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彼の世界で  作者: 風鈴
2/2

未来と過去、そして現在

「いらっしゃいませ」


私は犬耳と尻尾をフルフルと揺らして店に訪れたお客様に笑顔で向かえる。

白いフリルの付いたカチュームとメイド服。そのスカートから尻尾が見えて

いる。そんな私を視線に捉えて店の中に入って来る。


「今日は、誕生祝(バースディ)のケーキが欲しいのだけど」

「あっ、はい。お名前は?」


その名前を聞いてピクリと体を震わした私は、顔を上げお客様を見た。

小さなメモ用紙に書き留めて、受け取りの時間を知らせるとお客様が


「それでは、よろしくお願いします」


と、会釈して店を出ていくのを見送った。

それから、奥のマスタに要件を知らせてから、その日は勤務を終えていつもの

用に私服へ着替えを済ませて店をでる。


部屋に戻って来た私は、彼が帰る前に夕食の用意を始める。

と、視界がグニャリと歪み、目の前が暗くなり意識が途絶えた。再び目を覚ま

した時、猫の姿に戻っていた。なぜ意識が無くなって、この姿に戻ったのか、

自分に何が起きたのか訳が分からない。


「にゃあ」


人化が勝手に解けた事に、頭を傾げながら魔石に触れ再び人へと変わる様に

動作をした所で異変に気がついた。いくら願ってもいつもの人化の変化が始ま

らない事に焦りつつ横切った鏡の中の自分に、違和感を覚えて鏡の前へと戻る。

そしてワインレッドに近い色であった魔石がマリンブルーへと変わっていた。

正確には、その四角い魔石の中央に微かに赤いものを残して色を失っていた、


ここ一週間、猫に戻る事なく人化し続けていた。考えたくないのだけど、

もしかすると魔石の力を使い切ってしまったのだろうか?


意味もなく部屋の中をウロウロと歩き続けては鏡の前で立ち止まり、そこに

映っている猫の首輪に付いた魔石を見て「はあ」と溜め息をもらした。


ガチャ


ドアの開く音に、振り返ると、私のご主人様の姿が入り口から入って来た。


「おっ」


少しだけ悩んだ顔を見せた彼は、優しく両手で抱きかかえるて頬を押し付けて

グリグリしてくる。


「にゃあ」

「うん、みぃちゃんは可愛いな」


その言葉に、どこか安堵と嫉妬の感情が、ふと私の心に痛みを残し、結局その日

は、猫のまま彼に抱かれてたまま過ごすことになった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆




朝になり彼の懐に潜り込んで丸くなる。たとえ人化できなくてもこうして彼の

腕に包まれている時間は私にとって大切な時間だった。


いつもの様に彼が家を出た後、何の気なしに窓の外を見て隣の家の梅の花が咲

いている木を見つけて庭に出る。


そして2メートルほどの塀の上に難なく飛び乗ると、花の側へと進み横たわる。

此方の世界でも花を付けるのだと知る。


ふと、異様な雰囲気を感じて首をあげた。


(5、6・・・)


私は自分を中心に何かが、その範囲を狭めて来るものが狙った獲物を逃がさない

ような舌なめずりする不気味さを感じて体を硬くした。


後方。その内の1つ、黒い影が迫って来ていた。

その気配に気を取られていて距離が遠いと思っていたものが突然その距離を

一瞬で無くしたものに気づく。


(ん?)


上を向いた私は太陽を隠すように黒いものが落ちて来ていた。それを身を捻り

すんでの所で切り返し避けて庭先に飛び降りる。


その脅威は人化するだけで無力化する事が可能であったが、今はそれも出来ない

焦る気持ちを抑えて、魔法が使えるか試してみる。


そこでハッとする。呪文が唱えられない事に気がついて、しかし念を込めて

呪文を唱える。


「にゃー」


当然の様に、何も起きない。ただ前足を前面に伸ばしてるだけのただの猫の

気迫に押された黒い影が一瞬たじろいだだけ、それだけの事。次の瞬間には

身動きできないように影の腕に頭を押さえつけられてしまった。


咄嗟に詠唱しなくても使える術を背後に向けて放つ、『(フウ)』その心の叫びに

答える様に現れた風球は背後のものを吹き飛ばした。


(はっはっ、無詠唱なら使える)


その事に気がついた私は、襲い来るもの達を風魔法の初歩と言うべき術で本能

が薙ぎ払う事が出来る程度のものだと理解していた。


しかし、初歩故に単体用であり無詠唱と言えども内心で詠唱している事には違い

はない。無言である分機械的に唱えるよりも、しっかりとしたイメージを持つ

必要があり、定める狙いも明確にするため視線を固定しなければならない。


それでも有効に使用する事を考え、魔法の主線軸に複数を捕らえようと体を動

かす事で脅威を同時に跳ねのける。


「こらあぁぁぁぁ」


そんな時に、かけて来る少女が発した声に、その場のものが彼女を見た。


「みぃちゃんをいじめちゃダメ」


駆けつけた幼い少女は、ほうきを振り回して私の前に立って彼等に対峙した。

彼女は振り返り私を抱えると、手にしていたほうきを捨てる様に投げつけると

一目散にアパートへ駆け戻る。


彼女が住むアパートの一室に飛び込むとドアを閉めた。


「ままぁ、ままぁ」


玄関で私を抱えて叫ぶ声に部屋の奥から、彼女の母親が顔を出してきた。


「あら、どうしたの真美ちゃん」


「ままぁ、みいちゃんが、いじめられてた」


ぐったりとした私と娘を交互に見やり、母親はやさしく我が子の頭に手を伸ば

して優しく撫でるとほほ笑んだ。


「ママに見せて」


少女は腕の中の私を母親の手に渡して心配そうな顔を向けて来る。


「怪我は無いようね」


「ほんとう?」


ぐったりした私を体を抱きかかえて奥へと運び座布団の上に寝かせてから娘の

方を見て言った。


「ママが見ているから、真美ちゃんはお着換えね」


少し心配げに私を見てから「はい」と返事をして幼稚園の制服を脱ぎだす。

白い下着まま洋服をもって洗濯籠に入れて戻って来ると引き出しを引いて中に

手を入れてワンピースを取り出すと頭から被るようにして着替えを済ます。


「ままぁ」


少女は母親の前まで駆けてくると後ろ向きにちょこんと座り込むと母親は彼女

の背中のボタンをとめて「はい」と軽く背中を叩くと「ありがとう」と言って

私の前に戻って来る。


「大丈夫」


「疲れちゃったんだって」


「そっかぁ」


母親の言葉に少女は、私の頭を撫でながら


「おにいちゃんが、かえるまで家にいていいよ」


「そうね。坂上さんが帰ったら連れて行きましょうね」


「うん」


なぜかこの異世界で、ご主人様以外では目の前の少女が少しだけ好きだった。


そして意識は薄れて行く。


次に目を覚ました私は、さっきまでの少女ではない男性の足を見ていた。

その足がご主人様のものであることを理解していた私は再び安堵と共に意識を

手放して深い眠りについた。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆




私は夢を見る。それはとても悲しい夢。


悲痛に胸が苦しくなって、何度も夢の世界での現実にあがらい続けていた。

トラックの運転席に、一人の狂った男がいた。

そしてアパートからバス停へと急ぐ男の背に向かって車は走る。もやもやと

ハッキリしなかった驚く男の顔がトラックと壁に押しつぶされて苦悶の色に

変わっていく・・・私は、絶叫を上げて男を助けようと身を焦がす。


「ご主人様」


力無くひしゃげた彼の腕時計の針が、時を止めて8時42分を指していた。

トラックから這い出した男は、異常な笑い声と共に近くに親子が集まる場所

へと向かって行く。そこは園児を迎えに来るバスが止まる予定の場所で近所

の親子が手を繋いでバスを待っていた。


「真美ちゃん」


トラックから降りて来た男の手には包丁が握られていて悲鳴があたりを包む

ゆっくりと振りかぶる凶器から我が子を守ろうと迫る狂気に背を向け母親は

その視線から我が子を覆い隠すように抱き寄せる。


振り下ろされる凶器が少女と、その母親に迫る所で私は目を開けた。

恐る恐る、視線を上に向けると、いつものご主人様の顔が視界に入る。

安堵と共に緊迫が胸を締め付けた。


枕の横に視線を移す。


7時50分


あと10分程すると、それは音を出す事だろう。

私は夢が、人の見る夢ではない事を知っている。理由は分からない、だけど

この為に私は彼に付いてきたと言ってもいいだろう。

彼との生活に浮かれて、すっかり忘れていた。いや、考えないように意識的に

押し込んでいたのかもしれない。

彼の代わりに、時計のボタンを押す。まだ鳴ってもいない時計の音を止めて

私はドに向かって歩き出す。

せっかく人化の魔石を無駄にしてしまった事を悔みつつ、ふと鏡の横を通り

過ぎる時に赤いものが揺れていた。鏡の前に戻って確認する。

胸の魔石がルビー色に輝くのを確認して、あの幼い女神に感謝する。


(ありがとうございます)


私は魔石に触れて人化を願う。彼にもらった服を身にまとい。カチッと時計が

本来、音を響かせる時間になった事を知らせて来る。


「ご主人様・・・」


振り返り、彼の寝顔に未練を残して部屋を出るとドアに封印の魔法を施す。

8時42分になるまで解ける事のない魔法を。

そしてこの部屋の親子が外に出る事が無いように階段を降りていくと同じように

一つの扉の前で封印の魔法を施した。


トラックが向かってくる方向に目を向ける。あと30分もすれば、それは

ここへ、やって来る。私は結界魔法のスペルを唱え始めると半径500メートル

内に向かう人々の足が自然に逸れていくように迂回し始めた。


そこに手を繋いで来る親子が突然足を止める。


「お母さん?」

「由紀ちゃん、今日はママと自転車で行こうかぁ」


少女は頬を赤らめて嬉しそうに「うん」と返事をすると引き返していく。

それを確認する様に私は見て、そろそろ時間なのだと気を引き締めた。


視線を道路の先に合わせると向かってくるアレを捕らえた。


男は既にまともな意識はなかったが、突然ブレーキを踏んだ。

止まったトラックから降りた男の目は視点が定まらずに、目の前の少女が

明らかに人とは違う耳と尻尾があることなど意にかえさないかの様に獲物を

捕らえた獣の目で包丁を振りかぶる。


私は男に向かって『風』を叩き込んだ。


突然の風に腕を上げて顔にあてる。


その一瞬を逃さずに男の肩に手を伸ばして「解毒≪プルガ≫」と唱えた時

反射的に男がふるった包丁が脇腹に突き刺さる。


プルガによって次第に意識が鮮明になった男は状況が理解できない様な呻き

を上げてしゃがみ込むのを見て「睡眠≪ソンノ・フォッグ≫」を唱える。


魔法の順番を間違えた事に気がついて私は薄れゆく意識の中でやり遂げた

満足感で「それでもいいか」と呟いた。


「信」


(ああ、嫌だなぁ。信と一緒に居たかった。このまま・・・)


初めて私は、生きる事を望んでいた。

何度も彼の名を呼んでいた。ここで死ぬ事に必死に抵抗する。


そして鼓動は止まり私の肉体は死を迎えた。しかし、この世のものでない

仮初の体は死と共に掻き消えて、存在そのものを無くしていく。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆




目が覚めた私に幼い女神が顔を覗き込んでいる。


「目が覚めた?」

「はい」

「ベルナ意識が戻ったみたい」

「ん。ほんと?イツキちゃん」


駆け寄って来た小人の妖精は「お帰り」と言った。


「こ、ここは?」

「ん。ああ、アレスさんが向こうに行っている間にいろいろあってね」


「やっぱりね」

「イツキ様から忠告されていたのにすいません」

「彼だけ助けてればって後悔してる?」

「いいえ」


そう、悔んではいますけど後悔はありませんと続けようとして、声が出なく

なって私はいつの間にか大粒の涙を流していた。







そして夢馬に乗ってイツキとベルナは自分の部屋へと戻る。


「イツキ、教えなくて良かったの?」

「そうね。でも、それは・・・彼女の奇跡だから」


やがて、この世界で一生を終えた時、別の世界で魂は再び生を与えられる

アレスの次の魂は彼の側に真美として生まれてくる事をイツキは知っていた。


彼女が成し遂げた事は、自分自身と彼との運命を守った。


真美という名になった彼女は後に坂上真美となるのだから


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