表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/24

借金奴隷とその対策

  

 スラムの片隅で濁った瞳の男が、酒のような瓶を抱えて蹲っている。


「あいつか、親父ってのは」

「帰ろうか」

「まあなぁ、あのまま連れて帰っても、お前が忙しくなるだけかも知れんな」

「まあいいや、この前渡した金貨1枚、あのおっちゃんに渡しといてくれるかな」

「何だ、覚えていたのか」

「仕事を頼みたい」

「何を頼むつもりだ」

「手紙の配達。前金金貨1枚」

「そのまま逃げられそうな相手だな」

「僕さ、帰ったらきちんと給金請求するつもりだよ。もうあんな赤字内職をしなくて良いように」

「まあなぁ、お前に渡すのが本筋だよな、普通はよ」

「生活出来るギリギリまで搾り取れば、赤字の内職とかやる余裕は無くなるよね」

「親に代わって貯金のつもりか」

「いえいえ、将来の独立のつもりですよ」

「それはいかんぞ。お前の将来はもう決まっているんだからな」

「やれやれ、それなら仕方が無いですね」

「ああ、諦めて領主様の身内になるんだな」


 やはりそういう話になっているのか。

 つまりこの旅で色々と諦めさせようとしているんだな。

 恐らく親父の事も調査済みであり、だからこそ見付け易い場所に連れて来たと。

 となるとあちらには既に話が通っている可能性もある訳で、下手したら宿は引き払われるかも知れないのか。


「母さんを王都に連れて来たほうが早いかな」

「宿はどうするつもりだ」

「人を雇って続けるよ。そして気が向いたら夫婦で戻って来ればいい」

「そんなに簡単に行けばいいがな」

「ちょつとした名物料理を作ればいいんだよ。あの宿でしか食べられない料理があれば、黙っていても客は来るさ」


 はまぐりもどきの干物、マヨネーズの確立、にがりの抽出と豆腐の作成、おから料理、しょう油の醸造、ソースの開発、ガラムマサラの作成とルーの製作、柔らかいパンの開発に蒸し料理の開発、テンプラの開発と刺身の開発、やりたい事はいくらでもある。

 確かに広くて浅い知識だけどさ、時間だけはたくさんあると思うんだよ。

 もちろん領主の一族なんてのはお断りな話だし、強制されるなら計画は頓挫するだろう。

 それでも成人が15才と決まっている以上、まだ7年の余裕がある。


 だから。


「段取り頼めるかな」

「まあ、そのつもりではあったがな」

「成人まで待ってくれるよね」

「残念だが、王都から戻ればもうお前に自由はねぇぞ」

「なら宿は畳めと言うのかい」

「ちゃんと人を雇って営業はやれるようにしてくれるさ。お前の実家としての体裁は整えねぇとな」

「経営に携われない表向きの立ち位置に何の意味があるよ」

「少なくとも領主様の一族として、恥ずかしくない立ち位置は得られるな」

「ふーん、そんな人形で良いんだ」

「何だ、嫌なのか? こんな良い話が」

「断れない話は奴隷と同じ。強制するなら人形になるだけさ。精々、領主様に尽くしてやれば良いんだろ」

「そんな嫌々尽くされても迷惑な話だな。大体よ、平民のお前には過ぎた話だぞ」

「それならそういうのを喜ぶ人に言えば良いさ。僕は貧乏でも自由が欲しいし、それが無い人生は奴隷だと思っている」

「なら、奴隷になっちまうか? 」

「ほお、どんな罪をでっちあげるつもりなの? 」

「金貨5枚と言えば、奴隷落ちするには可能な額ではあるな。お前の年なら尚更の事だ」

「出発は何時になるの? 」

「逃げようったってそうはいくか」

「いやいや、ちょっと商業ギルドと商談があるんだよ。巧く行けば大金が手に入るんだ。そうなりゃ借金とかすぐに返せるさ」

「まあ、精々悪あがきしてみるんだな。3日で出るからよ」

「金貨1枚。じゃないと借金は金貨4枚だよ」

「くっくっくっ、ほらよ」

「10枚かよ」

「10枚なら確実に奴隷落ちだ」

「はいはい」


 さてさて、もう後が無くなったか。


 ~☆~★~☆


 とりあえず手っ取り早い方法でいこうと、市場で小樽と縄と乳を購入する。

 遠心分離機が無いので縄の先に樽を括り付け、ひたすらひたすら回す。

 夜中のハントの恩恵か、レベルが上がっているせいか意外と辛くない。

 魔力循環をしながらの作業になったが、ひたすらやっているとバランスが悪くなる。


 いよいよ分離したかな。


 そろりと樽の口を開けてみると、底のほうに何かの塊があるようだ。

 別の容器に上澄みを流し込めば、粘土みたいなのが底に溜まっている。

 壺に移し変えて塩を少々入れて混ぜておく。

 こんな季節じゃないとやれない事だけど、魔法が使えたらとその時に、急に使いたくなった魔法。

 でもまだまだ基礎の段階だから無理だと諦め、そのまま商業ギルドに持って行ってみる。


「それは何だ」

「パンに付けて食べると美味しいよ」

「どうやって作った」

「教えたら自分で作って売るよね。その場合、僕の儲けはどうなるの? 」

「しかしな、製法が分からないようなものを売る事は出来んぞ」

「つまり断るって事だよね。うん、商業ギルドは買取を拒否。なら、後は自由に売って良いって事だ。後から来なかったとか言わないでよね。さよなら」

「待て待て、全く、まともに商談する気も無いのか、お前は」

「いや、断って欲しかったんだ。そうしたら大義名分が立つよね」

「いくらで買えばいい」

「いや、断ってよ」

「そうはいくか。ちょっと舐めてみたが、中々の味わいだ。これをパンにか、いけそうだな」

「え、何時舐めたの? 油断も隙も無いな」

「それでこれはパンに付けるだけか」

「野菜炒めに入れたり、芋に付けて食べたり」

「これは油だな。何の油だ」

「仕方が無いなぁ、なら買い取ってよ」

「だからいくらで売るつもりだ」

「金貨500枚」

「馬鹿な事を言うな。これをそんな額で? あり得ないぞ」

「いやいや製法さ。買い取れば好きに作れるよ」

「誰にも言って無いな」

「貴方が初めて」

「買い取ればお前も勝手に作れんぞ」

「個人で使うぐらいは良いでしょ」

「人に見せるなよ」

「もちろんさ」

「よし、製法を教えろ」

「あれ、契約書は? 」

「くっくっくっ、油断も隙も無いのはどっちだよ」

「契約書は当然だよね」

「ああ、分かった。待っていろ」


(会長、本当に金貨500枚出すんですか? )

(良いじゃねぇか。あいつが見つけた製法だぞ)

(ですがあれはうちが開発している品のような気がするんですけど)

(だからだよ。あいつの製法を聞いて、役に立ちそうならお得じゃないか)

(値切れませんかね)

(おいおい、お前も目先の事ばかり見るんじゃねぇよ。あの年でそんな事を考えられる頭だぞ。絞ればもっと良い発案が出るかも知れんだろ)

(成程、先行投資ですか)

(馴染みになってのそれだ。もしこれっきりでも製法が助けになれば得。今後の付き合いがあればもっと得だろ)

(でしたらせめてギルド員にするべきでは)

(もちろんそうするさ。んで、金は可能な限り、預けてもらうつもりだ)

(それならお得ですね)

(そう心配するなって。オレも別に潰したい訳じゃないんだからよ)

(はいはい、社長様)

(そんな言い回し、この世界じゃ通用せんさ)


 商業ギルド員になればギルドとの取引は非課税と言われ、余分な資金は預けておけば安全と言われる。

 利息は付かないようだけど、確かに大金を持って歩くのは危険な話だ。

 なので金貨20枚だけ手元に残し、480枚は預ける事になった。


「製法はどうなっているんですか」

「あのね、樽に乳を入れてさ、縄を付けて振り回すんだよ」

「まさかそんな方法で」

「ひたすらひたすら回していたら、何かゴロゴロする感じがするようになるんだ。そうして樽を開けたら底のほうにこれが溜まっていて、上の乳を他の入れ物に入れてやるとさ、これが取れるんだ。後は少しお塩を入れて乾かしてやると良いんだけど、ちょっと時間が無くてさ」

「成程ね。うん、確かにそれならやれそうだわ」

「あれっ、作った事あるの? 」

「いえいえ、作ろうと思ったけどまだ作れなくてね。だけど君の発案で作れそうだわ」

「金貨500枚の価値あったのかなぁ」

「ちょっとおまけね」

「じゃあさ、また何か思い付いたら持って来るよ」

「そうしてくれるとありがたいわ」


 どうやら先行投資のつもりのようで、吹っかけた甲斐あったってものだ。

 でも遠心分離の方法を言ってすぐに理解するとか、もしかしたら彼女もお仲間さんじゃないのかな。

 もしそうでも今それを明かす必然性は無い。

 もっと馴染みになってから、それとなくぐらいにしないと、もし違っていたら身の破滅になるかも知れないんだ。

 何時からこの世界に居るのかは知らないけど、バターすら作れない知識とか大したもんじゃない。

 いや、遠心分離の方法に行き詰っていたみたいだけど、そんな応用力が無いのは致命的だ。

 だからもしかしたら年食っての参加な可能性もあるから、僕の事を知れば離してくれなくなるかも知れない。


 だってこの王都にはまだ、バターはもとよりマヨネーズも無いのだから。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ