らしきもの
「まあ、そうは言ってもここまでか、退屈な余興だった、さあて、吐いてもらおうか、私がまだ"人間"としての行いで吐かしている間にな」
剣はユークリッヒを貫き、大地へと深く串刺す。
剣の柄が腹部に深く減り込み、無理やりでも抜け出せば胴体は二つに裂かれてしまうだろう。
「一つ目の質問だ、お前達は、私の事を"何処まで知っている"?」
艶美な笑みを浮かべ、痛みつける悦びを噛み締める、最早情報の入手など二の次だ。
ユークリッヒは痛みに堪えながらも、士護帳が剣を足で蹴り上げる度に悲痛な声を漏らし泣き叫ぶ。
「く―――ぁ」
最早虫の息だ、此処で情報を漏らし、わが宗教に不利益な状況を差し得るというのであれば―――。
「―――なんだ?これは?」
ユークリッヒの体が、見る見る内に黄金へと変貌する。
彼が選んだ道は、言うなれば死だ、今持ちえる全ての情報を永久に抱え込むらしい。
実に懸命な判断だ、自らの命を賭して、仲間が不利になる状況を打破させる。
そう、彼の行動は勇敢であり実に義に重んじた行動だった。
「まぁ待て、私が簡単に逃がすと思ったか?」
―――けれど、その行動は無意味に終わってしまう
「な―――ぁ?」
士護帳は、ユークリッヒに触れるだけで、黄金化を止め、人体へと元の形に戻していく。
しかしそれでユークリッヒは驚く事は無い、ただ、目の前の怪物が、あまりにも的外れな行動を起こした為に、不可解な感情を生み出す。
「"錬金術"の真似事は、"数世紀前"にマスターしていると言った筈だ、まあ、貴様のその秘匿思念に免じて、ついでに傷も癒してやった」
そう、先程切り落とされた左腕は再生し、また元通りになった左腕が目に見える。
しかし、身体を張り巡らす、激痛と言う名の感覚が腹部を起点に始まる。
腹部の剣は未だに刺さったままだ、刺さった状態で刺した傷跡の治癒が始まる。
再生するたびに鋭利な剣が皮膚を、肉を、骨を、神経を切り裂き、永遠に続く痛みの恐怖。
言葉にもならない、気絶する事さえ許されない、そして最も恐ろしいのは、治癒をし続ける限り、絶対に死ぬ事は出来ないと云う事。
「これが私流の拷問だ、さあ吐け、今すぐ吐け、お前に選択肢は無い、お前に、安楽と言う名の死は与えはしない、」
「ぐるじ、だじゅげで、だじゅげ」
助けを乞う、それが無理ならば、腹部に突き刺さる剣を抜こうと躍起になる、右腕が柄に触れ、左腕が鍔に触れ、全力を込めて抜こうとしても、それを邪魔するのは皮肉にも、士護帳の足。
たかが両手の筋肉だけで、士護帳が全体重を乗せた足に適うはずも無い、それが無いにしても、地中深くまで突き刺さった刀身百四十メートルを超える剣が、人間の粗末な腕で抜けるのであれば、是非とも観てみたいものだ。
「さあ、どうする、さあどうするよ"お前達"、居るんだろう?傍観しているのだろう?たかが"魔道書"を使いこなせない者に、"魔道書"を預けるなど、赤子にリボルバーを渡す様なモノだ、小手調べにしても最悪数十分は持続できる奴を連れて来なければ、話にもなりはしない」
誰に告げるでもなく、その士護帳"らしき"モノは哂う、殺しを、残虐を、嗜虐を、虐殺を、破壊を、破滅を、極刑を、殺人を、ありとあらゆる狂気を、思う存分目を光らせる子供の様に心の其処から楽しんでいた。
「さあ始めよう、蛮族よ、宣戦布告だ、掛かって来い、全ての飲み干してやる、全てを受け入れてやる、私の、私の"魔道書"が最強である事を示してやる、なぁに、安心しろ、私にとっては唯の退屈凌ぎなのだから、遠慮は要らない、考慮も要らない、ただ私を"怪物"に仕立て上げた償いをしてもらおう」
空が蠢く、大地が揺さぶる、月夜が歪曲し、彼を中心に狂気は舞い上がる。
その場に最も近くに居たユークリッヒは、完全に士護帳に飲み込まれる、自らを踏み下ろした怪物から現れる、数多の黒い触手が、身体を巻きつける。
それは鳥の足、それは獅子の足、それは蛇の足、それは馬の足、それは竜の足、それはまさしく"怪物の足"。
千切る、噛み切る、裂き血を噴出させる。
目を抉られた、喉を潰された、肺を刺された足を食われた、腕を啄ばめられた、髪を引きちぎられ、皮膚が破れる、生き血を啜られ脳味噌を蹂躙し、その場にユークリッヒと呼ばれる男性は、血も爪も肉も骨も髪も魂も一つ残らず消失した。
ぺろり、と舌なめずりをして、士護帳はさも満足げに、ユークリッヒと呼ばれた食料の感想を述べる。
「―――不味いな、食料に関しては家畜の方が優秀と言える、私の"下僕"も、さぞ不満だろうさ」
残された剣を掴むと、体内に吸収され、残されたのは剣先の穴だけ。
「―――興が削いだ、"俺"は帰るぞ」
時既に、殺気に満ちた士護帳の姿は無い。
腕に持つ、"第二級"魔道書"神話体系"部類、ギリシア神話『ミダース』の魔道書を持ってその場を立ち去る。
「………成る程、"随分と早い事だ"、奴らの目的は、つまりはそれか」
自分自身勝手に納得をした士護帳は、この話を、"館長"にしなければならないな、とそう口にした。