言い掛かりとその対策
彼が逃げた直後から。
(くそ、あの野郎、戻って来ねぇじゃねぇか……てっきり諦めたと思ったのに、往生際の悪い奴だ。まあ、こんな事もあろうかと、人員は配している。すぐに見つかるだろうが、事ここに及んではもう、本当に奴隷になるしかねぇからな)
(あいつがここの会員になった事はバレてるんだ。現在の居場所を教えてもらうからな……それは出来ませんね……おいおい、こっちは金貨200枚の損害があるんだぞ。下手な庇い立ては身の破滅だぞ……これにサインを願います……あんだそれは……ここに白金貨2枚あります……な、んだと)
(くそっ、あり得ねぇだろ、あいつ……お館様に何と言えば……しかしまさか倍額の保険をあっさりってよぅ、そんなの想定外だろ)
(ううむ、まさかそこまでとはの……どう致しますか……そこまでの才覚となれば、ますます逃す訳にはいかんの……なれば無理矢理……さすがにそれは無理じゃが、あやつも領民のはしくれじゃ。いかに王都と言えども、領民の横取りは望ましくあるまい。商業ギルドな、白金貨10枚と言えば簡単に出すであろうて……それで、書類はどう致しますか……それはの、あの宿の改装費用と言えば良いのじゃ。確かに見積もりなれど、必要額はそれぐらいになっておる。じゃからの、それを払わねば罪人となり、共犯と言えば問題あるまい……では、書類を纏めて再度……頼もしきが、少し甘く見られたようじゃの……ははっ)
(土地と経営権と改装費用ですか……ああ、それにあいつの身柄の分もある。領民を勝手に横取りしたとなれば、この街の上層部も黙ってはおらんぞ……なればその書類と引き換えに白金貨10枚で宜しいのですね……おいおい、ギルドが被るつもりか……いえいえ、彼の稼ぎですよ……何だと……さあ、サインをお願いします……しかし、待て、そんな……さあ、お早く願います……白金貨25枚だっ……くすくす、ならば50枚では如何です?……そんな馬鹿な……書類での額以上の申し立てなので、王宮への提訴になりますが、それで宜しいですね? ……待て、それはダメだ……ならば当初の金額で問題ありませんね……これで終わったと思うなよ)
(うぬぬぬ、何という才覚よ……どう致しまするか。もはやこれ以上は……致し方あるまい。あやつの両親を王都に住まわせるように手配せよ……その費用の請求ですな……うむ、生涯の経費の一括請求じゃ。さしものあやつも黒金貨1枚となるとどうしようもあるまいて……奴隷ですな……そうでもせねばまた逃げられようて……畏まりましてございます)
(あなた……おまえ、どうしてここに……来ちゃった……済まんな、楽にさせてやろうと思ったがよ……うちの領主様がね、王都で暮らせば良いと仰ってくださって、住む所も準備してくださって、食べるのにも苦労しないのよ……そ、そうなのか……だからもう何も心配要らないわ……宿は良いのか……あなたの居ない宿なんてどうでもいいわ……そうか……ええ、そうよ)
~☆~★~☆
やれやれ、しつこいの何のって。
けどさ、宿の権利書から営業許可証から、改装費用の明細からと色々な書類が手に入ったんだけどさ、これって人に委ねて宿がやれるよな。
てかそもそもさ、うちの母さんはどんなつもりで領主に権利を渡したのかって話だよね。
やっぱり依存病なんだろうね。だから父さんの調査の費用の代わりとか言われて、あっさりと権利譲渡したんだろうね。
そこにルークの存在が無かったのなら、やはりもう戻る意味は無いって事だ。ルークには可哀想だけどね。
確かに黒金貨1枚と白金貨数十枚は痛かったけど、晴れて自由の身なら別に構わないさ。
塩の権利の放棄と引き換えの黒金貨ってのはちょっと惜しかったけど、どのみち僕が作る訳じゃないしね。
言わば中間搾取みたいなものだから、あいつらも先行投資のつもりで受けてくれたんだろう。
それにしても世界で数人ってのも少ないんだけど、他の人は何をしているんだろう。
もしかしたらあの、チュートリアルみたいな状態。
この世界の存在が絶望しないと出られないとか言わないよな。
ルークは自分の存在意義に疑いを持ち、そのまま闇に沈むように眠りに就いた。
てか、ルークの存在が怪しくなった時に、表に出たいと願ったら、彼を押し退けるようにして出られたんだ。
つまり他の大多数の人達は、この世界の存在が絶望しないから出るに出られないとかだったりして……
だとしたらこれって欠陥じゃないのかな。
事前説明の無い生存クエストとか、ちょっと悪意があるような気がするよ。
「おーい、また何か思い付いたか? 」
「やれやれ、僕は打ち出の小槌じゃないよ」
「はっはっはっ、けどよ、お前って色々発想が凄ぇからよ、また何か思い付いたのかと思ってな」
「しょう油の権限でいくら出す」
「おいおい、良いのかよ」
「今までの全権益を放棄するからさ、とりあえず金にしてくれ」
「さすがにもう来ないと思うがな」
「けどあれで塩の権利が消えたんだ」
「まあなぁ、貴族の、それも領主なら何処までやるか分からんか」
「最悪、亡命も視野に入れないとね」
「ならな、中の国がお勧めだぞ」
「海が無いのに? 」
「ああ、あそこは山の素材が豊富でな、お前なら山菜の事にも詳しいんだろ? 」
「ああ、タラの芽のテンプラ、食べたいねぇ」
「ゴクリ……」
「この世界って植生が似ているから楽しいよね。ワラビ、ゼンマイ、ツクシにイタドリ、タラにアケビにフキノトウと……」
「見て分かるのかよ」
「実家が田舎でね、小さな頃は爺さんの山で色々採っていたのさ」
「都会人ってのもつまらんな。そういう経験が無いただの知識じゃ、応用が利かねぇしよ」
「山菜の塩漬けも商売になるかもね」
「それ、出してくれるか」
「水煮のコツから塩漬けの方法までね」
「頼むぜ」
またアイデアレポートを出す事になり、それでいくばくかの金になってギルド貯金に収まる事になる。
今までに色々出したいくつかの利権と、塩の権利放棄で何とかなった縁切りだけど、保険ってのは必要だよな。
干し貝も毎年の恒例行事となり、30~50万個のハマグリもどきが干し貝になっている。
広大な干潟のような場所にわんさかなハマグリもどきだけど、獲り尽していたらそのうち獲れなくなってしまうだろう。
なので僕のが終わったら計画採取に切り替えるらしく、年間獲得量を決めるらしい。
それと言うのも僕との契約で、今まで色々と問題になっていた案件がクリアとなり、少し余裕が出て来たらしいのだ。
干し魚の問題もクリアになったんだけど、魚をそのまま干したらさ、乾くより先に腐るよな。
だから小魚しか干してなくて、でかい魚は焼いたり塩漬けにしたりしていたらしい。
だけど塩が高いからと、塩漬けでの採算が取れず、焼き魚にして集落で消費するのが精々だったとか。
なので捌いて天日に干して、海水塗り塗り作戦を教えたんだけど、塩を使わないのに塩漬けみたいな干し魚になったと大好評でさ、集落ではその方法で干し魚を作る事になり、今では街へも送られてかなりの売れ行きらしい。
しかも、天日干し式で塩もいくらか作れるとあって、その途次の濃くなった海水を干し魚に使うようになり、それで心証がかなり良くなったんだ。
そんな訳で、貝毒の季節までは貝をやり、後は干し魚をひたすらやるってのが、今後の集落の仕事になるだろう。
特に干し貝は内陸向けの輸出も可能だろうし、ギルドで売り込み先を何とかすれば、ギルドも集落も共に美味しい話になる。
その頃になるときっと、貝柱は役得になるだろうけど、あれも売れる品として財産になる可能性もある。
そう、干し貝も貝柱も財産になるのだ。
さすがに何年もは無理があるだろうけど、それでも生活に困ったら売れる品として備蓄が出来る。
それこそ中の国に輸出が叶えば、銀貨数枚で売れる可能性がある。
貝だけは生かしても数日、冷凍ならもう少し保つけど、冷凍技術の無い世界じゃ無理がある。
だからこそ、王侯貴族でも手に入らない内陸での貝料理になるんだけど、干し貝の出現でそれが覆される事になる。
かつて、勇者が召喚された時、貝を生きたまま運んだって伝承があるけど、自ら望んで来た僕達にそんなチートなスキルは無いと思う。
と言うかそんな伝承を知れば知る程、ここが仮想世界とは思えなくなっていくんだ。
だからもしかしたら僕達は、あのゲームのつもりで異世界に来ていて、元の僕達はもう死んだ事になっているのかも知れない。
そう言う訳で2度と戻れないんだと言われれば、それで納得する話だからだ。
つまり僕達はこの世界の存在に精神だけで憑依して、元の世界の身体はもう死んでいると。
立場の弱い憑依だけど、ここの世界の住人が生きる気力を無くした後ならば、交代して表に出られると、そんな感じなような気がしてならないんだ。
妄想が過ぎると言われれば反論出来ないけど、じゃあ本当はどうなのかって聞きたくなるよね。
真夏の暑い盛りには大きな魚の干物だけでなく、小魚の天日干しもやるようになる。
ダシを取る為の小魚の天日干しとなれば、すぼしとかいりこだよな。
そのせいか、最近ではあちこちで海鮮料理がブームになっていて、その伝手でしょう油の売れ行きも高いとか。
実は僕の干し貝も是非にと言われて仕方なく、少し分けてあげたんだけど、どうやらそれを王宮に献上したらしくてさ、それで領主の茶々が完全に止まったらしい。
それと共に王様の好物になったらしく、預けておいた1000本の串を毎月少しずつ取引に使っているらしい。
500万個のハマグリもどきが250万本の串になり、完全乾燥でマジックポーチの中に納まっていく。
かつての魔導具屋さんで購入した、指輪型の発動体とマジックポーチだけど、最高級品はさすがに高かったよ。
それでも指輪型発動体と大容量のマジックポーチ2個で合わせて黒金貨1枚で売ってくれてさ、だからちょっとしたアイデアを出しておいたんだ。
気化熱式冷蔵庫のアイデアさ。
容器の周囲にラジエーターみたいなのをくっ付けて、風魔法を当てれば冷えるってアイデアなんだけど、試作して冷えてびっくりして、これならいけると言われて買物価格が大幅に値下げになって、黒金貨1枚になったって訳だ。
突き詰めれば大型の製品もやれそうで、それこそ商業ギルドとの契約もやれそうだと大喜びしてくれて幸いだった。
あれからもう5年が過ぎたけど、まだ引きずってないよね。
そういや両親が王都に今住んでいて、2人の生涯生活費と食費その他もろもろは僕が出した事になっている。
そこまでして借金を背負わせようとした領主には呆れるが、その事で商業ギルドが反撃したのが干し貝の献上との事。
さすがにあんな言い掛かりまでされては、そのうちいくらでもやられる事になる。
それこそ知人連中が金を借りたとか言い出して、それを払えとか言われないとも限らない。
どうやら一連のやり取りを纏めて提訴したらしく、さすがにやり過ぎとの事で訓戒になったらしい。
王様の好物の作成者というのも大きかったようで、そのまま横槍が酷くなればもう、干し貝は消えてしまうとかって軽く脅したらしい。
そのせいか、見目の良い大きな干し貝ばかりをたくさん預ける羽目になったけどね。
「そういや王宮にいくらで売れてるの? 」
「聞いて驚け、1つが銀貨5枚だ」
「それはぼったくりと言わないかい」
「手間が掛かってんだろ。それに相手は王様だから良いんだよ」
「中の国への輸出は無理なのかな」
「ああ、そいつもな、今懸案事項になっていてな、後々は輸出品目に入るそうだ」
「銀貨10枚ぐらいになるんだろうな」
「まあそれぐらいにしないとな。なんせ画期的な方法だし」
「5串で金貨1枚とか、ぼったくりにも程があるよ」
「後な、魚を生のまま内陸に送る方法は無いか」
「生鮮馬車。トラックの馬車版」
「おおおお、確かにそれならいけそうだな」
「エアは風魔法の魔導具でやれるでしょ」
「ああ、ああ、やれるだろうな。よし、そいつをもらっていくぞ」
「魔導具はミリアによろしく」
「ああ、分かっているさ」
それにしても、あの程度の発案もやれないとか、何処の老人ホームからの集団参加だよ。
お付の人も災難のようで、片道10日の道のりを往復しては相談と対決を延々とやる羽目になったようですが、途中での寄り道や酒場通いを役得と思ってやっているようで、本人は意外と気楽だったりします。




