怪物
ユークリッヒは理解していた、この男は、その気になれば何もせずとも情報を吐き出す術を持っていると。
しかし、それを敢えて行わないのは、彼が嗜虐を行う事で、自らの魔道書に価値を見出そうとしているからだ。
彼の魔道書は、言うなれば最強の"禁忌"、その気になれば世界を変える事すら訳ない最悪の魔道書。
とても黄金へと変貌させるだけの能力では、太刀打ちできない事が分かった。
"第二級"魔道書、"神話体系"部類の"ギリシア神話"ミダース。
それが、彼が体内に持つ魔道書の名前であった。
手に触れるだけで黄金に変え、その能力は戒めとして最愛の娘を黄金化させてしまった。
悲劇の能力とも知らされて、御伽噺や「王様とロバの耳」のモデルにもなっている。
「くふふ、わ、私が、暴力程度で口を漏らすなど?」
左手の切断面は黄金に変貌させた為に止血は完了している。
けれど痛みは痛みだ、黄金に変えてもなお感じる狂おしい痛みは、どう足掻いても消えるものではない。
「暴力程度?少しばかり自らの状況を考えろ、ユークリッヒ、これは、ほんの些細な、唯の虐殺だ」
士護帳の体内から噴出される、数々の刀剣。
両手剣、歪曲刀、打刀、闘技剣、歪曲剣、英国剣、両手両用剣、細剣、両手兼片手剣、海賊剣、小剣、虎牙剣、山賊剣。
夫々が全て剣山の如く士護帳の体内から切っ先を見せると、コルクの栓を抜くが如く勢いよく射出する。
剣戟の舞、一方的に広がる数多の鉄星。
弾丸の如く弾き出された威力は如何に?
「ぐ、ぁあああああああああああああああああああ!!!」
残された右手で自らの身体に触れる、服も肌も波打つ様に黄金へと変化していく。
数々の剣が地面や木々に突き刺さる中、向かう七つの剣の内五本は黄金と化した胴体や左顔面に衝突し落ちる。
残りの2本は、その衝突した際の威力に押され、仰け反って倒れてしまったために強制的に剣はユークリッヒを無視して前進する。
黄金となったのに、感じる威力、生身の体が吹き飛ばされる程の衝撃だ。
「まだだ、まだ終わりと思うな?」
けれどまだ攻撃は終わらない、これはゲームではないのだ。
ターン制など誰も待ちはしない、高く高く跳躍した士護帳の姿は、月明かりに照らされ神秘を醸し出す。
けれどその姿はたった数秒しか持たない、未だ重力の法則に従う彼にはただ落ちる他の術はない。
そう、両手に持つクレイモアとバスターソードをユークリッヒに向けて。
再度黄金化を図ろうにも、過度の使用で既に魔道書の能力が薄れている。
使いすぎは厳禁だ、たかが人間が、神の能力を模倣しようなど、驕りに等しい。
腹部が熱くなる、刺されたと感じたのは痛覚が共にやって来たのとコンマのズレも無い。
「さあ、楽しもうじゃないか、さあ、貫いた剣を引き抜け、己が受け持つ最大の力で抜け出せ、そして私に挑戦しろ、なぁに、不意打ちで私を金に出来たんだ、ならば正面からならば、己の身を犠牲に右腕一本を奪えるかもしれないぞ?」
これ程までに言葉に狂気を抱いたのはこれで初めてかもしれない。
勝てるわけが無い、人間が、"怪物"に、勝てるわけが。