはMPポーションからと、初級から初めて中級を経て、上級になる前に魚の買出しに行く羽目になり、追加で珪素土を大量に仕入れたんだ。
ああ、言ってなかったと思うけど、薬師が一番最初に習う魔法は容器造りの魔法になるんだ。
だから弟子は瓶ばかり作らされる羽目になるらしいんだけど、そう言う訳で在庫の瓶が尽きたと言われ、自分の分も含めて大量に作る事になったんだ。
もうね、師匠の修行は1ヶ月単位って諦めてるから。
そんな訳でMPポーションに1ヶ月、エリクサーに1ヶ月、若返りの薬に1ヶ月って感じになってさ、その合間に瓶造りを挟んでさ、日常的に魚とか色々な材料の買出しと色々な魚料理の日々になったんだ。
だって最寄りの村とか流通なにそれって僻地だし、奇特な行商人が稀に干し魚を運ぶのが精々でさ、手に入れようと思うなら自分で獲りに行くしかない。
だけど今は薬師の修行中だ。
それに海にもやっぱり魔物は居る訳でさ、その対策もなければおいそれとは沖合いには出られない。
だから沿岸での漁業になるんだけど、そこまでしても高く売れる訳じゃ無い。
そりゃ内陸まで運べば高く売れてもさ、経費がとんでもなく掛かるんだ。
となればだ、周辺で食べる分しか獲らない事になるわな。
だから近隣の方々の食卓に上がる分を横取り買占めになるにしても、そこまでの量は手に入らないと。
しかもそんな買占めとか目立つからさ、少し買ってはまた数日後に買いに来るって方法を採るしか無いと。
まあ、ハマグリもどきは大量に買い占めたけどさ、魚も大量に欲しいんではあるんだ。
でもね、それも一応は考えてはいるんだよ。
気付いたらすっかり薬師にはまっています。




