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キキキタン  作者: 荒薙裕也
第一章、大江山の鬼
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深夜の密会1

 吐く息が白い龍の如くうねり、満天の星空へ向かって昇っていく。それが面白くて、酒呑は刺すような冷気の中、何度も夜空に向かって息を吐き出していた。


「大将! 寒ぃんですから、閉めて下せぇ!」

「おぉ、悪ぃ悪ぃ!」


 首をすくめて遣戸を閉め、酒呑は集会場を後にする。

 本日も日課の如く、集会場で行われる大宴会。

 だが、その席から酒呑はつまみ出されるようにして追い出されていた。

 それもこれも、全ては昼間の失態が原因だ。


(お酒を控えるようにするのは罰として受けてもらう、か……。まさか、本当に実行しやがるとは……)


 そう。昼間の失態の責を負った酒呑は宴会も始まって早々に集会場を追い出されてしまったのである。

 当然、茨木の言葉を無視して呑むという選択肢もあったのだが、刺すような視線を向ける本人を目の前にしては厳しいか。

 彼は「相手が、茨木だと後が怖い」とおどけながら、瓶子ひとつを手土産にふらりと集会場を出ていく。


「越後の冬に比べればマシだが、寒いなぁ」


 遣戸一枚を隔てた縁側は全くの別世界。

 空気が澄み、冷たい夜気がそこかしこから浸透し、キンキンと音が鳴るような冷気は血流さえも凍てつかせてしまいそうだ。

 ぐびりと瓶子から濁り酒を喉に流し込み、酒呑はその凍り付いた世界に反抗するかのように内側から熱を呼び起こす。

 酔ってでもいなければ、凍死しそうな環境。

 だからこそ、彼はその環境を楽しむかのように口元に笑みを貼り付ける。

 辛い時さえも楽しむだけの胆力。

 それが、彼には備わっているということなのだろう。


「うむ。明日も晴れそうだ。大いに結構」


 星々は強い瞬きを繰り返し、雲ひとつない夜空は連日の晴天を予感させる。寒くはあったが、雪が降らないことは救いでもあった。

 これで雪に降られたのなら、盗賊稼業にまで影響が出かねないからだ。寒冷期に畑が使えない以上、収入の道が閉ざされてしまうのは勘弁願いたいところである。


(おっと、いけねぇいけねぇ。仕事を忘れるために呑んでるのに、呑んでまで考えてちゃあ本末転倒よ)


 今はただ心地良く酔いに身を任せるのみ。

 さぁ、短い夜の散歩と洒落込もう。

 酒呑はすっぱりと気持ちを切り替えると、ふらりふらりと縁側を歩く。

 すると、闇夜に浮かび上がるようにして、白く輝く雪の精が縁側に腰掛けているのが見えた。

 酔ったか? と目を擦り、酒呑は瞬きを繰り返す。

 だが、雪の精は消えることなく、その場に存在し続けていた。

 どうやら見間違いというわけではないらしい。

 とすれば、本物の雪の精か、物の怪か。


(そういえば、ここには本物の物の怪が住んでいたか)


 半ば相手の正体を確信しながら、酒呑はその雪の精に向かって声をかける。


「よぉ。何やってんだ、泰葉?」

「酒呑さん!?」


 驚いたように振り向く雪の精――、もとい泰葉。

 白い衣装に月明かりが当たり、反射していたせいでやたらと輝いて見えたのだろう。夜陰に茫洋と浮かび上がって見える姿は、まさに物の怪の面目躍如だ。


 一体、こんな夜半に何をしているのか?


 酒呑が疑問に思って彼女に近づくと、彼女はさっと何かを背に隠す。

 彼女が何を隠したかまでは見えなかったものの、隠したものの正体にはいち早く気がついていた。

 何せ、泰葉の傍らに硯と筆が置かれているのだ。

 これで気づかないのもおかしいだろう。


「何だ。恋文の返事を書いていたのか」


 看破され、隠す気も失せたか。

 泰葉は怖ず怖ずと背後から色紙を取り出す。


「はい」

「何で、こんな寒いところで書く?」

「新鮮な夜気が眠気を覚まし、良い歌が詠めるような気がしたのです」

「ん? 歌を詠むのは得意じゃなかったのか?」

「いざとなると、なかなか難しいもので」

「そんなもんかね」

「はい。でも」

「でも?」

「酒呑さんよりは、得意とするところだと思いますよ」

「……違ぇねぇ」


 言って、二人で笑いあう。

 ついぞ四ヶ月前は不信感丸出しであった彼女も、今では鬼御殿に馴染み、こうして笑いあう仲となった。

 二人でひとしきり笑いあった後で、虚空に寂しく浮かぶ月を見上げて酒呑はぽつりと呟く。


「なぁ、泰葉」

「何ですか、酒呑さん」

「この四ヶ月、色々とあったよなぁ」

「そうですね。色々と」


 言葉なく、二人して月を見上げる。

 吐く息が月光を翳らせる浮雲のようにして昇り、昇った先から儚くして散らされていく。

 そんな光景を見やりながら、酒呑は泰葉を連れて鬼御殿にきた当初のことを思い出していた。

 当初は、戸惑い、馴染めないといい、膨れっ面ばかりだった少女。自分の危険性を認知し、自身の存在を否定していた少女は、いつの間にかこうして屈託のない笑みを見せるまでに変わった。

 酒呑は、ふとそんな泰葉の心境の変化が聞きたくなり、言の葉を紡ぐ。


「泰葉は、今、どう思ってるんだ?」

「どう、とは?」

「器のこと、とかよ」


 彼女は押し黙る。言葉を選びかねているのか、それとも迷っているのか。

 長い沈黙が続き、ようやく彼女が出した答えは「忘れていました」という間の抜けた回答であった。


「忘れてたって……。あれだけ必死だったろ?」

「もっと必死にやらねばならぬことを、目の前に差し出したのは、酒呑さんじゃないですか!」


 責めるような目つきで酒呑を見る。

 その視線は、まるで酒呑に責があるかのようだ。彼は参ったとばかりに頭を掻く。


「俺の責かよ」

「元々、酒呑さんが私に『簡単で基本的なことを教える』と言って連れてきたのが因です!」

「そうだったか?」

「そうです!」

「それなら、あれだ――」


 真摯な眼差しで酒呑は泰葉を見つめていた。その曇りない眼差しはまるで全てを見透かすかのようだ。

 泰葉が心持ち気構えるのが見えたような気がした。


「――その『簡単で基本的なこと』の答えは出たのかよ」


 そうだ。酒呑が泰葉を拐かしたのも、元々はそれを教え込むためであった。それこそ、笑ってしまうぐらいに簡単で基本的なこと――。

 だけど、彼女はそれに気づいていなかったから、酒呑は怒りに任せて拐かしたのだ。

 彼女は強い眼差しでもって酒呑を見やり、一度口を開きかけ、そしてまたすぐに閉じる。

 上手く言葉にできないのだろうか?

 彼女は顔を背ける。

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