深淵の器
初投稿です。宜しくお願い致します。m(_ _)m
私は器です――。
深く、深く、底を覗こうとしても真っ黒な闇が邪魔して見えないほどに深い、深淵の器。
でも、決して底がないわけではないのです。
底はとても深くて、今は全くといってよいほどに見えないのですけど、底には確実に何かが溜まっていくのが判ります。
今はそれこそ姿も見えないのですが、年月を追うごとに、それが徐々に増していくのが判るのです。
……私は、それが器いっぱいに溜まるのが怖い。
私の中に溜まっているものは、恐らく人が手を出すべきものではないのでしょう。
それは、私を時折訪ねに来る方の目を見れば分かります。
狂気と焦がれに満ち溢れた目――。
あれを野心と呼ぶのでしょうか?
仔細までは判りかねますが、あれが健全であるとは、とても思えません。
灯りも灯さぬ暗き部屋の中に格子戸で封じ、私の奥深くに『何か』が溜まるようにと、呪いの呪を肌に書き連ねる――。
その姿を、どこか諦めにも似た思いで見つめながら、私は死ぬことさえ許されずに、ただひたすらに器に何かが溜まるのを感じ、生き続けているのです。
「何故、私は生きているのでしょう……」
暗く、人のいなくなった室内に自然と声が漏れます。
それは、私が何度自問したか分からない問いではありました。
ですが、それに対する答えは、もう既に出ております。
私は器で――、器は勝手に壊れたりはしないのです。
「でも、それでは――」
私は砂を喰む思いで唇を噛みます。
(――人の生ではありません)
強く閉じた瞼が、目眩のように鈍い痛みを伴って私の頭蓋を締め付けます。
いえ、それは本当は頭痛などではなく、私の心奥で起こった自身を嘆いた痛みだったのかもしれません。
それとも、器の奥底に溜まっている『何か』の愉悦だったのかも……。
「はぁ」
極度の倦怠感を覚えた私は、人知れずため息を吐き出します。
私の中で溜まっていく『何か』――。
それは、恐らく人の世に出してはならぬものです。
だというのに、私にはまだ未練がある。
自分の中に潜む危険性を知ってもなお、どこかで事態が好転してくれることを望んでいるのです。
「そんなこと、ありえないのに……」
そう、この洞のような生活から逃れられたとしても、私の運命は変わらないのです。
私の中にある『何か』は常に成長し続けている。
それは、人の世にあるべき存在ではありません。
排除されるべき存在なのです。
そんな存在と一蓮托生な私。
ならば、私の未来は排除されるべき運命。
夢や希望なんてものは、遠き陽炎のように儚きもの。
私の目の前に広がっているのは、この小部屋のように真っ暗な漆黒の闇ばかり。
それが、私の未来――。
「私は存在してはならぬ存在」
全てを諦めた私の声は、まるで嗄れたお婆ちゃんの声のようでした。
「排除されるべき存在……」
そんな暗く冷たい声さえも私の中の器はそっと吸い込み、奥底へと沈めていきます。
何でも吸い込む、深淵の器――。
私はそんな器に恐怖を覚え、寒くもないのにぶるりと背を震わせ思うのです。
あぁ、早く、誰か――、
――私を殺して、と。